夢幻戦夜(E)
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「もう始まっていたか」
古びた屋根の上、二つの人影が眼下の光景を見ている。
「だが、少し様子がおかしいな。最後の一人になったところを襲うか? フォード」
声をかけられても、秀麗な顔は彫刻のように微動だにせず、フォードは事務的な口調で答えた。
「このまま俺一人で片付ける」
「……本気か? 一応相手はハンターだぞ? 弱いやつばかりとは限らない」
忠告を投げてくる男――――イヴァンを無視して、フォードは屋根から飛び降りた。
首から提げた銀の十字架が、夜に映えている。
真円の月を背後に、『深海の水龍』が舞い降りる。
フォードは右手に持つ剣に力を込めた。
着地地点は金髪で槍を持った男のすぐ背後。
相手は眼前のハンター達に気を取られているようで、上空のこちらには気付いていないようだった。
(……まず一人)
狙いを定め、落下の勢いを利用して剣を振り下ろす―――――
刃が、標的の肩から腰までを一直線に深く切り裂く……はずだった。
「――――!!!」
が、寸前で相手は背中を見せたまま右に倒れ転んだ。
(避けただと……?)
こちらの気配を感じ取ったのだろうか。まさかこの完全な不意打ちが、かすりもせず避けられるとは思っていなかった。
しかもよく見ると、当の相手は……自分と同じ位の少年だった。
「誰、だ……!?」
少年が警戒しながらすっと立ち上がり、槍の穂先を向ける。
「よく避けたな。だが次は無い」
フォードは冷酷な声音で言い放った。少年はというとフォードの持つ剣を凝視している。
「その剣……魔剣か」
おそらく誰もが、始めてその剣を見れば視線を奪われるだろう。
フォードの持つ剣はバスタードソードという種類に入る。
片手でも両手でも使えるという適度な重量に、切りと突きどちらもバランスの取れた威力を発揮する長めの刀身。欠点を挙げるならば中途半端な性能というところだが、使用者によってはそんな欠点などいくらでも補える。
そして何より、彼の剣は普通の剣ではなかった。
刀身が青白く発光しているのだ。
『アイスコフィン』。
溶けることのない氷河の結晶が、永い時を経て剣の形になったと伝わる――――魔剣。
名称や能力までは知らないだろうが、間近で剣を見た周囲のハンター達の顔つきがすぐに変化する。
――――あの剣は、とんでもない大金になる。
「あはははは! いきなり割り込むなんて、ずるがしこいねえ!」
と、いつの間にかフォードの後ろに回りこんだ女が腕を彼の前に回し、首に短剣を突きつけた。
「あんた、まだ若いけどいい男じゃない。傷つけるのは勿体ないわね。……そうねえ良い男に免じて……その剣をくれれば見逃してあげるわ……。あっ、でも、ここで組むのもありねぇ……」
フフ、と笑いながら首筋に息を吹き付ける。
「…………」
フォードは黙っていた。当然、怯えたからではない。
次の瞬間。
――――短剣を突きつけていた女の手首が消えた。
「へ――――!?」
紅い雫がぽたりと垂れ、女が間抜けな声をあげる。
手首は地面に落ちていた。
「愚かだな」
淡々と呟いて、
フォードは、放心状態の女を振り向きざまに剣で一閃した。
悲鳴も上がらずに、ぼとりと、女の首が落ちる。
――――そしてそのまま、
瞬速といえる斬撃で他のハンター達を切り伏せ始めた。