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緑葉の少女たち  作者: 藤田大腸
緑葉女学館生徒会
9/12

禁断の防災倉庫

「今日はいい返事を聞かせて貰えるんだよね?」


 今の状況を説明すると、私たちはいわゆる「壁ドン」の体勢になっている。高倉先輩が手をついているのは壁じゃなくてクスノキだから「木ドン」という表現が正しいのだろうか。

 少女漫画だとイケメンが主人公に迫る定番の場面だけど、私がやられている相手は同性だし、シチュエーションとしてはカツアゲに近い。


「さすがに脅迫はよくないです」


 と言ったら、あのちょっと怖そうな笑顔を浮かべたので思わず視線をそらしてしまった。


「脅迫じゃないよ? 『強くお願い』しているだけだから」


 それを脅迫と人は言うんですよ……。


「別にこんなことしなくても、先輩の望む答えを今日、会長にもお聞かせしますから……」

「本当!?」


 高倉先輩のツリ気味の目が大きく見開いた。


「千秋さんならそう言うと信じてた!」


 子供のようにはしゃぐ。正直、早く校舎の中に入りたかったがあまりに嬉しそうにしているから「もう行っていいですか?」など言えない。


「執行部のメンバーを全員呼び出しておくからねっ」


 高倉先輩はそう言って足取りも軽やかに去っていった。


 やれやれという気分になりながら四年北組の教室に向かうと、ドアのところで赫多さんが待ち構えていた。


「ちょっと、高倉先輩と何を話してたの?」

「ごめん、さっきはほっぽりだしちゃって……」

「別に怒ってるわけじゃないよ。何を話してたのか知りたいだけ」

「うん、実は生徒会に入らないかって誘いを受けて……」

「生徒会に!?」


 赫多さんはつい大声を出してしまったと自覚してか、口で手をおさえた。そこからは小声で、


「入学仕立ての編入生にいきなり生徒会て……そもそもいったい、どういう経緯で高倉先輩と仲良しになったの」

「ほら、ここって授業進度が公立校より早いでしょ。だから授業に追いつくために春休みじゅうずっと特別補習を受けてたんだよね。その時に高倉先輩がいろいろ教えてくれて」

「いろいろって……勉強だけだよね?」

「うん。あとはどの先生が怖いとか優しいとか、食堂のメニューはこれがおすすめだとか」

「本当にそれだけ?」

「う、うん。それがどうかしたの?」

「いや、それならいいんだけど……先輩、菅原さんのこと下の名前で呼んじゃってるよね」

「初対面でいきなり呼ばれたからびっくりしちゃったよ」


 赫多さんは眉間にタテジワを作って首をひねった。何かまずいことでも言ったのだろうか。


「本当に何もなさそうね、今のところは」

「どういうこと? 高倉先輩が何か……」


 言いかけたところで予鈴が鳴った。


「菅原さんの今日のお昼はお弁当?」

「うん、お弁当だけど」

「じゃあ一緒にお昼を食べよう。理由を話すのに良い場所があるからそこで食べながら、ね」


 *


 少なくともこんな場所はご飯を食べるのに適してないだろう。

 私達は防災倉庫の裏側に座って食事をとっていた。絶景が見られるのならともかく、目の前は裏山へと連なる雑木林が広がっているだけ。しかも「マムシ注意!!」という立て看板を目にしてしまったので、落ち着いて食べられるはずがない。

 で、赫多さんは理由を話すと言っておきながら一言も発さず、購買で買った焼きそばパンを頬張ってばかりいる。


「赫多さん、そろそろ話してよ」

「もうちょい待って」


 三回目に催促しても同じ返事をされて、とうとう食事の方が先に終わってしまった。

 四回目の催促をしようとしたところで、ガチャガチャッ、と倉庫の方から物音がした。


「来た」


 赫多さんは指を口に当てて「静かにね」と小声で告げた。


「ここから中を見てよ」


 赫多さんが指を指したところ、ほんのわずかだが穴が開いている。高倉先輩のことよりも倉庫の中に何があるのかといった好奇心が、この時は勝っていた。


 次の瞬間、私はとんでもないものを見てしまった。


 倉庫の中で背の高いショートヘアの生徒が、背が低く髪の長い生徒を後ろから抱きしめている。問題はその後である。二人はおもむろにキスを交わしたのだ。しかも舌を絡め合うディープなやつ。トタンの壁越しにピチャ、ピチャという水音とくぐもった喘ぎ声が聞こえてくる。


