HAPPY Unbirthday
アレックスの誕生日番外編を書いたので一度完結を解きました。お読みいただけると嬉しいです。
「ああ、いいんだ。いつも通りにしてくれ」
アレックスは部屋にありったけの書類を持ち込み、明日の食事は三食簡素なものを頼んだ。
ケインはフィリーベルグに行っているし、明日は日課の妻子の墓参をした後は全力で仕事をしてやり過ごすと決めたのだが……。
「ケイン?? なんでここに?」
「フィリーベルグの仕事が一段落したから帰ってきた。出かけるぞ」
「今からか?」
外はすでに暗く、とても出る時間ではない。
「今からだ」
ケインが用意した暖かな服と外套、防寒具を身に付けさせられて、厩に行くと立派な黒馬がすでに支度をされていた。
「シュヴァルツ二世。父馬に劣らぬ名馬だ」
シュヴァルツはリヒャルトが大切にしていた馬だった。王宮の厩に預けられていたはずだが、戻った時にはいなかった。どうしたのかと思ったが、フィリーベルグに連れていかれて、子供が産まれていたらしい。
ケインがアレックスを馬上に乗せてその後ろに跨った。
「こんな夜に馬で移動なんて……」
「いいから、行くぞ」
カンテラを持たされてケインの温もりをその背中に感じながら揺れに身を任せる。
領都を抜けてさらに三十分ほど馬上で過ごして森の手前の小屋でケインは馬の足を止めた。
「ここは昔よく父と来た狩猟小屋だ。赤狼団でも使うからしっかりと管理されている。さあどうぞ」
小さな狩猟小屋の中に入ると暖炉にはしっかりと火が入っており、土間の竈の上ではいつもの赤狼団のスープではなく違う匂いの煮込みが暖かな湯気をあげている。
ケインに導かれるまま暖かな湯で顔と手足を洗って埃を落とすと、ダイニングに連れて行かれて豆と芋と燻製肉の煮込みを振る舞われる。
「久しぶりだな。この煮込みも好きだよ」
相変わらずこの煮込みだけはほんの少し塩気が強いが、どこか懐かしく暖かい味だ。
「……この煮込みはいつも少ししょっぱいだろう?」
自分の分に手をつけたケインに問われ、アレックスは付け合わせの薄く焼き伸ばしたパンを飲み込みながら眉を持ち上げた。
「ああ、少し」
「ここで父と狩りをした時に父が教えてくれた味なんだ。実は塩辛いのが好きだったのか、狩りの後だったせいか、スープと違ってこの煮込みはしょっぱくて」
「リヒャルトの……」
アレックスは目を伏せてその素朴な煮物を見つめた。
「もしも塩味が薄い方がいいならそう作るよ」
「いや、そういう事ならこの味がいい。お前とリヒャルトの思い出を相伴させてもらえて嬉しいよ」
その話を聞いてから、この煮物を薄パンに乗せて食べると味わいが深い。
「食べ終わったら少し散歩に行こう」
ゆっくりと煮込みで腹を温めて、落ち着かせてから再び外套を羽織って外に出た。
晩秋の深夜の冴え渡る空気の中暗い森の小道を、か細いカンテラの灯りをよすがにケインの導きで一〇分ほど歩くと、ほんの少し開けた場所に小さな泉があった。
毛皮が敷かれ、そこに横たわるように指示される。
分からないまま従うと、腕枕を貸される。
「空を見て。アレク」
時間は深夜。深い深い漆黒の中、降り注ぐような星の光が空に煌めいている。
領都メルシュではここまで美しい星空を見ることはない。
「綺麗だな……」
「ここで星の読み方を父に教わった。どの星を見て夜進めば良いのかという、実践的な内容だったが、ここの空は澄んでいて星空はこの上なく美しかった」
だから貴方と分かち合いたかったんだ。と、頭を抱き寄せられて囁かれる。
「誕生日、おめでとう。私の星、私の太陽。祝われるべき日を一人孤独に過ごすことなんて許さない」
「気づいてたのか……」
「貴方のことをわからないとでも? それでフィリーベルグに一人で行かせたのもわかったから最速で仕事を片付けて往復してきた」
胸がいっぱいになって、言葉が出ない。
ナザロフに囚われるまでは王太子として、毎年盛大にパーティーを行っていた。
二十五の誕生日は娼館に出されたばかりの男娼としてマーティンと過ごした。
その後娼館の集金行事として数年を祝い、身請けされてからは皆が飲む口実として祝ってくれた。
ケインとレジーナを拾った後は、家庭的で暖かな祝いとして商会の皆と祝うようになった。
そんな風に、毎年誰かしらから祝われていたが、今年はケインと二人でメルシュの旧都離宮——旧王宮—に滞在していて、とてもそれを祝う気になれなかった。
