第11話「その道にて」
長らくお待たせしました。
第11話です。
窓から太陽の光が差し込む。その温かな光は部屋の中を照らして、夜が明けたことを告げる。
僕は窓から差し込む光に向かって、手を伸ばして空をつかんだ。すると握った拳の隙間から光がこぼれる。しばし僕はぼんやりと握った拳を見つめた。
数秒後、握りしめていた拳を開き、その手で左目を軽くこする。そうしながら上半身を起こし、今度は大きなあくびをしながら背伸びをする。そして呟いた。
「朝……か」
部屋の中は照明がいらない程明るく、白い毛布の上には僕の影が写されている。それは紛うことなく、朝が来たと知るには十分だった。
毛布の上に写った自分の影を見て、ふと思ったことがあった。「昨日あったことは全て夢だったのかな」と。なんとなくそんな気がした。
僕はきょろきょろと辺りを見る。見覚えのあるちゃぶ台とタンス。それにあの文字が刻まれた柱。後は横にしかれた2つの敷き布団。昨日見た光景と同じだった。
うん。これは夢なんかじゃない。これは現実だ。疑いようのない、ね。
「おーい。桜花ー起きてるかー?」
「え? あ、はい。起きてますよ」
「お、そうか」
と、部屋の引き戸がスッと開き、そこから角を生やした少女が顔をのぞかせた。あの子は……萃香か。鬼の。
萃香は僕が起きてると言うと、部屋の引き戸を更に開いて中に入ってきた。片手にはお盆を持っていて、それをちゃぶ台の上に乗せる。
ちゃぶ台の上には、湯気が立っているみそ汁やご飯などが置いてある。どうやら僕が起きるまでの間に、朝ご飯の準備をしていたようだ。
と、萃香がこっちに顔を向けて話しかけてきた。
「おはよう桜花」
「おはよう」
「昨日はぐっすり寝れたか?」
「うん。寝れたよ。おかげさまで疲れもほとんど残ってないよ」
残ってるとすれば、寝る前に喰らった萃香の回し蹴りの痛みかな。まさかあそこまで寝相が悪いとは思わなかった。蹴りを喰らった右腕がまだ少し痛む。
まあ、妖怪とは言え、萃香は女の子だろうから、口に出しては言わないけど。
「そっか。そりゃよかった。ま、桜花はこっちに来たばかりだし、これから大変なこともあるだろうけど……困ったことがあったらなんでも言って。私たちが力になるからさ!」
萃香はニカッと笑い、気前よくそう僕に対して言い放った。僕は顔をすこしうつむけて、空笑いをする。
ああ……苦手だな。こういうのは本当に苦手。相手の好意をどう受けとめればいいのか分からない。どう反応すればいいか分からなくなる。空笑いをして返事をするしか、今の僕にはそれしかできないや……
でも……今の萃香の言葉で、気持ちが軽くなった。なんというか、今の言葉で僕の心のどこかにあった不安みたいな物が、全て吹き飛んでいった気がした。
僕は顔をあげて萃香を見る。そして少し笑ってこう言った。
「……うん。ありがとう。その時は頼りにさせてもらうね」
「おう。ドンと任せな!」
萃香は胸をドンと叩く。それを見て僕は笑みを浮かべた。この鬼は小柄ながらもなんて心強そうなのだろう。本当に頼りがいがありそう……
「……あれ?」
萃香の凛とした姿を見てふと一瞬、頭の中にある女の子の姿が思い浮かんだ。その女の子は萃香と同じように、胸を叩いて笑っていた。その子の笑顔はどこかで見たことがある気がした。
それになぜか、その女の子にとても懐かしさを感じた。まるでいつも一緒にいたかのような懐かしさを……
「おや、桜花。起きたのですね」
「へ? あ、慧音さん」
「お、慧音」
と、さっき萃香が開けた引き戸から、慧音さんが部屋の中に入ってきた。
「おはようございます」
「おはようございます慧音さん。朝ご飯の準備ありがとうございます。萃香も」
「いえ気になさらずに。それよりも、ご飯が冷めないうちに食べましょうか」
「あ、そうですね」
僕は手で布団を退け、ちゃぶ台まで近づく。萃香もひざ立ちで歩き、僕の横側に座った。慧音さんは僕のちょうど反対側の位置に座る。
