第十四話 朝に鳴く鶏
「鬼火、ですか?」
「人の背丈ほどあるそうだ」
涼しげな顔で白雨は平然と答える。
先日の儚さは消え失せ、いつも通りの白雨だった。
風邪、治ったみたいだな。
「見間違いでは?」
「十三件中、七件だ。であれば見間違いではなく、そのものだろ」
朝、掃き掃除に出ようとすると入り口には力車が止まっていた。黒光りするその扉には、三つの重なり合う円を大きく囲む蔦の柄。国主の紋が描かれていた。
そう言えば今日か。
さすがに冗談だよな。
一緒に行くっていうのは…
そう思った矢先だった。
「箒は持って行くなよ。邪魔だからな」
後ろから声がかかる。
振り向けば白雨がいた。
「あの、まさかとは思いますが…本当に私も行くのでしょうか?」
「俺はお前が思っているほど冗談は言わない質だ」
「それは一度も思ったことないです」
「なら話は早い。早く乗れ」
そして、街へと向かう力車の中で、白雨から大まかな説明を聞かされている。
「火事はここ一ヶ月だけで十三件だ。突出して多い。場所は街の中心部、どこも近隣で起きている。そして、火事が起きるのは夜ではなく朝だ」
「朝に鬼火ですか?」
「そうだ。だが、鬼火が出現する原因はわからない」
「朝から鬼火とは妙な感じですね。それよりも妙なのは、なぜ白雨様が調査をするのかってことなのですが?」
つい、疑問が口をつく。
結界担当の白雨が鬼火調査とは、どうにも結びつかない。
「ああ、体のいい嫌がらせだ」
ふっと鼻で笑った。
「はあ、そうですか」
この若さで国の防衛を担ってるくらいだ。
つまり、嫌がらせで面倒なことを押し付けられることもあるのかもな。
白雨を横目で見るが、いつも通りの涼しい顔。はなから気にしてない様子だ。
「白雨様、そろそろです」車夫から声がかかる。
一番初めの火事現場へと着く。
焦げた臭いが鼻をついた。
これほどの密集地で三軒ならましなのか。
店が並ぶ中、そこだけが黒く煤け、ぽっかりと穴が開いたようになっている。
「その先の蕎麦屋の女将に話を聞く」白雨は目線だけで方向を示した。
「お邪魔いたします」白雨は準備中の看板も気にせず蕎麦屋の戸を躊躇なく開ける。
がらがらと小気味のいい音が響いた。
まだ準備中ですよぅと女将が奥から出てきた。そして白雨の顔を見るなり、深々と頭を下げる。
「女将、久方ぶりです。忙しいところ申し訳ないが、そこの火事の話を聞かせていただけますか」
「まあ、白雨様。ご無沙汰しております。さあさあ、どうぞこちらへ」
奥の座敷へと通してもらう。
蕎麦茶のいい香りが辺りに満ちた。
女将はお茶を出しながら話し始める。
「確か明け六つくらいでしたかね。鶏が鳴いてましたから。外の水撒きをしてたんですよ。ふとみれば、三軒ほど先で青い炎がゆらゆらと浮いてるんですよ。またそれがやたら大きくて、最初は人かと思いましたよ。でねえ、そのまますっと一膳屋さんに吸い込まれるように入ってったんです」
「それで、そのまま燃えた?」
「そうなんですよ。もうびっくりしちゃって。あっという間に燃え広がって。大声出しながら水を持って行きましたよ」
「鬼火以外で、何か変わったことはありませんでしたか?」
そうですねぇと女将は考え込み、少し間を置いてから、そういえば鶏がやけにうるさく鳴いてましたよ、と言った。
人と見間違えるほどの青い炎。
それがゆらゆらと道の真ん中で揺れている。
想像してぞっとする。
朝なのも気味が悪い。
その後も火事が起きた周辺で話を聞くが、口を揃えたように人らしき者は誰も見ていないと言う。
「目撃情報が一件もないとは面白い」白雨は地図を広げながら興味深そうにそう言った。
「そうですね」
朝なら人目も多い。なぜ朝なんだ?放火とかそういった類いではないのか?
