33:ガバルト・デリン
ここからのデリンの書記は、どこか淡々と書かれていた。
リズミエラの絶望も失踪した目的も、元はといえば低魔力量の魔族に対する迫害が原因なのだ。それは自分にとって他種族の、種族内だけの問題だった。しかしリズミエラが居なくなる事の損失は、研究者としてみれば計り知れない。人類のために貢献してきた彼女を、その恩恵を受けていた迷宮ギルドが放置していて良いものだろうか。デリンは迷宮ギルドの、リズミエラの価値を知る上層部へと掛け合う。魔族内に現在起こっている迫害は行き過ぎている。未来の事を考え、我々はその問題の解決に手を出す必要があるのではないか。低魔力だろうがリズミエラのように人類に貢献できるのだ。彼らが勝手に迫害し、あまつさえ排除するような事があってはならないのではないか。
デリンの幾度に亘る説得に、迷宮ギルドも重い腰をあげる。
迷宮ギルドが改めて魔族内に起こっていることを調べまとめた情報により、一部の魔族が扇動し過激な行動をとっていることが分かった。当たり前だが、魔族の中にも迫害を良く思わない者も居るのだ。例えば、自分の子供が迫害にあっている者達などが。
迫害を推し進める過激派のほとんどが、魔力量が豊富にある魔族だった。彼らはその魔力量ゆえに、同族から支持を得られやすい。低魔力量を本能的に嫌悪するように、魔力量の多いものは好感をもたれやすいのだ。彼ら、彼女らには低魔力量の者達の気持ちも考えも理解は出来ない。当たり前のように賛同を得られる者は自身が正しいと確信しているし、得られない者は自信を無くし口を閉ざす。数少ない高魔力量の迫害反対派の魔族は、ただの変わり者として扱われていた。本能的なものから、賛同により確信を持たれた考え方、数の多さで、もう魔族内だけではこの流れを止められないところまできていたのだ。
デリンは一つの解決方法を見つける。視界にはリズミエラの残した薬。これはまだ誰にも知られていない物だ。そのはずだ。
ならば、迫害を扇動する核となる高魔力量の魔族、彼らが低魔力量の魔族になってしまえば良い。自身がその立場に立って初めて、考えが変わるのではないだろうか。
迷宮ギルドは積極的に迫害をやめるよう喧伝した。魔族以外の種族は低魔力量の魔族に対して本能的な嫌悪というものを抱いていなかったため、第三者で力のある立場の迷宮ギルドからの願いに、改めて理知的に考え直す事によって魔族とは違う価値観を持ち始める。
デリンは、迫害を受け殺されかけていた低魔力量の魔族を何人も保護した。リズミエラが救うはずだった者たちだ。彼女の助手である自分が彼らを救うのは当然のことだと考えた。
デリンの考えに賛同する者たちと共に、計画は実行される。核となる魔族達を、同日に、低魔力量へと変えるのだ。
その薬は少し甘みがある程度で、他の食材に混ぜても効果が発揮されるらしい。潜入した者たちによって、目的の魔族の夕食に薬を混ぜる。対象となった魔族にとって見れば、自分達は毒殺される理由も、そもそも狙われる理由もない。薬の存在を知らないのであれば尚更、それらは警戒されること無く、作戦は成功する。
その後の魔族内の混乱は凄かったらしい。迫害を推し進めていた中心人物が、一日で迫害対象へと変わったのだ。本人達が言っていた事なのだから、本人達も迫害するべきなのだろうか。だが当然本人は迫害を逃れようとする。自分達は例外だと。だが例外と言われても誰がどこまでの事を言うのか。低魔力量になった彼らの言葉は、本能的に嫌悪され拒否される。自分を支持していた者達は本能に抗わなかった者たちだ。抗った者達は変わり者として扱いそばにいない。低魔力量になった元高魔力量の魔族達を排除しようと、新たな勢力が現れるも、主導者となった者がまたしても一晩で低魔力量へと変わる。それが何度も続けば、流石に魔族達も迫害を扇動する立場を回避するようになる。低魔力量の魔族に対しての嫌悪は変わらずにある。だがそこへ新たに自分達もそうなってしまうのではないかという恐れが生まれた。今まで無かった事だが、現にそれは起きている。迫害を続けていれば、いずれその矛先が自身に向かうとも限らない。
そうして、だんだんと過激な迫害は無くなっていく。嫌悪はあるが、積極的に攻撃することは無くなったのだ。
デリンはそれを見て安心する。リズミエラの残した薬には限りがある。この薬はデリン一人では作り出せないものだったのだ。
魔族内の迫害が収束に向かったのを確認し、彼は準備を始める。
最初に保護した魔族に願われ、デリンは自身の目的を語った上で、彼を養子にした。養子となった魔族の名はガバルト・アルフ。このデリンの孤児院の創設者だ。
「デリンは、目的を成した後に、リズミエラの後を追ったのですね……」
書記の最後に書かれていたのは、魔力量を増やす手段を探す旅に出る、だった。
「おそらくそうでしょう。彼はこんなにも彼女を愛していたのだから」
「え?」
「え?」
エクセアさんの言葉に俺が驚くと、逆に驚かれた。なんで。
「コホン。それはさておき、これでリズミエラの事を分かってもらえたかしら?」
「はい」