「それじゃあ食べましょうか」
「はい。いただきます」
「いただきますっ!」
「いただきます」
僕らは目の前に置いてある箸を手に取った。そしてそれぞれのタイミングでいただきますと言い、ご飯を食べた始めた。
「ごちそうさま」
「ごちそうさまです」
「ごちそうさまでした」
僕らは箸を置いた。目の前に綺麗に空になった食器が置かれている。
「とてもおいしかったですよ慧音さん」
「いえいえ。お粗末さまでした」
僕がおいしかったと笑顔で言うと、慧音さんは少し照れたような素振りをしてそう言った。
慧音さんが作った料理は本当にどれもおいしかった。美味の一言につきる。
特に焼き魚が絶妙な焼き加減で、味もすっきりとしていて、おいしかった。あれほどおいしい焼き魚を食べたのは初めてだったろう。今度、作り方を教わろうかな。
「さて、食器を片付けてきますね」
「あ、僕がやりますよ」
「え? あ、大丈夫ですよ。食器を流しに置いてくるだけですから。桜花はゆっくりしていてください」
「はぁ……」
慧音さんは手早く食器を重ねて、それらを盆の上にのせる。そして立ち上がって盆を持ち、部屋を出て行った。心なしか、その姿はどっか焦っているように見えた。気のせいだと思うけど。
「……とりあえず、出かける準備でもしようかな」
「え? 桜花どっか行くのか?」
「あ、うん。霧雨道具店ってお店に、挨拶しにちょとね」
「ふーん。あそこにか」
「うん。だから今から準備しようかなって思ってね」
挨拶をしに行くなら、早い時間帯に行った方がいいだろう。そうふと思った。
それに早めに出て、ゆっくり里の中を探索してみたいし。それなら早めに準備して行くのがいいだろう。
「そうか。じゃあもう出かけるのか?」
「うーん……そうなるかな」
「でも、今行ってもあのお店はまだ開いてませんよ」
「あ、慧音さん」
慧音さんが引き戸を開けて、部屋の中に入ってくる。そしてさっきと同じ場所に正座で座った。
「あのお店が開くのは九時ですよ?」
「え……9時ですか……」
「はい。ちなみに今は七時です。開店するまでの二時間、どうするんですか?」
「里の中を探索してます」
間髪を入れずに、僕はそう答えた。開店するまで2時間もあるなら、里の中を探索して時間を潰せばいいだろう。本当は挨拶した後に、探索する予定だったけど。
というか、今7時だったんだ……てっきり8時かと思ってたよ。
「なるほど。それはいいですね。この里には色んなものが溢れてますから、見るだけでも楽しいですよ。ゆっくりしてくださいね」
「あ、はい。ありがとうございます」
「ああ、そうだ。これをどうぞ」
「はい? ……?」
慧音さんはどこからか巾着袋を取り出して、それを僕の目の前に置いた。僕はなんだろうと思って巾着袋を手に取った。手に取ったとき、何か硬い物が中に入っている感触が手に伝わった。
僕は巾着袋の紐を緩めて中を見る。すると中に入っていたのは……
「お……金?」
僕は首を傾げた。袋の中に入っていたのは、中心に四角い穴が開いた円形の物だった。それがいくらか入っている。
これは……銭っていう物だっけ。昔の金属貨幣だったはず。今で言う百円玉みたいな物だ。
ただ……このお金の価値は僕には分からない。今、この袋の中に入っているのがいくらなのか分からない……一円札だけは分かるんだけどなぁ……
「あ、あの慧音さん。これは?」
「里の中を歩くだけじゃつまらないでしょうから、おこづかい程度ですがどうぞ。差し上げます」
「い、いや、お金を貰うのは……」
「気にせずに使ってください」
「……はい」
簡単に引き下がっちゃった……と、僕は思った。きっと邪な考えが現れたからだろう。まあ……慧音さんもああ言ってるわけだし、使わせもらおう。
僕は巾着袋の紐をしめて、ちゃぶ台の横に置く。巾着袋を置いたとき、いつかちゃんと、もらった額を慧音さんに返そうと心に誓った。
