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恋人未満、スキャンダル以上——これは恋じゃない。ホラーです。  作者: さくらしゅう
第九章 青春は制御不能

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第72話 話って、なに?



 人が少ない構内のよくある角の壁際までやってきた。対面した瑠華は、さっきまでの強気な態度を少しだけ和らげて甘えるような空気を纏っている。


「話って、なに?」


 はやくこの場を終わらせたくて自分から口を開いた。


「なに、その言い方」

「なにって、聞いてるだけじゃん」 


 何か文句を言いたそうにしたが、瑠華は気を取り直したように表情を変えた。


「……話っていうのは、その。私、思ったんだよね。私たちさ、一回別れちゃったけど、やっぱり相性良かった思うの。あの時はお互い幼かったからすれ違っちゃったけど、今ならきっとうまく行くと思うんだよね」


 言葉のたどたどしさも、恥じらう顔を見ても、一切感情は動かなかった。


「いや、無理。戻す気ないよ、俺は」


 自分の気持ちを再確認しながら、拓也は躊躇いもなく簡潔に言葉を返した。


「なんで? 私がメンヘラで嫌だったから?」


 食い下がる相手に向ける言葉もなく、ただ彼女を見た。瑠華が、それをどう受け取ったのかはわからない。ただ拓也を安心させるように元気な笑みを見せた。


「今度は大丈夫だよ。私もあの頃より大人になったもん」

「無理だって。別れた理由、覚えてないわけ?」


 ため息でも吐きそうになりながら、前向きな彼女にヨリを戻す気が一切ないことをもう一度伝える。拓也の呆れを感じたのか、瑠華は笑顔をしまって拗ねたように口を尖らせた。


「…拓也の彼女に相応しいのは、私だって拓也も思ってるくせに」

「は?」


 考えもしなかった話に一度思考が停止する。


「私と別れてから彼女作ってないって聞いてるよ。ほら、図星」

「いや、いるから。今付き合ってる人」


 どういう思考回路をしたらそんな考えに辿り着くのか本気でわからなくて、軽い頭痛に見舞われる。間髪入れずに否定した。否定しないともっと面倒なことになりそうな気がしたからだ。別に付き合っているのが誰とは言っていないから、小晴との約束を破ったわけではない。


「…なにそれ。嘘ついてまで私とより戻したくない?」


 寝耳に水だったのか、瑠華のぱっちり開いた大きな瞳がさらに大きく見開く。


「嘘じゃない。まじで付き合ってる」


 ここで嘘をついても仕方ないだろうと思うが、たぶんそんなことを言っても考え方がまったく違う彼女に何を言っても意味はない。瑠華が思い込んだらそれが全てになるのは、経験済みだ。


「じゃあ、だれ? 嘘じゃないって証明して」

「はあ……。サークルの後輩」


 知ってどうする、と思いつつ素直に伝える。付き合っていた頃と同じようなやり取りに、過去に戻ってきたような変な気分に陥った。


「そんな噂、一回も聞いたことない」

「周りに言ってないから、噂になるわけないだろ」


 まるで噂が全てみたいな言い方に、勝手に眉間に皺が寄った。


「それって隠したい彼女ってことじゃないの? 瑠華の時は、そんなことしなかったじゃん」

「違う。ちゃんと大事にしたいだけ」

「…なに、それ。じゃあなに? 瑠華は? 大事じゃなかったってこと?」


 いつの間にか瑠華の一人称が、私から名前に変わっていた。彼女の瞳に初めて動揺の色が差す。


「そうは言ってないじゃん」


 既視感凄まじいなあと、心ここに在らずな状態で決まり文句のように言葉を紡いだ。


「言ってるよ。あの時、私がどれだけ辛かったかなんて拓也はわからないじゃん」


 やはり彼女はタイムスリップでもしたらしい。付き合ってた頃の地獄のような、終わったやり取りを当たり前のようにしてくる神経を問いたかった。


「ほら、そうやって。都合が悪くなると黙るじゃん」

「いや、あのさ。俺ら、もう別れてるのにそんな話しする必要ある? それに全く信用しなかったのはそっちだろ」


 言いたい放題言われるのもなんだか癪で、強制的に会話を終わらせた。まるで自分が悲劇のヒロインのような言い分も理解し難い。拓也の冷え冷えとした視線に晒されて、瑠華があと一歩のところで保っていた強気な心がぐらりと揺らいだ。


「〜〜っ、私はっ!」


 言いかけて言葉を止める。グッと堪えるように唇を噛んだ。


「……〜〜っ、もういい! ほんとさいってい! あり得ない! ほんとクズ!」


 瞬きをすれば溢れてしまいそうなほど水を溜めた瞳で、拓也をキツく睨みつける。しかしそれでも感情を動かさない拓也を知り、瑠華は衝動的に持っていたバッグを拓也の胸元に叩きつけた。ガツンと鈍い音が静寂な空間に響く。


