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女主人×メイド長(お嬢様×新人メイド)

 After


 夜。もう誰も居ない休憩室で、日報をしたためる。だいぶん目が草臥れてきたから、そろそろ誰かに変わって貰おうかと思うのだけれど、踏ん切りがつかない。だって、私の書いた日報を奥様が楽しみにしていらっしゃるから。

 ……あなたの報告は、良いことも悪いことも、優しい言葉で綴られているでしょう? だから読むと安心するの。

 そう仰って、いつも丁寧に読んで下さる。なんて嬉しいこと。

「…………」

 そんなことを考えていたら、誰かが後ろから抱き着いてきた。噂をすれば影が射す、というのは、頭の中で考えていたことにも当てはまるのかしら。そういえば、この言葉を教えて下さったのも、この方だった。

「まあまあ、奥様。お疲れですか」

「…………」

 普段は朗らかなこの方が、こうして黙っておられるとき。それは、本当にどうしようもなくお疲れになったとき。私は、奥様の手にそっと優しく触れた。たおやかな手には、年相応の皺が刻まれている。この皺に触れる度、私はつい、驚いてしまう。この方もお年を召されているのだと、そんな当たり前のことに気が付いて。私の中では、永遠のお嬢様なのだ。

「何か、甘いものをお持ちしましょうか? それともお酒を?」

「…………ホットショコラ」

「かしこまりました。すぐにご用意致しましょう」

「カップはふたつ。私の部屋へ。あなたが持って来て。必ずあなた一人よ」

 まるで頑是無い子どものような口調に、思わず笑みが零れた。

「……ないしょのはんぶんこですか?」

 あの頃とはまるで逆。あの頃のお嬢様は、庭に咲き誇る大輪の花よりも美しく、堂々として見えた。泣き虫の私を、いつも密やかに救ってくれた香り高き薔薇。

「いや?」

 もちろん、今のお姿も素敵だと思う。年を経てもなお可憐で愛らしい。

「おらが嫌なんて言うわけねぇだす。喜んで」

 ……おらしか知らねぇ薔薇の休息だ。



 Before


 うちの裏庭には、美しい野ばらが咲く。


「あらあら。またメイド長に怒られちゃったの?」

「お、お、お嬢様……す、すみませ、おら……」

 その子は、いつも裏庭のすみっこで泣く。背中をぎゅーっと丸めて。涙よ、止まれ~ってお願いするみたいに。おっきなおさげの、可愛い子。

 私の六つ上と聞いていたけれど。でも私よりも『じゅんすい』って感じがする。すてき。

「いいの、気にしないで。ここにいて。『私』はたまたま裏庭をお散歩してて、きれいなお花に見とれてるの。だから誰かがここで泣いてても、気が付かないの」

「お、おじょうさまぁ~~~~~」

「ふふふ。いっぱい泣いたら、笑ってね。私、あなたの笑顔が大好きよ」

 はい、チョコレイト。いっしょに食べましょ?

 ポケットから、ハンカチーフを……その中に隠してあった紙包みを取り出した。さっきこっそりメイド長からもらったもの。

「ないしょのはんぶんこよ、いい?」

「は、はいぃぃいぃ……」

 ぼたぼたと惜しげもなく流れる涙を、ハンカチーフで拭う。

「いいこいいこ。……ハンカチーフ? ふふっ。これは、花の露に触れて濡れたのよ」


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