不敬
一部不適切な言葉を使っています。ご了承ください。
翌日、渋々といった体でやってきた侍女は乱暴にユリアの身支度を手伝った。
強く髪をとかれ毛を引き抜かれ、コルセットを息ができないほどきつく締め付けられた。
そう話してくれたユリアがこらえきれずにひっそりと涙をこぼすのを見て、ケインは侍女にユリアの支度は不要だと断り、彼女の身支度を毎日手伝うようになった。
侍女は支度どころか部屋の掃除や片付けにも来なくなったが、またユリアがいじめられる位なら自分がやった方がマシだと思い至ってケインは必死にユリアの身の回りを整え、傅いた。
そんな生活に慣れてきた頃、マナーや貴族の常識を教える教師が変わった。
その教師は些細な事をあげつらい、ユリアとケインを鞭打った。
「姿勢が悪い! 左右の肩の高さが違っていますよ! 手を出しなさい!」
鞭打たれるのは痛い。
すでに何度も打たれて手を出すのをためらって震えるユリアを庇って、ケインは自らの手の平を差し出した。
「僕が代わりに受けますから、ユリアを鞭打つのはやめてください」
皮も裂けん勢いで何度もケインの手の平を、細く良くしなる枝の鞭で打った後、教師は愉悦に唇を歪めてユリアの手首を強く掴んで引き寄せ、鞭打った。
「どうして?! 僕が代わりになったでしょう!」
ケインはユリアと教師の間に割り入って鞭打ちを止める。
「ケイン、あなたを叩いたのは私の決めたことに意を唱えた罰です。ユリアが罰をその身に受けなければ、罰の効果がないでしょう。二人ともお荷物の王族としてこれ以上恥を重ねて欲しくないから厳しくしているのですよ」
「お荷物とはどういう意味ですか」
「言葉通りですよ。王もあなた方がいる事を迷惑に思っているでしょうね。あなた方に遠慮して自らの血を繋ぐことも出来ず、さらにあなた方の母親に貴重な時間を取られている。ああ、その気⬛︎い妃殿下もあなた方のことを内心邪魔に思っていたんでしょうね。お二人のこと、すっかり忘れていると聞きましたよ。お気の毒様」
あまりにも酷い侮辱だった。ちらりと横を見ると顔色を失ったユリアが目を見開き、まばたきひとつない呆然とした表情で立ち尽くしていた。
さらに何かを言おうとした教師から、ケインはとっさに鞭を奪い取って振り下ろした。
「っ! 痛い! 何をするの!」
「教育の名目だろうとも、王族を鞭打ち、侮辱し、不条理を働いて許されると思っているのか! オディリア様を、そしてユリアを侮辱するのは許せない!」
「本当の事を言っただけでしょう! 気に入らないことがあると暴力に訴えるなんて! 所詮は犬の子。お里がしれる! どれほど躾けても、すぐに化けの皮が剥がれるのね。暴力を振るっていいと思っているの!?」
「お前が先にやったんだろ!」
「いたい! いたい! やめなさい! やめて!!」
頭を抱えてうずくまった女の背で打ちすえた鞭が折れ、ケインは持ち手を投げ捨てた。
「うるさい! あんたの授業は不要だ。二度と顔を見せるな!」
「王に報告しますからね!!」
身体を庇ってよろめきながら出て行く教師の捨て台詞に、侍女も教師もヴィルヘルムの意を受けているのかもしれないと思ってしまった。
ユリアを後継にすると言っていたのも、隠し通路を教えた事も嘘だと思いたくないが、彼が使用人に対しての裁量を持っているのだから、この扱いが自分達に対する本音の可能性が高い。
そう判じた心の、柔らかい部分が硬くどす黒く縮む。
「ケイン。大丈夫?」
不意に手を取られて顔を顰めるとびくりとユリアが身体を震わせた。
「ごめん……なさい」
怯えた様子にケインは慌ててユリアの手を握りしめる。
「怖がらせてしまった? ごめんね。急に痛い手を触られたから驚いちゃって」
「でも、今、握ってくれてる」
「実はこれは男の見栄だ。本当はちょっと痛い」
「ごめんなさい……」
「謝らないで」
おずおずと頷くユリアの怯えた様に胸が痛んで、ケインは務めて明るい声を作った。
「それよりあの教師も帰ったことだし、庭に行って気分転換しよう。秘密を教えてあげる」
ユリアと二人秘密の通路を通ってヴィルヘルムの真意を尋ねにいこうとケインは決心した。
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