亡くなった家族の影は過去の物と踏ん切りをつけたつもりでも、場所や出来事と結びつくたびに浮かび上がって悲しみの淵に引きずり込まれる。
だからケインをフィリーベルグに行かせ、誕生日をなんでもない日にして、一人やり過ごすつもりだった。
「……ケイン。お前がいてくれて良かった。ありがとう」
万感を込めてなんとかそれだけを言うと、眦から滑り落ちた涙を愛しげに吸いあげられた。
「小屋に戻ったら誕生日の贈り物もある」
しばらく二人で夜空の星を楽しみ、部屋に戻るとケインは小さな箱を二つテーブルに置いた。
最初に前に押し出された一つ目を開けてみると緑色のガーネットと金の指輪だった。
「貴方の手でこれを俺につけて欲しい」
結婚指輪のようなそれを、差し出された左の薬指につけてやるとケインはへにゃりと相貌を甘く緩め、もう一つを前に差し出した。
「これは貴方に。つけてくれるか?」
箱を開けると銀の台に深い血の色のようなガーネットと琥珀をあしらった小さなピアスが入っていた。この大きさのアクセサリーとしては考えられないほど緻密な彫金がされていて、とても美しい。
「お前の色か」
金の指輪でなく銀のピアスにしてくれたのは亡き妻と自分の関係性を理解して慮ってくれてのことだろう。
そして、ケインが自身用に作った指輪の石がエメラルドでもペリドットでもなく、グリーンガーネットなのはアレックスの目を模した色で、かつ石をピアスと同じ種類にしたのだろう。
見透かされたと、ケインが目を逸らして赤く染まった頬を指先で掻いた。
「これは特別だから、新しく穴を開けよう。望むところに穿って、俺がお前の物だと主張してくれ。ケイン」
口元に軽くキスを落として身を離すと、ケインは嬉しげにその独占欲を隠さず微笑み、いそいそと針と消毒用の強い酒を用意した。
離宮に帰るとそこにはありえない人物、王立学園で校長になって絶賛仕事中のはずのヴァンサンがそこにいた。
「どこ行ってたんですか! ない時間を無理に作ってやってきたのに、もう帰らないといけないんですよ……」
「誕生日だから、特別甘い一日を過ごしていたんだ」
ケインがアレックスのピアスと自分の指輪をガイヤールに見せつけながら答えた。
実際、居心地のいい小さな狩猟小屋で二人で愛を交わしてケインが狩ったジビエの料理を食べ、のんびりと楽しくリラックスした一日を過ごして帰ってきたのだ。
ケインのマウントにめそめそと泣き言を漏らしながらも、ガイヤールは箱をいくつかアレックスの前に積み上げた。
「これは私から。こちらはレジーナ殿下からです。私がこちらに行くと知ってハーヴィーが預けてきました」
箱を開けると、そこには落ち着いた空色の美しい絹のガウンが入っていた。
「これは素晴らしいな。良いものを選んでくれた」
それを羽織って、別に添えられたレジーナからの手紙に目を通すと、そこには美しい筆跡で誕生日の寿ぎと一緒に過ごせないことを残念に思う旨、健康に留意して毎日を過ごして欲しい旨が書かれていて胸を温める。
「ヴァンサンも来てくれて嬉しいよ。こうやって祝われて、今日は良い誕生日だ」
なんでもない日としてやり過ごそうと思っていた誕生日をわざわざ祝ってくれる人達がいる。
彼らに祝われるのは、消えない悲しみを一人でなんでもない日としてやり過ごすよりもずっと幸せで嬉しい事だとアレックスは噛み締めた。
アレックスの誕生日は10月と決めていたのですが、続編の年表を作る際に、24日に定めたのです。忘れていました/(^o^)\アレックスは蠍座AB型の男。誕生日おめでとう小説です。今日はなんでもない日ですが、一回ぐらいはお祝いをしたいと思い突貫で書きました。
最後のレジーナのプレゼントはNTR王子は悪役令嬢と返り咲く二部スタートすぐのリボンという話で出てくる物になります。
ガイヤールは海路ですが、もうめっちゃ弾丸でここからノイメルシュに戻ります。
この話は【NTR王子は悪役令嬢と返り咲く】
https://ncode.syosetu.com/n0842il/
の下記エピソードの後、アレックスがメルシュ滞在中のエピソードになります。
https://ncode.syosetu.com/n0842il/113
サブキャラとしてアレックスとレジーナの関係性、ヴィルヘルムとの対立等も書いたこの続編、9月末に無事ハッピーエンドで完結を迎えておりますので、お読みいただけるとありがたいです。