最初の印象と全然違った。少なくとも、このデリンさんの目には、こう映っていたのだ。迷宮ギルドの資料室にあるような情報からはとても想像できないような人だ。ここにある個人の主観と迷宮ギルドに置かれた資料、どちらが真実かは分からないが、それを確認できる手段を俺は持っていることになる。
エクセアさんが改めてこちらを見る。
「彼女を、リズミエラを助け出してくれるかしら?」
「はい、必ず」
心は決まった。
「けど、この時点までは薬の存在もリズミエラが関わっていた事もほとんどの人が知らないはず。けれど今はそれがリズミエラの薬として伝えられている。デリンが居なくなった後の詳しい情報は残っていないのですか?」
デリンの事だ、おそらくこの薬の作成にリズミエラが関わっていることは誰にも教えていないだろう。迷宮上層部は推測できているだろうけど、そこから漏れるとは考えにくい。
「魔族の研究者への迫害が始まったのはそれから数年経ってからだ。おそらく薬を使われた魔族達が執念で辿り着いたんだろう。魔族の問題に積極的に介入しようとしたのがデリンだという事は調べれば分かる可能性はあるし、そこから彼が研究者だとも知ることが出来る。隔離された研究施設で活動していることもね。リズミエラは失踪前には居場所が知られていたようだし、きっかけさえあれば答えに辿り着くのは難しくないと思うよ」
ふむ、確かに。エクスさんの言葉に納得していると、今度はユカリさんが質問する。
「魔族の研究者への迫害に対して、迷宮ギルドは動かなかったのでしょうか?」
「研究者への迫害は排除するというほど過激なものではなかったからね。研究者にならなければ済んだ事だし、魔族の問題に介入したことに何か負い目でもあって、今回は静観したのかも?」
デリンの主張は間違いではなかったとしても、実際に魔族内に混乱も生まれた。迷宮ギルドとしても思うところがあったのだろうか。
「リズミエラが姓で、祖父や両親も居たのに、今はリズミエラの名前はないんですよね。彼らはどこに?」
今度はテンカの質問だ。確かにリズミエラはエンユ一人じゃないはずだ。
「それはもう魔族内の事だから分からないね。少なくとも今リズミエラを名乗る魔族は確認されていないのは確かだ」
魔族にとっての天敵となる薬に関連した名前だ。名前を変えていても不思議ではない。
「それでも、リズミエラの情報がここまで歪んで伝えられているのは悲しいですね。迷宮ギルドは何故訂正しないのでしょうか」
「リズミエラを恨む魔族が上手くやった結果なのかもしれないが、迷宮ギルドとしても抑止力になるかもと思ったのかもしれないね」
「抑止力ですか?」
「リズミエラに関する情報で有名なのは、リズミエラは低魔力量で同族に対して敵意を抱いていたという事だ。低魔力量の魔族に敵意を抱かれるようなことがあれば、いずれ同じような薬を生み出してしまうかもしれないからね。あまり酷い扱いをしないようにってさ」
分かる部分もあるがモヤモヤする。
書記に書かれた通りなら、魔力量を減らすという薬は偶然出来たものだ。魔族に直接害を与えたのもデリンさんという人族が中心となって動いた迷宮ギルドになる。あくまで外部からの介入であり、正しい歴史のままだと、魔族の迫害が酷くなれば迷宮ギルドが介入する可能性があるという事だけが残る。リズミエラの薬を魔族に使用したのも迷宮ギルドという事になり、迷宮ギルドが関わっているとなれば当然その薬の製法も知っていると考えるだろう。それはつまり魔族と迷宮ギルドの間に溝が生まれる可能性があるということだ。今伝えられている歴史は、魔族に敵意を抱いた低魔力量の魔族が魔族に対して最悪の効果を持つ薬を生み出したとなっている。リズミエラを犠牲に、問題を魔族内のものに変えたと言える。
現に今、書記にあったような酷い迫害はない。迷宮ギルドと魔族の関係も良好といえるだろう。
考えてみると、すでにリズミエラの願いは叶っているのかもしれない。それも、リズミエラが希望を抱いて生み出した薬をきっかけにして。本人の名誉は酷い事になっているが、すでに時代は違うのだ、本人を見てリズミエラだと分かるやつなんか一人も居ないだろう。
そういう事なのか……。
あとは、デリンさんが何処かで幸せを見つけてくれていれば良いのだけれど。
リズミエラの薬の製法は見ない事にした。本人から直接聞こう。その薬の事が嫌な思い出となっているかもしれないけど、そこは優秀な研究者だったという部分を信じてみよう。流石に無理に聞くような事はしないけど。
ここへ来た目的は達成したので部屋を出る事にする。遅くなると孤児院の子供達が帰ってきてしまうしな。
隠し階段は壁の一部を押すことで元の状態へと戻った。こんなものを作れるなんて、初代院長はどんな人だったんだろう。ここの隠し部屋は本当に重要な場所だから、この仕掛けを作る際に用いた技術は誰にも言っていない可能性がある。あるとしたらさっきの隠し部屋だな。
「お邪魔しました」
「もし彼女を助けることが出来たら、私も一度お会いしたいわ」
「リズミエラ次第ですが、可能であれば是非」
孤児院前でエクセアさんと別れる。エクスさんとも用件は済んだので別れることになった。彼が言っていた「答え合わせ」の結果はどうだったのかな。
知りたい事は知れた。リズミエラを助けることに迷いは無くなった。ならば後は行動に移すのみだ。




