第10話「夢の少女」
目が覚めるとそこは……
……ここはどこだろう。見たことも来たこともない場所だ。……いや、前に見たことはある風景だ。
どこからか雫の落ちる音が聞こえ、風が木々を揺らす。雨水を含んだ独特な土の匂いが、辺りから漂ってくる。木漏れ日は獣道を照らし、道の横を流れる小川はその光によって輝く。僕はその小川の横に佇んでいる。
そこはまるで絵に描いたような場所だった。幻想的でため息が出るほど美しい。できることならずっとここにいたい。そう思うくらいの場所だ。
「あ、やっと来たね」
「え? ……あ」
目の前の光景に見とれていた時、後ろから少女の声が聞こえた。後ろに振り向いてみると、奥の道から少女が現れた。
髪は短くて黒色。顔は……光によって隠されていてよく見えない。腰からは絵札のような物をぶら下げている。少女が一歩ずつ歩む度に、それはぶつかり合い、カランコロンと音をたてる。
さっきの声はあの少女だろうか? 少女は僕に近づいて来て、目の前に来ると話をし始めた。
「まったく。待ちくたびれちゃったよ。いつまで経っても来ないんだもん。だから私から会いに来ちゃった」
少女はニコッと笑ってそう言った。そしてたじろぐ僕を気にせず、少女は話を進めていく。
「あ、でもごめんね。無理やり寝かしちゃって。本当は普通に寝た時に出てこようかなと思ったんだけど……待ちきれなくなっちゃってね。本当にごめんなさい」
「え、えと……」
「でも、桜花の顔を近くで見れたからよかったよ。元気そうだしね」
「は、はあ……」
この少女はさっきから何を話しているんだろう。何を話しているのか、さっぱり分からないや。というかこの少女は誰? どうして僕の名前を知っているのだろう。
「ね、ねえ。君は誰なの?」
「ん? 私? あれ、桜花は私のこと知らないの?」
「う、うん。だからその……君が誰なのか教えてほしいんだ」
僕は遠慮気味にそう言う。少女はそっかあと呟いて、少し不満気というか、残念そうな顔をした。その後にまた笑って、話をしだす。
「じゃあ、初めましてだね桜花。私は」
『……花ァ!!!』
「わっ!?」
「きゃあ!?」
少女が名前を言おうとした瞬間、怒号のような凄まじい叫び声が、空から鳴り響いてきた。あまりの音の大きさに、僕と少女は驚いて耳をふさぐ。
怒号のような叫び声はしばらく空にこだまし、やがて消えていった。
「い、今のは一体……」
鼓膜が破けるかと思った。あの叫び声のせいか、少しくらくらする……今のは一体なんだったんだろうか……
と、少女は空を見上げて、こんなことを呟いた。
「ああ……もう時間かあ」
「時間?」
「うん。今回はここまでみたい」
「ここまでって……え!?」
突然、少女の身体は輝き始め、足から少しずつ透明になり消え始めた。い、一体、少女に何が起きたんだ……? 少女は真っ正面にこっちに向いてきた。その表情は寂しそうな顔だった。
「それじゃまたね桜花。今度は"現"で会おう」
「ちょ、ちょっと待って! よく分からないけど名前だけでも」
「ばいばい。えいっ」
「……え? ! わ、わあぁぁ……!」
突然、少女は手を突き出し、トンと僕の肩を軽く押す。僕はバランスを崩し、身体は真後ろへと傾いて、そのまま川へと落ちていった。
川へ落ちた瞬間、目の前が真っ暗になり、水しぶきの音とともに、何かが落ちる音がした。
「ぁぁあ!」
「へ?」
ガスッ!
「!? がうっ!」
「あうっ!」
飛び起きた瞬間、何かに頭がぶつかりって、押し戻されるように僕はまたその場に倒れた。
「いったぁ……」
僕は額を押さえてその場で悶える。頭が物凄くズキズキする……痛い。頭の形、変わってないよね……
一体、何にぶつかったんだろうか。それが気になり、僕は額を押さえたまま上半身を起こして前を見た。
「いったぁ……」
「……へ?」
……そして抜けた声を出した。目の前には見たことのない少女いて、尻餅をついた状態で額を押さえていた。頭から角を生やしている。見る限り人外だろうか。
「あ、あの……大丈夫?」
「お、おう。大丈夫だ……お前、頭硬いんだな……」
少女は苦笑いをしそう言った。いや、頭が硬いのは少女の方じゃないかな。ぶつかった時、物凄く痛かったし、それになんか弾き飛ばされたような感覚がしたし。
「……ん?」
ふと見た先に毛布があった。なんで毛布なんかあるんだ? ……そういえば、ここはどこなんだろう。僕は周りを見回す。
見覚えのある壁と柱と、見慣れないタンスとちゃぶ台が目に入る。側にある柱には、見た覚えのある文字が刻まれていた。
……ああ、ここはあの部屋か。ん? でも、なんでタンスとちゃぶ台なんかがあるんだろう。さっきまではなかったのに。そもそも、僕は森の中みたいな場所にいたはずじゃ……
「あ、やっと起きましたか桜花」
「へ? あ、慧音さん」
と、部屋のドアが開き、そこから慧音さんが入ってきた。
「ん? おでこが赤くなってる……何かあったのですか?」
「え? あ、起き上がった時にちょっとぶつけてしまいましてね」
僕は苦笑いをして、あやふやな感じでそう答えた。そこにいる少女の頭にぶつかって――なんて、ちょっと恥ずかしくて言えないかな。