 大股で去っていく後ろ姿を見送った拓也は、じんじんと痛む胸元を抑えながら今日一どでかいため息を吐き出したのだった。








 あれからすぐに拓也はスマホを確認したが、新規の通知はひとつも入ってはいなかった。少なからず小晴からなにかしら連絡がくると思っていたのに、と拍子抜けする反面嫌な予感がぐるりと周囲を囲う。衝動のまま電話をかけた。

 出なかった。


 トーク画面に表示された不在着信の文字が不穏な呪文のように見え、拓也は逸る気持ちをなだめながら学生たちのフリースペースへと戻る。入り口の手前、ガラス扉から中が見えた。さっきまで一緒にいた友人たちは離席した時と同じ場所に座っていたが、見回してみても小晴たちの姿はない。


(もう教室に移動したのか…)


 それっぽいことを考えてみたが、なんだか胸に広がる不安に言い訳をしている心地だった。そんな時、ブブッ…とスマホが震えた。慌ててズボンのポケットから取り出して画面を見る。小晴からだ。


〈気づかなくてごめんね〉

〈どうかした?〉


 最近やっと完全に砕けてくれた彼女のLIMEの文面。いつも通りの様子に少しホッとして、既読をつける。


〈いや、なんでもない〉

〈あとで直接言う〉


 パパッと打って、スマホをポケットに戻した。今すぐ説明するべきかと思っていたが、普通で良かった。瑠華とのやりとりでかなり精神的に疲れたのもあって、今は事の顛末をうまく伝える自信もなかったから少し気が楽になる。それに、言い訳のように言葉を並び立てるのも彼女に嫌われてしまいそうで嫌だった。小晴ならきっと、ちゃんと話を聞いてくれるだろうと思えることがなにより嬉しかった。


 あの時不安そうにしてい顔が頭に浮かんで、はやく安心させてあげたい気持ちが募る。信じてくれているだろうけど、不安は不安に違いないだろうから、自分には小晴だけだと伝えたい。もしかしたら、さっきのことでさすがに噂を耳にしたかもしれない。色々と可能性を思いつくと、なんだか今すぐにでも小晴を抱きしめたくて仕方がなくなった。安心させてあげたい気持ちと、この蓄積した疲れをどうか小晴で癒してほしい気持ちが重なる。もう小晴に触れられるなら他のことなんてどうでも良かった。


(はやく小晴に会いたい)


 拓也はまた疲労の溜まったため息を吐き出して、後頭部を指先で軽く掻いた。



 *



 拓也から届いたLIMEを見て、固まった。嫌な予感が当たるというのは、こういうことを言うのだろうか。


(直接言いたい話って何?)


 問いただしたいのに、怖くて踏み込めない。


(やっぱりあの人とよりを戻すのかな。私とは、もう別れたいって話?)


 ぐるぐるぐるぐると頭の中を同じ事がまわって、永遠に不安と恐怖が繰り返される。会うのが楽しみだった気持ちは、完全にどこかへと消えてしまった。


 今日会わなければ、少しはこの関係性を引き延ばせるのだろうか。形だけが残ったところで意味がないことをわかりながら、小晴はそんな生産性のない非合理的な考えを答えにしてしまいそうだった。








 誰にも相談できないまま、拓也と約束していた時間がやってきた。たぶん朱音たちには心配をかけている。わかっていたけれど、触れられなかった。そして、そっとして置いてくれたことに感謝した。


 逃げたい。でも、逃げたらダメ。この繰り返しをしたまま、小晴はいつのまにか図書館の前に立っていた。大きな自動ドアが、いつもの数倍大きく重苦しいものに見えた。それでも、小晴は覚悟を決めるように瞳を閉じ、ゆっくりと息を吸い静かに吐き出す。吐ききって、瞳を開けた。


(最後まで、タクくんの前では笑顔でいよう)


 あんなに綺麗な人に迫られたら、男の人が無視できるはずなんてない。拓也はかっこいい。モテるのは当たり前だし、同じように綺麗な人と一緒にいた方がどう考えても釣り合っている。私が付き合えたのは何かの気まぐれで、ボタンの掛け違いみたいなことだっただけ。


(だって、すごく綺麗だったもん。私だって男だったら、きっとあんな人と付き合ってみたいと思う)


 拓也と初めて二人だけで会話した図書館の奥に、思い出は全て置いていこう。小晴は一文字に口を引き結んで、厳かな空気に満ちた図書館へ一歩踏み出した。



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