夢幻戦夜(C)
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ガシャーーーーンと、派手にガラスが割れる音が夜の街に響いた。
ばら撒かれる破片。五メートルはある二階から豪快に飛び降りたライは、慣れた動作で、受身もとらずに足から着地した。普通の人間ならば骨折は免れないだろう高さだ。だが、ライは全くの無傷で、足がしびれた様子もなかった。
彼の後を追うように、上空から少女がゆっくりと降りてくる。
――――それは月を背にしていて、ぞっとするほど神秘的な光景だった。
無音で少女が着地する。そして左手を神々しいとさえ言える動きで、空に突き出した。
「っ!」
ライは両足を使って左に飛ねる。次の瞬間、彼の脇を見えない何かが空間を歪ませながら通り過ぎていく。
一秒と経たないうちに、一軒の家の壁が爆発した。直後に悲鳴。
「まずい、場所が……」
何がどうしてこんな現状になっているのか全くもって理解不能だったが、街に被害を与えてはいけないと思い、ライは走り出した。
ずきりと、頭痛が走る。
適当な裏路地に入る。人の住んでいる建物は無い。その代わり街灯や明かりも無く、月の光がなんとか視界を助けている。広いとも狭いともいえない場で周囲には古びた家とゴミの山。
もしかしたらウェルエーヌ――――と呼んでもいいのか疑問だったが――――が追ってこないで街を破壊して周っていたらどうしようかと不安だったが、どうやら来てくれた。歓迎はしないが。
彼女の背からは、相変わらず薄緑色のもやがゆらゆらと揺れている。
(これは……何かが憑依しているのか……? 気を失わせるしかない)
霊などに憑依された人間への対抗策。
痛覚や全身の神経まで支配されているのなら、これで一時しのぎができる。後のことはその時に考えればよい。
魔法で除霊やら解呪やらすれば一発なのだが、生憎ライは魔法など使えない。
(あいつもそういう系統の魔法は覚えてなかったな)
接近戦に持ち込むと決意し、ライは手に馴染んだ槍を構えた。
対するウェルエーヌが無表情のまま、体を少し前に傾ける。
そして、急に人間とは思えない速さで、ライに向かってきた。
「な――――!?」
彼女の足は地面すれすれを『浮遊』していた。
予想外の行動にライは攻撃の構えを解き、確実にくるであろう攻撃を避けようとする。
――――その時。
「……ア……ア……!?」
あと一メートルというところ。
そこでウェルエーヌがピタリと静止し、呻き声をあげた。
「ウ……アア……!!」
薄緑色のもやが、不安定に揺らめく。
「……ラ、イ……っ!」
「え――――?」
――――彼女の瞳から、涙が流れた。
どこかで、
『……お願い……殺して……』
似た光景を――――どこかで見なかっただろうか。
『本当に……楽しかった……』
ズキリと、痛みが走る。
それは頭ではなく――――
彼女は苦しそうに頭を抱え、どさりと崩れ落ちた。