5月11日(水)放課後1
5月11日水曜日 放課後1
図書館に向かう廊下のスノコを歩きながら、ナギはためらっていた。牛尾先生には本のことは話していなかった。
ページが破られていることを知られたら、落丁本として取り上げられてしまうだろう。それは避けたかった。なんといっても現時点で犯人につながる唯一の「証拠品」なのだから。
それにしてもアミは無茶振りすぎる。日頃から規則遵守を唱えてばかりいる、お堅くて有名な牛尾先生に向かって、
「過去に本を予約した生徒の情報を知りたいのですが……。」
なんて、とても聞ける訳がない。ほら、あの「コジンジョーホー」がなんとかといって、お説教をくらうに決まっている。
(やっぱり無理。アミにいってやらなくちゃ、無謀な計画だって。)
ナギはイライラして短いため息をつきながらカウンターの端末を立ち上げた。今日はナギが「返却」の係についた。日頃生徒が使っている貸出業務のパソコンを起動させるための一連の操作を行った後、メインメニューの予約図書のメニューを開く。「予約図書申込者リスト」とある、薄いグレーの文字に目をじっと見る。この端末では閲覧を許可されていない項目はグレーで表示されている。マウスポインタを文字の上に乗せても当然反応しない。しかし、アミのいう通り、衝立の裏にある先生の端末ならばこの項目も開くことができるはず……。
「……練習したら? 新開さん。」
ナギは口から心臓が飛び出しそうになる。
目の前のカウンターに、酒匂さんがいた。
あわてて端末画面を切り替えて、いつもの貸し出し用の画面を表示させる。
「な、なに? 酒匂さん。陸上クラブの練習頑張ってるみたいだね。朝、見かけたよ。」
「あたしじゃなくて、あなたのこと。陸上クラブの練習、少し混ざってみたらっていったの。」
「え、私? …あ、もしかして、あの、バ、バトンパスのこと?」
「昨日と今日、あなたが1人で朝練しているところ見ちゃった。このあいだは泣いちゃったと思ったら、やっぱやる気あるんじゃん
。だったら、ウチらに混じってちょっとでも練習してみたら。それに応援団員もするんでしょ、背も高いし色白でなんだか格好いいよね、新開さんて。だったらよけい恥ずかしいじゃない。当日応援合戦という見せ場があるのに、その後の大事なリレーでバトン落としちゃったら。体育祭、運動部の連中超本気なの知っているでしょ。運動部の3年も運動会をもって引退するのよ。それに、あなたがバトンを渡す相手の3年生、陸上クラブでもエース級の人なんだよ。だから当日リレーの本番でバトンを落とすなんてこと……ぜったいにあり得ない。
先輩も今週から専用の特別メニューで張り切って頑張っているんだよ。だから、もし混ざりたいのなら私が間に立ってあげるよ。」
「……、あ、ありがとう、……考えてみよう……かな。」
ナギは胸の動悸がますますひどくなるのを感じながら大げさな笑顔を作った。酒匂さん、いい人だな……口調はきついけど、親切でいってくれているのはよく分かる。それにしても、噂の連絡網は広がるのが早すぎる。
(私が応援団員をするって噂、一体どこまで広がっちゃっているんだろう……。)
ナギは空恐ろしいような気分がしてきたが、目をぎゅっとつぶってその考えを頭から追い払った。
そして、代わりに今そこに迫っている「図書館の危機」に意識を集中した。
(つづく)




