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4. 人生がかかっていますので

「クィン様。こちらがジャンヌ様のお部屋でございます」


 絶望で俯くクィンに構わず、ユリウス宰相はそう案内した。


「ここが……」


 クィンが顔を上げると、目の前には真っ白にそびえ立つ扉があった。

 扉の周りには白いレースカーテンが何重にも掛かっていて、扉の両脇には兵士が一人ずつ立っている。彼らはここに常駐し、聖女であるジャンヌ様を交代制で護衛しているようだ。


 案内されてみれば、その白さや警備の厳重さから、ここが聖女の部屋というのはかなり分かりやすい。



「ジャンヌ様は中にいるか?」


 ユリウス宰相が、両脇の兵士に尋ねる。


「は。ジャンヌ・マリアージュの後、そのままお部屋でお休みになっております」


 ガチガチに堅い言い回しをする兵士は、聞かれた事に対し真面目に答える。

 そしてその答えは、ユリウス宰相が予想していたものだった。



「申し訳ございません、クィン様。やはり既にお休みのようでございます」


 ユリウス宰相は、横で聞いていたクィンにも念のため伝える。


 だが、“はい、そうですか”と引き下がれるほど、簡単な話ではない。

 ここで引き下がればクィンの一ヶ月が、最悪の場合は一生が、無くなってしまうのだから。



 すうっと息を吸い、クィンはぐっと力を込めて言葉を吐き出す。


「ジャンヌ様! クィン・ファスタールと申します! お話がございます!」



 突然の発声に、ユリウス宰相ならびに兵士達は、ぎょっとした。

 しかし、クィンは再び扉に向かって叫ぶ。



「お休みのところ申し訳ございません、ジャンヌ様! どうか私のお話をお聞き下さい!」


 クィンが畳み掛けてそう告げたところで、ユリウス宰相は止めに入った。



「おやめ下さいクィン様! ジャンヌ様になんて無礼な!」

「私の人生がかかっておりますので、無礼だなんだと言ってられません!」


 クィンも負けじとユリウス宰相に立ち向かう。

 ユリウス宰相はその様子のクィンを見て、仕方ないですね、と呟き、兵士と視線を合わせた。



「クィン様。不本意ではありますが、貴女を拘束させて頂きます」

「は?」


 ユリウス宰相の言葉を発令とし、兵士の一人がクィンの腕を掴み、身動きを取れなくさせる。

 離しなさい!、とクィンが抵抗するも、男の力には適うはずがない。



「すぐにファスタール伯爵をお呼びします。伯爵が到着するまでの間はひとまず客間にいていただき、外から鍵を掛けさせていただきます」


 ユリウス宰相の言葉を聞き、クィンの顔がみるみる青ざめていく。


「や、止めてください! お父様を呼ぶなんてそんな……」

「さあ。この不届き者を早く連れて行くのです!」


 しかし、ユリウス宰相はクィンの言葉に耳を貸さず、早速客間へ連行するよう兵士に命じた。ユリウス宰相からの命令を受け、クィンを拘束した兵士は彼女の背中を押して連行し始める。


「不届きものだなんて! 私はそんな……!」

「この国では国王陛下が絶対であり、ジャンヌ様は陛下と対等の権力を持ちます。……さて、ジャンヌ様に劣る貴女が、ジャンヌ様を大声で呼びつけても無礼ではありませんか?」


 興奮して話すクィンに対し、ユリウス宰相は冷ややかに説教を垂れ始めた。


 さすが宰相なだけはある。

 述べた論理はもっとも過ぎて、クィンは何も言い返せなかった。

 クィンが黙ったところでユリウス宰相は再度兵士に言う。


「連れて行きなさい」


 今度は淡々と命令した。

 兵士は抵抗しなくなったクィンを歩かせ、前へと進んで行く。






 ……クィンが通された部屋は、彼女の予想以上に広かった。


「え、あの……」

「ここで大人しくしていろ!」


 乱暴に部屋の中に押し込まれ、バタンと扉も閉められた。閉められた後、外ではカチャカチャという音がしたので、きっと鍵をかけられたに違いない、とクィンは察する。


 扉に鍵をかけられてしまえば、外に出ることは出来ず、再びジャンヌ様の部屋まで行くことも叶わない。

 クィンは、ジャンヌ様への謁見を諦める他なかった。


 はあ、と短くため息をこぼし、部屋の中をぐるっと見て回る。

 無礼を働いて連行されてきたと言うにはいささか広すぎるこの部屋は、一体何の部屋なのか。そう疑問に思ったようだ。


(ユリウス宰相は客間に連れて行けって言ってたけど……。それにしては豪華すぎない?)


 部屋には対面したソファセットとテーブルもあり、それから、大きな天蓋付きベッドに大きなワードローブ。どれもアンティーク調のものでテイストが揃えられていて、掃除も行き届いていた。

 人差し指を、ツーっと至る所で滑らせてみるも、埃は微塵も付かない徹底ぶり。



(ここ、本当に連行される部屋で合ってるの……?)