「うわ、わ……」


 私は背徳的な光景に絶句してしまった。赫多さんに肩を叩かれなければずっと固まりっぱなしだったかもしれない。


「さあ、何が見えましたか?」


 赫多さんが耳打ちした。


「そ、その……生徒どうしが……」


 口はパクパク動くものの声が出てこなくなった。


「うーん、ちょっと刺激が強すぎたみたいだね。戻ろう」


 赫多さんは私の手を引っ張っていった。


「ま、ほぼ同性しかいない半閉鎖的空間に長い間いると、こうなる人も出てくるわけ」


 歩きながら赫多さんは淡々と語った。

 そう言えば聞いたことがある。同性のみでひとかたまりで暮らす環境に置かれると、ソッチの性癖に染まることがあるらしい。東京の中学に通っていた頃、小林多喜二の『蟹工船』で男どうしの強姦シーンがあることを喜々として話していた国語の先生がいた。あの時はクラスのみんながドン引きしていたものだが、あのシーンも今思うとそういった類の現象だったのだろう。


「でも、他所で彼氏とか作ったりしないの?」

「そういう人もいるけど、ほら、男相手だと行くところまで行ってしまったらリスクがあるし……男と付き合ったがために子供ができちゃって中退しなきゃいけなくなった先輩が昔いたからね」

「だからと言って同性で代用するのは、それはそれで結構なリスクだと思うけど……」

「だけど、大概は卒業したらストレートに戻るよ。いわば仮性的なものなの。でも、ごくわずかにいるのよね、真性ガチが」


 私達は北校舎横から中庭に抜けて、その中央にある池のほとりのベンチに座った。


「高倉先輩はその真性ガチの一人なの」


 こんな形で、とうとう高倉先輩の話が飛び出した。


「あの人ね、今まで何度も相手を取っ替え引っ替えしてるの。上級生同級生下級生はもちろん、先生とも相手したんじゃないかって噂されている。で、きっと次はあなたが狙われていると思う。いや、狙われている。断言する」

「私が? 冗談でしょ」


 ついつい鼻で笑ってしまったが、赫多さんは「甘いね」と返した。


「あなたって犬顔って言われたことない?」

「うっ、あるけど……」


 小学校時代のトラウマがちょこっと蘇った。


「高倉先輩が好きなタイプがまさに犬顔で、過去に付き合ってた子がぜーんぶそうだったからね。あの人、猫顔だから犬顔に惹かれてるってわけじゃないと思うけど、とにかく犬顔が好きなの」

「はあ……」


 どう反応していいのかわからない。


「今のところは無事でも、あなたにその気が無いのなら適当に距離を置いた方がいいよ」

「だけど先輩は私のチューターだし、付き合うなって方が無理だよ」

「付き合うなとは言ってない。生徒会にも入ったら良いと思う。ただ、一線を越えないように気をつけなさいってこと。悲しい思いをしたくなかったらね。いつかは飽きてポイされるだけだから」


 私達の目の前を二人連れが横切っていった。さっき防災倉庫で情事に耽っていた二人だった。スッキリしたような笑顔で他愛もない会話をして、何事もなかったように振る舞っている。彼女たちのボレロには五枚の葉で五芒星状の模様を象った学年章が見えた。これが五年間どっぷり浸かった結果、というべきか。

 私自身は同性愛に偏見をもっていないつもりである。いや、意識していなかったというのが正しいのかもしれない。しかし今こうして私も当事者になり得る環境におかれ、実際に目の当たりにした。

 今思えば高倉先輩のスキンシップもやはり私に対する「好意」の現れなのかもしれない。しかし、私自身がソッチの性癖に傾くというのは想像もできない。

 高倉先輩とはやっぱり先輩、後輩の仲でありたい。なんだかんだで今の関係の方が一番しっくりきているのだから。それを私の方から無理に弄って壊してしまうような真似はしたくない。

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