五件目の火事現場へと向かう途中だった。
角を曲がろうとした瞬間、どんと何かにぶつかった。
「いってえー」
目の前を見れば子供が尻もちをついていた。
大丈夫?と声を掛けて手を伸ばす。
「こっこっこっ」
(鶏?)
子供のすぐ脇には鶏がいた。
ばちっと目が合う。
突然、「こー」と感高く一声挙げ、私目掛けて走ってくる。
その瞬間、腹の奥が微かにざわついた。
(なんだ?)
鶏は足元まで来ると首を伸ばし、じっとこちらを見上げた。
(何という目つきの悪さ)
鶏とは思えない知性のある眼差し。
次の瞬間、子供が勢いよく鶏に飛びかかった。
鶏はそれをひらりとかわし、「ここここ」と鳴きながら走り去って行く。
「あーあ。せっかく捕まえたのに」
「食べるつもりだったの?」
「食べないよ!もっといい事」
子供はそう言い残し、鶏の後を追うように走り去った。
食べる以外にいいことってあるのか?
それにしてもあの鶏…。
見れば鶏の姿はすでに消えていた。
「火事だーー」
太い叫び声が響いた。
そう遠くなさそうだ。
行き交う人々の顔が声の方向へ向いた時には、すでに白雨は走り出していた。
急いでその背中を追う。
火事を見に行く野次馬、そこから離れようとする人。四方から押し寄せる人の波に飲み込まれる。
白雨はすでに先の角を曲がっている。
(見失う)
揉みくちゃにされながらも急いでその背中を追った。
角を曲がったその先では、炎が赤い舌を出していた。熱気と煤が辺りに充満している。
喉が痛くなり咳き込んだ。
水を掛ける人達、見物する野次馬共。
火消しはまだ到着していない。
(消さなくちゃ)
井戸はどこだ?
そう思った矢先だった。
見れば火の手の真ん前に白雨が立っていた。
白雨の前に並ぶいくつもの白い護符。
それは並んで顔の前に浮かんでいた。
護符は次々に大きな放物線を描き火の中へと吸い込まれて行く。
次の瞬間、氷のような膜があっという間に火の手を覆い、そのままどさっと崩れ落ちる。さっきまで燃え盛っていた炎は跡形もなく消えた。
辺りには焼け落ちた木片だけが残り、黒い煙がぷすぷすと燻っていた。
辺りは唖然としたような空気に包まれ、遅れて大きな喝采と嬌声が響く。
(圧巻だな)
何食わぬ顔で煤を払う白雨の隣にいく。
「お見事でした」
「この程度でか?」
涼しい顔をし焼け跡の中へと入っていく。
(褒めて損した)
ふと焼け跡を見渡すと、煤けた中にちらりと小さく光る物が見える。
(何だろう)
側まで近寄り拾いあげた。
それは黒く光る鳥の羽だった。
「いやー驚いたね」
真後ろで声が掛かる。振り返ると半纏を着た体の大きい男が立っている。
「これなら火消しいらずだ」そう言って男は豪快に笑った。
「ああ、失礼しました。あっしは火消しの頭取で名は三郎と申します。いや、しかし見事なもんですな。一瞬で消しちまうなんて」
三郎に火事の件で聞きたいことがあると伝えると、すぐそこなんで、とそのまま定火消屋敷へと案内された。
「しかし、古神家の方がわざわざ火事調査を?」三郎は心底驚いたように白雨に聞いた。
「これだけ続くと街の人達も不安だろうからと。国主からの命ですよ」
「そうですか、国主様が。今回で十四です。いくら何でも多すぎますわ。しかも鬼火が出るってんで街中大騒ぎです。挙げ句の果てには、鶏が鳴くと火事が起こるとか妖の仕業だとか、もうめちゃくちゃでさあ」
三郎は心底参った顔をする。
「鶏ですか」
「ええ。どうも火事の前に鶏が鳴くらしいんです。さっき小頭から聞いた話ですと今回も鳴いたって話しで。まあ、たまたまでしょう。噂話しに何とやらってね」
「そうとも言えませんよ。鶏は神の使いですから」
「また、ご冗談を」
そう言って三郎はかっかっと笑った。
三郎、知らないだろうが白雨は冗談は言わないんだ。
しかし、火事に鳴く鶏か。
知らせているのか。
はたまた――




