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剣は名を持たない誓いを抱く  作者: StoryTellingMusic


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24/31

20.線を引く、息を揃える

 翌朝、川辺の町は、昨夜の騒ぎが嘘のように静かだった。


 嘘、というより――上塗りだ。

 人は眠り、起きて、仕事を始める。

 怖かったことも、分からなかったことも、手を動かしている間だけ棚に上がる。


 宿の食堂では、早起きの商人がパンを齧り、子どもが眠そうな目を擦っている。

 昨日の子は、まだ部屋で眠ったままだと聞いた。


 「……起きるんだろうな」


 レオンが呟くと、向かいでエリシアが湯気の立つ杯を置いた。


 「今夜の“引き”は弱かった。朝まで持てば戻る可能性が高い」


 言い切れるのは、彼女が数字で見ているからだ。

 その確かさは助けになる。


 ガルドは椅子の背にもたれ、窓の外を見ていた。

 町の広場。川沿いの道。

 人の流れを目で追い、何かの癖を拾うような視線。


 レオンはそれを見て、ふと気づく。


 昨夜の潜入は、勢いでやった部分がある。

 入口まで辿り着き、子どもを見つけ、魔物を捌き、引き返した。


 結果は悪くない。

 だが、“次”は違う。


 奥へ踏み込むなら、準備が必要だ。


 エリシアが地図を広げた。

 昨夜見た通路の形を、記憶と測定で簡略に写してある。


 「入口はここ。溜まり場がここ。刻み痕がこの辺り。反応が濃くなるのは――」


 指先が止まる。


 「この先。多分、中心に近い場所」


 中心。

 言葉は軽いが、意味は重い。

 そこから先は、魔物を倒せば終わりではなくなる可能性がある。


 「壊すと拡散するタイプも、考えた方がいい」


 エリシアの声が淡く硬い。


 「王都で似た反応があった。触り方を間違えると、薄い霧が広がる」


 レオンは頷く。

 それは“知っている”というより、“覚えている”に近い。


 広がる霧。

 眠り。

 人が人でなくなる瞬間。


 「……なら、壊さずに止める」


 レオンが言うと、ガルドが視線をこちらへ寄越した。


 否定でも肯定でもない。

 ただ「それをどうやる」と問う目。


 レオンは、言葉に詰まらずに済んだ。


 昨日の夜から、頭の中で形になり始めている。


 「触らないで済むなら、触らない。

 触るなら、切る場所を間違えない。

 それと――人がいるなら、最優先は引き上げる」


 エリシアが小さく息を吐いた。


 「優先順位は同じ。……問題は戦闘の形ね」


 その“形”を、ガルドが決める。


 「線、引け」


 ガルドが立ち上がり、食堂の床を指した。


 突然すぎて、レオンは一瞬だけ瞬きをしたが、すぐに分かった。


 「……外でやります」


 ガルドは肩をすくめ、先に宿を出た。


 町外れの草地。

 朝露がまだ残り、靴が濡れる。


 ガルドはそこに、木の枝で一本の線を引いた。

 長く、まっすぐ。


 「ここを越えるな」


 それだけ言って、剣を抜く。


 大剣の刃が光を弾き、空気が一段重くなる。

 それは威圧ではない。

 場が“戦いの形”へ寄る。


 レオンは剣を構えた。

 線の手前。

 自分が踏み込みたい場所は、線の向こうにある。


 「来い」


 ガルドが一歩進む。


 レオンは踏み込まない。

 足が勝手に動きかけるのを、止める。


 ガルドの剣が振り下ろされる。


 速い。重い。

 レオンは横へずれ、刃を避ける。

 避けられたが、余裕はない。

 足の置き方が浅い。


 「浅い」


 ガルドの声が落ちる。

 咎める響きではなく、事実の投下。


 もう一撃。


 レオンは今度、後ろへ下がった。

 線から距離を取る。

 剣先を前に残し、間合いを確保する。


 ガルドの刃が止まる。

 止まるというより、置かれる。


 「それだ」


 短い肯定。


 レオンの胸の奥が、少しだけ落ち着く。

 逃げたのではない。

 形を保ったまま距離を変えた。


 ガルドが言う。


 「敵は、来る。

 お前は、来させるな」


 来させるな。

 その言葉は、倒せではない。


 レオンは頷き、剣を構え直した。


 次はガルドが斜めに踏み込む。

 レオンは横へずれ、線を守る。


 「踏み込みは、我慢しろ」


 ガルドは、言葉より先に動きで示す。

 刃が当たるか当たらないか、その紙一重で止める。


 レオンは真似る。

 まだ甘い。

 だが、形は残る。


 「……レオン」


 不意に、エリシアの声がした。


 振り返ると、彼女は少し離れた場所で杖を握っている。

 昨夜の測定具ではない。

 戦闘用の杖だ。