「そうですか。それにしてもよく寝ていましたね」
「寝てた? 僕がですが?」
「ええ。戻ってきたらぐっすりと寝ていたました。起こすのも悪いので、今の今までずっと寝かせていたんです」
「そう……ですか……」
僕、寝てたんだ。それじゃあ、さっきまでいた場所は夢の中か……
でも、夢だとしたら、妙にリアルだったなあ。明晰夢ってヤツなのかな。いや、それとはちょっと違う。なんというか、自分で見てた夢じゃなくて、他人に見せられてた夢みたいな感じだった。
まあ、どちらにせよ、夢だったことには変わりないか。
「……あ、そういえば慧音さん。ちゃぶ台とあのタンスどうしたんですか?」
「あれですか? 霧雨の親父さんに桜花のこと話しにいったら、これをってくれたんですよ。で、たまたま近くにいた萃香と一緒に持ってきたんです」
「萃香?」
「私だよ桜花」
「へ?」
萃香とは誰かと首を傾げると、さっきの少女が自分を指差して僕を呼んだ。
「えと、君が萃香……さん?」
「おう。私が伊吹萃香だ。よろしくな桜花!」
「よ、よろしくお願いします……」
伊吹萃香という少女はニカッと笑い、手を差し伸べてきた。それを見た僕も、恐る恐る手を差し伸べ彼女の手を握る。そして握手を交わす。この少女が萃香なのか。
「あ、僕は」
「春霞桜花だろ? 慧音から聞いたよ。色々とあったみたないだな」
「まあ……はい」
「そうか……でもま、桜花もすぐに馴染めると思うから、細かいことは気にせずいこう! な!」
「は、はあ……」
萃香さんはケラケラと笑いながら、細かいことは気にするなと言う。この人、あまり細かいこと気にしない性格なのかな。
……そういえば今ふと思ったのだが、萃香さん、なんとなく鬼みたいだ。頭から角を生やしてるし、細かいことも気にしなさそうだし。……もしかして本当に鬼?
「……まあ、いいや。それより、タンスとちゃぶ台を運んでくれてありがとうございます。慧音さんもわざわざありがとうございました」
「おう。気にすんな」
「いえいえ、気になさらずに。……あ、そうだ。さっき言い忘れましたが、霧雨の親父さん、自由に使ってくれと言っていましたよ」
「え? 本当ですか?」
「はい」
「そうですか……」
「よかったじゃないか桜花」
「ええ。本当によかったです」
自由に使ってくれ……ということは、この家に住んでもいいってことだよね。それならよかった。僕、野宿なんてできないからなあ。住める場所ができて本当によかった。明日、霧雨さんにあって、礼を言いに行こう。
「さて、それじゃあ慧音! 早速、桜花の歓迎会をしようよ!」
「え? 歓迎……会?」
「そうですね。早速、料理を作りましょうか」
「え? え?」
萃香さんは突然立ち上がって、歓迎会をしようと言い出した。慧音さんはそれに乗ったのか、彼女もまた立ち上がる。
か、歓迎会? 僕の? え、えと……え?
「あ、あの萃香さん? 何故に歓迎会を?」
「んー? なんでかって? そりゃ、桜花が外から幻想郷に来たからだよ」
「は、はい?」
「まあ、とにかく歓迎会は歓迎会だ。細かいことは気にするな!」
「は、はあ……」
細かいことは気にするな、か……萃香さんの言うとおりかも。歓迎会をしてくれると言ってるのだから、ありがたくしてもらおう。
「あれ? でも、料理を作るにも食材は?」
「大丈夫ですよ。ちゃんと買ってきてありますから」
「あ、そうですか……」
ちゃんと買ってきてあったんだ。手際がいいな……もしかして、僕が起きる前に歓迎会しようってことになってたのかな。
「さて、それでは台所借りますね」
「あ、手伝いますよ」
慧音さんが台所へ行くのを見て、僕は近くに立てかけてあった松葉杖を取って立ち上がる。僕のためにとは言え、ちゃんと手伝いはしなくちゃ。
「え、桜花がですか?」
「はい。料理が出来上がるのを待っているだけではちょっとアレなんで。あ、料理ちゃんと出来ますよ」
「そうですか……分かりました。ではお願いします」
「はい」
僕は慧音さんの後に続いて、台所へと行く。と、萃香さんが僕と慧音さんを呼び止めた。
「おーい、慧音と桜花! ちょっと近くまでお酒買いに行ってくるなー!」
「分かりました。気を……って、ん? お酒?」
「それじゃあ行ってくるな!」
「あ、はい。気をつけて」
「早く戻ってきてくださいね」
「おうよ」
萃香さんはドタバタと玄関まで走り、履き物をはいてそのまま外へと飛び出していった。萃香さんが玄関の扉を開けた瞬間、辺りが暗くなっているのが見えた。ああ、もう夜だったんだ。
どうも。風心剣です。
前回、間を空けぬように更新とか言ってましたが、結局1ヶ月近くも空いてしまいました。本当にすみません。
さて、今回は前半は夢の話、後半はまた分からない話でした。
あの夢の少女、一体、何者なんでしょうかね。少なくとも、桜花に興味があることは確かようです。正体が分かるまでまだまだかかりそうです。
はてさて、次回は霧雨道具店に行く前に人里の中をゆらりと探索。その途中で、とある少女と出会う。
それではまた次回に。




