探偵助手×探偵
After
今日も今日とて、染井探偵事務所には依頼があれやこれやと舞い込んで来る。
浮気調査に素行調査、嫌がらせの犯人探し……はいはいはい。フォルダ分けをし、担当を振り分けていくのが、私のお仕事。
さーて最後のメールは何かな。浮気か素行かはたまたペットの探索か……。なんて呑気に構えていたら。そのご依頼は、なんとなんと、所長が五十年以上も前から切望していた調査についてで!
「先輩! 遂に来ましたよ! 例の『坂の上のお邸』調査! やりましたね!」
だから、つい。ノックもせずに全力で所長室のドアを開けてしまった。年甲斐もなく大声付きで。すると、
びきっ
……うっ。肩と腰に、嫌な電流が走る。ううーん。寄る年波恐るべし。
まあいい。あとで、湿布で何とかしよう。すぐに対処を思い付き、切り替えられる(諦めとも言う)のは、年の功というやつだ。つまり結局、年を取ることにも利点欠点、両方あるということだ。
それはさておき。
きっと所長は……先輩は、目を輝かせてこう言うはず。『行くわよ、奈子!』。
そう思ったのに。
「……お断りしようかしら」
先輩は、私から視線を逸らし、そんな寝ぼけたことをのたまった。
「はあっ!?」
思わず、素っ頓狂な声が出る。
「だ、だって。あすこの坂は急だし……。お邸も、確か明治ごろに建てられたものでしょう? 車椅子に対応なんてしてないわ。きっとあなたの負担に……」
先輩は、そっと車椅子の肘置きを撫で、ため息を吐いた。……確かに、先輩の車椅子を押すのは私の役目で、その私も今や七十に手が届く歳なわけで。
しかし、そんなの。
「ええい、知ったことか!」
「きゃあっ! いきなり何するの!」
先輩の背後に回り、問答無用で車椅子を押した。こうなったら実力行使だ。腰が文句を言っている気もするが、後でちゃんと労わるから待ってて欲しい。
「今から行きますよ。依頼、もう受けちゃいましたから」
「あ、あなたも歳なのよ!? 無理して何かあったら……っ」
「無理なんてしません。当たり前でしょ。ガンガン周りを頼りますよ、おばあちゃんですもの。それに」
私は笑った。遠いあの日が、昨日のことのように蘇る。
「あなたが言ったんじゃないですか。『人は、真実に手を差し伸べざるを得ない』って」
「!」
「大丈夫。きっとみんな助けてくれます。あなたが真実を求める限り」
そうでしょう? と先輩の顔を覗き込む。あの頃から、随分と増えた皺。真っ白になった髪。でも、その瞳に宿る光は変わらない。視力が衰えようと、彼女の瞳は真実の切れ端を決して見逃さない。
だってあなたは『稀代の天才』『女学院の生ける伝説』なんだから。
「……そうよ。そうよね」
先輩の口角が、やっと上がる。鋭く、それでいて楽しげに。
「昔からの目標が、やっと目の前に来たってのに。怖気るなんてね。私らしくなかったわ」
声に、力が戻って来る。私を仰ぎ見た先輩の顔に、弱気はもう見当たらない。
代わりにあるのは、何処までも謎を追うきらきらとした眩しい輝き。しわくちゃのおばあちゃんなのに、不思議。その瞳を見ていると、あの少女だった頃の先輩がそこに居るみたいな、錯覚を覚える。私まで、気持ちがあの頃へと還っていく。……それでも無茶はしませんけどね。今だって、ちょっと腰が怪しいもの。
「行くわよ、奈子。あの邸の裏も表も暴いてやるわ」
「そう来なくっちゃ。大丈夫。『頼もしい』私の甥っ子にも、すでにメールは飛ばしてます」
「優秀!」
私たちは、今日も笑いながら謎の中へと飛び込むのだ。
Before
「さあ奈子、今日も行くわよ! 今日はソフトボール部の消えた優勝トロフィーの行方を追うの。腕が鳴るわね」
ホームルームが終わるや否や、染井先輩が教室へ飛び込んで来た。そして私の手を取ると、その勢いのまま教室を飛び出す。
まったく。廊下は走っちゃいけないのに。二人して、すごい足音を立てて走ってしまっている。風紀の先生に見つかったら大目玉を食らうこと間違いなし。もう、困った人なんだから。
「ちょ、ちょっと先輩! また厄介ごとに首を突っ込んで!」
「ちっちっちっ、こっちから突っ込んだんじゃないわ。向こうから舞い込んで来たの」
「どっちでも一緒ですよ!」
今やこの学校の厄介ごとは、『女学院の生ける伝説』染井先輩のもとへ自然と流れつくようになっていた。それに巻き込まれるこちらの身にもなって欲しい。
「だーいじょーぶ。私の見立てでは、校内にあるはずだから。そうね、部室棟と、……あと念の為、ツェツィーリアホールも見ておくくらいで構わないわ」
「ちょ、部室棟だけでどれだけの部屋数があると……! ホールだって、舞台袖も裏も、色々物が置いてあって面倒くさい場所です」
「あら。誰が私たち二人だけで探すと?」
先輩が、ふふんと笑って振り返る。不敵で、悪戯な笑みだ。
「違うんですか」
「まさか! 色んな人たちにご助力を願うつもり」
「……お願い、聞いてくれますかね」
探し物なんて、面倒くさいこと。しかも色々『曰く付き』らしいのに。
「大丈夫」
先輩が、あっけらかんと言い放つ。
「人はね。真実がそこにあれば、手を差し伸べざるを得ないの。きっと助けてくれる」
力強いその言葉は、ただ眩しく私の心を射した。
「それに、交渉はあなたのお得意分野でしょう?」
結局、一番面倒くさいところを私に頼む。本当に困った人。……それなのに、嫌じゃない。この眩しさに惹かれてしまう自分が悔しい。けれどやっぱり、嫌じゃない。狡い。
「そこ、任されちゃうんですか」
「もちろん」
先輩が、片目をぱちんと瞑る。
「だってあなたは、誰よりも優秀な助手だもの!」
ああ。もう。
どんなに複雑怪奇な出来事も、一目で見抜くあなたが。こうして真っ直ぐ私を頼ってくれる。この喜びに、私は参ってしまった。だから。
「……仕方ありませんね」
そう、仕方ない。
「何処までも、お供しますよ」
「ええ、何処までもついてらっしゃい! ずぅっと素敵なショーを見せてあげる」
言葉通り、本当に何処まででも私を連れて行きそうだ。思わず笑う。きっとあなたは、どんな謎をも解いてしまうのでしょう。
「いい? いつか、私は絶対あの『坂の上のお邸』の謎も解いてみせるんだから」
「調査に入った人をすべて殺すという、例のお邸ですか?」
「そうよ。そのときは、あなたも一緒よ」
私は繋いだ手を握り返して言った。
「当然です」
笑いながら、私たちはきっと果てまで共に駆け抜けるのだ。