 クィンはむしろ心配になった。

 あの兵士が間違った部屋へと自分を押し込んでしまったのではないかと。


「もしそうなら、あの方が怒られてしまうわね……」


 自分を連行した相手のことを心配したクィンは、扉の前まで歩いて行く。

 もし扉の前にあの兵士が待機しているなら、扉越しに話しかければ声が届くかもしれない、と思ったからだ。



「あの、」


 その時、カチャカチャという音がして、バンッと勢いよく扉が部屋の外側へと開かれた。扉の前まで来ていたクィンは思いがけず、扉を開けた人物を真正面で出迎える形となった。




「きゃ!」


 その可愛らしい悲鳴をあげたのはクィンではない。



「あ、アナ!?」


 扉を開けた人物は、クィンの親友、アナだった。

 予想外の人物を目の前にして、クィンは目を見開く。


「どうしてあなたがここに……」

「それはこっちのセリフ! 開けた瞬間いるなんて思わなかったわ! ……まさかと思うけど、ここから出ようとなんてしてないわよね?」

「違うわよ。私はただ……」

「まあいいわ。とりあえず入るわね」


 アナはクィンの横をすり抜けて部屋の奥へと進んだ。そのアナを目線で追いつつ、クィンはもう一度尋ねる。


「アナ。どうしてあなたがここにいるの? あなたは今頃運命の相手に会っているはずでしょう?」


 アナもジャンヌ・マリアージュの参加者だった。

 クィンがすぐに会いに行ったように、アナもあの後すぐに会いに行ったのではないのか、とクィンは不思議に思った。


 アナはその質問に、ええそうね、とにこやかな笑みを浮かべて同意した。


「だったらどうして……」

「その前に」


 クィンが話を続けようとした矢先、アナは人差し指を立ててクィンの発言を制止し、そのまま続けて、開かれたままの入り口をピッと指差した。


 そして、アナはいつもより少し声を張り、入り口に立っている兵士に告げた。


「扉を閉じて、誰も入れないでもらえますか? 話が終わったら、また声を掛けます」

「は!」


 アナからの命令を受け、部屋の外に立っていた兵士は静かに扉を閉めた。

 今度はカチャカチャという音はしない。

 きっと、すぐにアナが出ることを考慮して一時的に鍵はかけていないのだろう。



「さて。じゃあ話しましょうか」


 アナは、パンッと両手を合わせて仕切り直した。


 立ち話は疲れてしまうので座りましょう、と言われ、クィンはアナと対面する形でソファに座った。



「……まず私の運命の相手なんだけど、王宮で働く方でね。あの後すぐに会えたけれど、少しだけ話をして解散したの」

「え? 解散?」

「そ。解散」


 クィンは聞き間違いかと思って聞き直したが、聞き間違いではなかった。

 運命の相手を告げられる日は当事者も両家も大喜びのはずなのに、それをあっさり解散なんてことになるのは珍しい。


 アナ曰く、相手はそれなりに高い職に就いていて、仕事の都合でアナの相手をする暇がないらしい。


「一応未来の妻ですから? 広い心を見せて“お気になさらず”とかなんとか言ってみたものの、呆気なさすぎて驚きよ。せっかく新調して来たこのドレスも、全く褒めてくれなかったし」


 アナに似合う真っ赤なドレス。

 その裾を広げてクィンに見せつつ、アナの表情は険しい。


 女性は誰しも、着飾った姿を褒めてもらいたい。特に今日は、クィン達はこれまでで一番美しい姿に仕上げてきたのだ。それを褒めてもらえないのは悲しいものがある。


「無口な方なのかな? もしくは、女性慣れしていなくて口下手な方とか」


 クィンはフォローを入れてみる。

 相手がそういう方なら褒めてもらえなくても仕方ないとアナを諭したのだ。


「ほら。アナは誠実な方が好みだったでしょう? それとはピッタリ合うかも」

「確かに誠実な方は好みだけど、褒めてもらえないのは別の話よ……」


 何を言ってもアナに届かなさそうな空気を感じ、クィンは話題を変えることにした。


「それで? どうしてアナがこの部屋に来たの?」


 誰かに案内でもされた?と首を傾げるクィンに、アナはあっさり答えを教えた。



「解散しちゃったからおとなしく帰ろうかと思ったところで、ユリウス宰相に呼び止められたの。あなたがジャンヌ様に無礼を働いてこの部屋に連行されているから話し相手になってほしい、って」

「ユリウス宰相が?」

「ジャンヌ様に無礼だなんて……聞いたときは心臓が飛び出るかと思ったわ。あなた一体何をしたのよ。ユリウス宰相に頼まれたのもあるけど、私はあなたの口から事情が聞きたくて、ここに来たの」


 アナはかなり心配そうな顔をする。

 アナの中で、クィンは優等生そのもの。

 そんなクィンがジャンヌ様に無礼を働くなんて想像もできなかったはずだ。

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