金色の鋼と水晶
金の妖狐は気力だけで立っているような状態だった。出血がひどく、霊力でできた肉体の血が出るということは、体を形作っている霊力が放出され、散逸しているということなのだ。ここで元の体に戻ってしまえば負けを認めるようなものだ。質量差ができてしまえば金の妖狐に勝ち目はなくなる。この鉄壁の防御で命婦狐の配下の妖狐として四天王にまで成り上がってきたのだ。彼の自尊心と誇りが自分の敗北を許さなかった。そして何より、あからさまに見下したような視線で余裕を見せつけてくる敵の神が忌々しかった。彼は神と妖魔の隔絶された差を思い知らされつつ、どうしてもそれを認めたくない自身の心の葛藤で気持ちがないまぜになっていた。
金の妖狐は最後の力を振り絞りつつ鋼の槍を顕して撃ち出すが、狗神はそれを軽やかによけつつ蹴り飛ばすと、そのまま妖狐の頭上へ跳躍し、落下地点から逃れ損ねた背中に着地する直前、四つ足で踏みつけた。これによって、金の妖狐の金色の鋼の鎧の内側に大きな打撃が入り、その衝撃に耐えきれず、金の妖狐は頽れた。背中を彼女に押さえつけられた状態である上に鎧の重さのせいで彼女を振り飛ばして立ち上がることも叶わなかった。そのうえ、狗神は水晶の槍を5本顕して発射する準備を整えていた。『もはやこれまでか……いや、命さえあればまだ道はある』そう腹をくくった金の妖狐は自身が纏っていた金の鎧を消去し、自分の体を生来の大きさに戻すと、それによって余った霊気を自分の中に溜めて力の底上げを図る。
そして素早く鋼の矢(どちらかと言うとクロスボウのボルトに近い形状)を顕すと矢継ぎ早に発射したが、そこまで質量が小さくなると、その妖狐の10倍以上の体格である狗神にとってその攻撃は全く脅威にならなかった。狗神が軽く神威の衝撃波を当てただけでそれらはペチペチと弾き飛ばされていくのだった。それを見て苦々しい表情を浮かべる妖狐に対して、狗神は「我が槍を全て避けきったなら、見逃してやらぬでもない」と言うと、用意してあった5本の水晶の槍を次々と発射していった。
妖狐は彼女の宣言に一縷の望みを託しつつ必死で避ける。1本目!2本目!3本目『あと少し!』そう思いつつ4本目を躱した彼の表情は、直後に絶望に覆われた。躱した先に、すでに5本目の槍が迫っていたからだ。妖狐は頭部を撃ち抜かれ、まるで泥団子をこん棒で叩き潰したときのように、その頭は爆散するのだった。首なし妖狐の死体を眺めながら、狗神は「如何に敵と言えど、これでは我が弱い者いじめをしておるようではないか」と嘯くと、戌の神の首尾を確認すべくそちらに目をやるのだった。
一方、戌の神の方は自身の体格を肩高5尺のままにしていた。もし戌の神の相手が金の妖狐であったならば、狗神のように肩高8尺まで体格を膨らませる必要があっただろう。だが、相手が妖術主体なのであれば同じ土俵に立つ必要などないのだ。大きくした体に炎を宿して体当たりする攻撃は素人からすれば恐ろしいものに見えるだろうが、戦の経験がある戌の神からすればあまりにも芸が無さ過ぎるというものだ。いわゆる『当たらなければどうと言うことはない』理論である。つまり、体が小さい方が相手の攻撃を躱し易くなるので、炎の妖狐に付き合って自身の体格を同じくらいの大きさにする必要などないのだ。
そのこざかしさが炎の妖狐には忌々しかった。実は、彼は戌の神が自分と同じ体格になって挑んでくることをある程度期待していたのだ。そうすれば、相手に自身の妖術の炎を燃え移らせることができるかもしれなかったからだ。だが、実際にはどうだ? 相手は自分と張り合おうとしないどころか、炎をまとった巨体で蹴散らそうとした自分の足をこともなげに躱しざま、自分の腹に石礫を当ててきたのだ。腹は四つ足の獣にとって急所である。まあ、足が何本であろうが腹は高等生物共通の弱点なわけだが。何とか素早く戌の神の方に振り返ることができたものの、いまだに腹がじくじくと痛む炎の妖狐は、怒りと悔しさで歯を食いしばる。
明確な誤字・表記の誤りが2点ありましたので、自動修正しました。
**自動修正した箇所**
- 「成り上がってきたのだ、彼の自尊心と誇りが」→「成り上がってきたのだ。彼の自尊心と誇りが」(句点の誤り)
- 「どうだ?相手は」→「どうだ? 相手は」(疑問符の直後に全角スペースを追加。組版の本則に基づく処理)
---