「さて、そろそろ失礼しますね」
「え? もうですか?」
「ええ。これから寺子屋があるので」
慧音さんはそう言って立ち上がった。もう少しゆっくりしていけばいいのに、と思ったが……ああ、そういえば慧音さんは寺子屋の先生だっけ。
「それでは」
「はい。色々とお世話になりました」
「いえ、気になさらずに。困ったときはお互い様ですよ。それではまた」
慧音さんは笑みを浮かべてそう言い、ふり返って部屋から出て行った。少し前を置いて、家の扉が開く音が聞こえ、閉まる音も聞こえた。
本当に慧音さんはいい人だったなあ。今度、出来る範囲でお礼をしよう。
「んー……さて、私も行こうかね」
と、間を見計らったように、今度は萃香が背伸びをしながら立ち上がった。僕は萃香の顔を見て問いかける。
「萃香もどこに?」
「うん。友人の所にでも」
「そうか。それじゃあね」
「うん。じゃあね」
萃香は瓢箪と手につけている鎖をぶらぶら揺らしながら、部屋を出て行った。彼女にもだいぶお世話になったし、いつかお礼をしよう。
そういえば、昨夜から不思議に思っていたのだが、彼女がぶら下げていた瓢箪はなんなのだろう。口をつけていたから、中に飲み物が入っているんだろうけど……
それとあの手の鎖。あれも一体、なんの意味で身につけているのだろう。不思議でならない。また今度、聞いてみようか。
「うー……さてと。僕もそろそろ準備をして出かけようかな」
僕は背伸びをして呟く。もう少しゆっくりしていてもいいけど、やっぱり早く里の中を探索してみたい。里の中にはどんな風景が広がってるのか、今から楽しみで仕方ないから。
「よし。着替えようかな」
僕は動き始める。そういえば、慧音さんが昨日、服……甚平をいくつか置いていってくれたっけ。
じゃあ、それに着替えて、次に洗面をしてから家を出よう。
「それじゃ、行ってきます」
誰もいない家に向かってそう言い、僕は扉を閉じて鍵をかけた。
鍵が閉まる音を聞き届けて、僕はカギを腰につけた巾着袋の中へ入れる。そうしてから、後ろに振り向いて前を見た。
「やっぱり綺麗な所だ……」
目の前の光景を見て、僕はため息をつきながらそう呟く。
僕の目の前には昨日と変わらない、綺麗な風景がそこには広がっている。時代や国関係なく建つ建物、至る所に張り巡らされた用水路。用水路を流れる水は、太陽の光を反射して輝いている。
この風景を見て、僕は一瞬ここは本当は夢の中なんじゃないかと思った。そう思うくらい、この里の風景は幻想的だ。
「さて、それじゃあ行こう」
高揚する気持ちを抑えながら、松葉杖をついて僕は歩きだす。それにあわせて風景も動き出した。僕の歩調に合わせるようゆっくりと、その光景を変化させていく。
歩き始めてから少しして、前の方に屋敷があるのが見えた。周りが壁に囲まれていたため、中は見えなかったが、周囲よりも家屋が大きい。もしかたら、お金持ちか里の長が住んでる屋敷なのかもしれない。
屋敷を通り過ぎると、また一般的な家屋や、少し変わった造りの建物が現れた。建ち並ぶ建物の中に『cafe』と描かれた看板がある店を見つけた。
見た感じは少し前の時代のカフェテリアだ。でも、江戸末期から明治初期辺りのような建物が建ち並ぶこの場所では、いささか近代的に見える。
次に目についたのは、カフェテリアから少し離れた場所にある洋服屋さん。目についた時はえっと驚いたが、そういえば洋服を着ている人をいくらか見かけた。
甚平や着物を着ている人を多く見かけたとは言え、洋服を着ている人もいるのだから、きっと需要があるのだろう。そして僕も今後お世話になるかもしれない。
「……」
そういえば、さっきから僕とすれ違う人は、一度立ち止まって僕を見る。別に声をかけるわけでもなく、ただ立ち止まって僕を見て、また歩き始める。中にはこそこそと話をする人もいた。