 「何か?」


 「今の距離なら、拘束が通る」


 淡々とした宣言。

 しかしその言葉は、連携の約束になる。


 ガルドが剣を肩に担ぎ、二人を見比べた。


 「……やるぞ」


 今度は三人で動く。


 ガルドが前に出る。

 レオンは線を守る。

 エリシアは後ろで術式を構える。


 ガルドが斬り込む――ふりをして、刃を止めた。

 止めた瞬間に、敵の目線がそちらへ吸われる。


 その一拍。


 「拘束」


 エリシアの光が走る。

 空間に淡い格子が生まれ、見えない敵がそこに縫い止められたかのように揺れた。


 レオンは、そこへ踏み込まない。

 代わりに、格子の外へ回り込み、剣先で“逃げ道”を塞ぐ。


 ガルドが踏み込む。

 確殺。

 大剣が重く落ちる。


 演習に過ぎないのに、背筋が冷たくなる。


 今のは、勝てる形だ。

 無理に勇敢にならなくても、成立する勝ち筋。


 エリシアが光を消しながら言った。


 「これなら、拡散型にも触れずに済む」


 「触るなら、切る場所を限定する」


 レオンが返すと、エリシアはわずかに頷いた。


 言葉は多くない。

 だが、共有は確かに増えている。


 昼前。

 バルツが宿へ戻ってきた。


 顔色はまだ悪い。

 それでも、瞳は昨夜より澄んでいる。


 「起きた。……あの子が」


 レオンは息を吸った。


 「話せますか」


 「今は落ち着いてる。だが、言葉が乱れる」


 乱れる。

 それが意味するものは、一つだ。


 エリシアがすぐに立ち上がった。


 「案内して」


 バルツの後を追い、二階の小さな部屋へ入る。


 ベッドの上で、子どもが毛布を握りしめていた。

 目は開いている。

 だが、その焦点は合っていない。


 「……水の下……」


 か細い声。


 「縫ってた……縫って……ほどけない……」


 レオンの喉が鳴った。

 怖い話ではない。

 怖いのは、“同じ言葉が繰り返される”ことだ。


 王都でも聞いた。

 違う口から、同じ匂いのする言葉が漏れた。


 エリシアが子どもの額に手をかざし、光を弱く灯す。


 「刺激しない。……落ち着かせるだけ」


 子どもの呼吸が、少しだけ整う。


 「……黒い人……」


 「顔は?」


 エリシアが問うと、子どもは首を振った。


 「見えない……水の音だけ……」


 水の音。

 地下水路。

 昨夜の刻み痕。


 レオンは、視線をバルツへ向けた。


 「町の人に、川辺へ近づかないよう伝えてください。

 今日、もう一度潜ります」


 バルツが唾を飲み、頷いた。


 「……頼む。ここは、小さな町だ。兵もいない。

 君たちがいなければ――」


 レオンは首を振る。


 「町が小さいから、間に合います」


 慰めではなく、見立てだった。


 小さいから、広がる前に止められる。

 広がってしまえば、王都と同じになる。


 午後。


 川辺へ向かう道の途中で、ガルドが足を止めた。


 広場の端、見回りの兵が立つ位置。

 人の目線が集まる角度。


 ガルドはそこを一瞥し、レオンへ顎を向けた。


 ――入口へ行く前に、確認しておけ。


 レオンは小さく頷き、周囲を見る。


 町の外れ。

 川へ降りる小道。

 足跡は昨夜より増えている。


 見回りが増えた。

 それ自体は良い。


 だが――


 足跡の中に、妙に整ったものが混ざっている。


 見回りの靴ではない。

 町の男の靴でもない。


 細い。

 軽い。

 そして、迷いなく入口へ向かっている。


 エリシアも気づいたのか、目を細めた。


 「……誰か、先に降りた」


 「町の人間じゃねぇ」


 ガルドが低く言う。


 レオンは息を整えた。


 中心へ向かう線が、こちらへ引かれている。

 なら、こちらも形を崩さずに辿るだけだ。


 「行きましょう。……今夜じゃなく、今のうちに」


 エリシアが頷く。


 ガルドが先に歩き出す。

 川の音が、また近づいていく。


 水車小屋の影は昼でも暗く、入口の板は昨夜より丁寧に戻されていた。


 ――誰かが、入った。


 レオンは剣の柄に手を置く。

 聖剣は静かだ。

 だが、掌の奥が、ほんの少しだけ熱い。


 「……共鳴?」


 エリシアが小さく呟いた。


 レオンは答えず、息を吸った。


 やることは決まっている。

 線を引く。

 息を揃える。

 人がいるなら、引き上げる。


 そして、触れるなら――切る場所を間違えない。


 ガルドが、入口の板を外した。


 暗い穴が口を開ける。


 地上の光が、そこへ落ちた瞬間。

 底の闇が、こちらを見返した気がした。


 レオンは一歩、踏み出した。

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