一体、どうしてみんなは一度立ち止まって僕を見るのだろうか? 見かけない顔だからか? それとも……
まあ、どちらにしても、里の人にとって僕はきっと珍しいのだろう。外の世界から来た人間なんだし。
「と」
洋服屋の前を通り過ぎると、今度はT字路にさしかかった。僕は立ち止まって左右を見る。右の方は活気のある商店街のような雰囲気があり、左の方はにぎやかな住宅街のような雰囲気を感じた。
僕はどちらへ行くか考える。右へ行こうか、左へ行こうか。どちらへ行こうか……意外と迷うな……
『カランコロン』
「え?」
左の方からふと、どこかで聞いた覚えのある音がした。僕は顔を左に向ける向いた先には、道を行き交う人々、玉遊びをする子ども達などが見えた。
その周辺を目を凝らして見るが、見た限りでは、特にあの音が鳴るような場所はないし、鳴らすようなものもなかった。
はて……それじゃあ、今の空耳だったのだろうか? ……いや、確かに聞こえた気がする。あの木がぶつかり合う音が。
「……」
僕は歩き始め、音が聞こえた左側へと足を進める。どうしてだろうか? このまま行けば、あの子に会える気がした。夢で会ったあの少女に……
そういえば、夢で会ったあの少女が現れる前に、さっきと同じ音を聞いた覚えがある。その後に現れた少女は、腰辺りから木の札をぶら下げていた。じゃあもしかたらあの音は……
「あの少女が鳴らした……?」
僕は立ち止まってそう呟く。そうだ。あの音が鳴る度に、あの夢の少女の声が聞こえてきた。それに昨日は少女が現れた。だから、あの音は少女が鳴らしていた、と考えられる。
それじゃ、僕をあっちからこっちへ導いたのも少女……いや、飛躍し過ぎか。
「ねぇ、お兄さん」
「! は、ひゃいっ!」
僕の不意をつくかのように、後ろから誰かに呼びかけられた。あまりに急だったので、僕は思わずふぬけた言葉を発す。そしてすぐさま後ろに振り向いた。
「ふふん」
「え?」
振り向いた先には女の子がいた。女の子は笑みを浮かべながら僕に問いかける。
なんだろう……この女の子、不思議な服を着ている。なんというか、陰陽師が着ていたよう……いや、巫女さんの服か? とにかく、珍妙な服を着ている。神社か寺の関係者の子なのかな?
「ねぇ、こんな所で何してるの?」
「あ、いや、その……ちょ、ちょっと道に迷っちゃってね」
反射的にそんな言葉が出た。女の子はふうんと言って言葉を続ける。
「そっか。迷っちゃったんだ」
「う、うん。僕はまだこっちに来たばかりだから」
「それなら迷っちゃうね」
女の子はクスクスと笑う。いや、実際に迷っているわけじゃないんだけどね……でも、迷わないとも断言できないか。
「どこに行きたいの? お兄さん」
「あ。うんとね、霧雨道具店ってお店に行きたいんだけど……」
「ああ。そのお店なら、この道をまっすぐ行けばつくよ」
「そうなんだ。ありがとう」
そういえば、慧音さんから霧雨道具店までの道を聞いてなかった。そのことを思い出し、ちょうどと思って女の子に道を聞いてみた。女の子は後ろを指差して、まっすぐに行けばつく、という。ああ……意外と近いんだ……
「あ、ありがとうね。これで道に迷わなくてすむや」
「ふ、そうだね」
「うん。それじゃあね。ありがとう」
「うん」
僕は松葉杖をついてまた歩き始める。そして女の子の横を通り過ぎたかかったそのとき。
「またね、桜花」
「え?」
女の子の声が僕の名前を言った。僕は立ち止まって、すぐにパッと後ろに振り向いた。しかし……
「いない……?」
もう、女の子の姿は見あたらなかった。
どうも。風心剣です。
最後まで目を通していただきありがとうございます。
今回は朝の風景と里の探索の話でした。里の探索は次回も若干続きます?
桜花くんは意外とひとり言が多い。なので1人でいると、若干台詞が多いかも?
さて、終盤にてまたあの音です。それに……この先どうなるのでしょうか?
それではまた次回に。




