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9.おばけより怖いやつ

不気味な洋館を背景に、簡単な煮込み料理を作る。干し肉を鍋の上で切り落とし、瓜のような外見で大根に近い味わいの野菜に、スープの味を調えるキク科に似た香草。少し冷えるので、体温を上げる効果のある、真っ赤な葉っぱを浮かべて完成を待つだけだ。


 魔女っ子が携帯コンロを覗き込み、その瞳に火を灯した。


「転生者さんの世界の道具って便利ですね。魔法を使わなくても火が維持できるなんて。魔力の気配もしなくて、そういうのに敏感なモンスターも集まってこないですし」


「ん? これの燃料は、一応俺のMPのはずだが」


 くろすけは俺をじっと見て、何かを探っている様子。


「うーん。スキルボードから切り離され、何か別の領域からエネルギーを取り出しているのかもしれませんね。スキルボードが存在する前から、別のエネルギーを使った魔法はあったので、それかもしれませんし。魔術や錬金術の場合、魔法使いには検知できないこともあります」


「お前ホント詳しいよな」


「複数人の集合体みたいなものですから、オレは。――ご主人の場合、錬金術が一番近いかもしれません」


 錬金術と言われてもいまいちピンとこなかった。化学の基礎だったとか、そういう知識しかない。それを察して、くろすけが簡単に教えてくれる。


「魔法は精神、魔術はコンピューター、錬金術は――まぁ何でもありと思って下さい。使えるものは全て使って、欲しい結果を得る。欲深く卑しいご主人に相応しい領域の技です」


「お、撃ち足りなかったか?」


「嘘ですよ嘘! もう消滅寸前です! 錬金術は全ての上位互換! サイコーッ!」


 メイス娘はそんな中でのんきに昼寝をし、鼻提灯を浮かべていた。シートを引いただけの地面で、あれほど幸せそうな寝顔ができるのも珍しい。


 料理の味を整えるため、塩を少し追加した今現在も、洋館から無数の視線を感じている。それに気づいているのはオレとくろすけだけ。


「で、お前は何を見ているんだ? すっごいやりにくいんだけど」


 レンジャー娘は、俺の手元から片時も目を離さない。


「いえね、いつエッチな薬を混入させるのかと見張ってるんスよ。分量間違えたら大変っスから、ちゃんとストップって言わないと」


「俺も食うのに入れるわけねえだろっ!」


「なんだ……」


 露骨に落ち込んだ彼女は放置して、煮えたそれを、取っ手の付いた鉄の食器へ均等に分けていく。


「さ、できたぞ」


 こちらの食材は質がよく、塩を振って煮焼きすればだいたい美味く仕上がる。肉は茶色い長毛の牛が主流で、果物のように爽やかで旨味もあり、干し肉は出汁として優秀。


 メイス娘を起こして、さっさと食事を始め、さっさと終えた。


 一足先に平らげた俺は、狙撃銃を生成して、洋館の窓を見る。窓の数から察するに、七階建てだ。

 眼には見えないものの、やはり何かが潜んでいる。閉じているはずの窓のカーテンが揺れたり、窓がガタついたり。


 未知な部分も多いので、俺一人で入った方がいい気もするが、近くで行動しないとポイントが加算されず、彼女達の報酬が減ってしまう。

 回復や囮でもそれなりに加算されるので、金が目的なら一緒に攻略するしかない。


全員の腹が落ち着いた頃を見計らって、いよいよ洋館に踏み込むときが来た。


 銃を引き抜き、フォールディングナイフの位置を確認し、分厚い木製のドアの前に立つ。この手の洋館は精々二、三階が相場だが、七階建てと思われる建造物の存在感は圧倒的。

 今日一日で、隅々まで探索できないかもしれない。


 レバー型のドアノブに手を掛け、開けようとするがびくともしない。報告ではここから出入りが可能で、鍵は開放した状態で立ち去ったという。

 何者かがわざわざ鍵をかけたとは考えにくく、実に心霊物件らしい展開だ。


 魔女っ子に服の端を引っ張られ、振り返ると涙目になっていた。近づいたことで、何かを感じ取ったらしい。


「す、すごく嫌な感じがします……」


 彼女の言う通り、無数の悪意のようなものが蠢いている。しかしそれも、くろすけを構成する怨み辛みに比べたらたかが知れていた。


「大丈夫大丈夫。コイツに比べたら、雑魚みたいな悪意しか感じないから」


 まだ弱ったままのくろすけを影から出して見せ、説得材料にする。

 魔力の低い他の二人は感じ取れていない様子だが、俺達の会話でいよいよ肝が冷えてきたようだ。


「や、やっぱやめないっスか?」


「ぼくもお腹いっぱいで、なんか眠くなってきたし」


 彼女達に分かりやすく簡潔に言う。


「カネ手に入る。メシいっぱい食える」


 そう言われて、冷や汗を滴らせながらも自信なさげに頷いた。

 それぞれの覚悟が少しでもあるうちに、なんとかドアを開けようとしたとき、内部からガラスの割れるような音。


「誰だ?」


 上品に開ける方法を探すのもじれったいし、怖がらせようとしているヤツが気に入らない。


 銃を一時ホルスターに戻して、ナイフを手早く展開する。それを逆手に持ち直して、ドアノブ周りを滅多打ちにして、くり抜いてやった。

 扉が開かないようにする機構は失われ、脚で蹴っ飛ばす。蝶番が女の悲鳴のように鳴き、扉はあっさり開いた。


 広々としたエントランスは、見ただけで分かるほど高級な造り。

 昼間なのに薄暗く、蝋燭の明かりが必要とされるほど。無人の館でいつから灯っているのか知らないが、極太のそれはかなり溶け進んでいた。


 花瓶を置くためだけに設置したと思われる台座からはそれが落ちていて、枯れて茶色くなった草花と、陶器の破片と化していた。


 三人娘は硬直したまま、外でその様子をうかがっている。


「くそっ、やっぱり見えないか。――そうだ、アレをやってみよう」


 サバイバル生活の最中、破壊能力の質を上げようと色々試している間に習得していた技。

 ナイフを左手に持ち替え、右拳に力を練り上げ、刃物のように鋭く、鈍器のように力強いものを集めていく。一定以上の力を貯めると、薄っすらと紫の炎のようなものが宿り、準備は完了だ。


 空気ではなく、空間を抉り取るイメージで、拳を思い切り突き出す。

 集めたエネルギーは空間を走り、これが届く範囲の「何か」を物理領域に引き落とす。


 そして予想通り、花瓶を叩き落とした犯人が目に見えるようになった。

 その中年の男はどこかの貴族のような格好をし、階段の上から見下ろしてきた。


「お前は何者だ」


 しばらく待っても返事はなく、悪意を感じたのでさっさと消すことにする。


 再び拳に力を練り上げ、階段を駆け上がり、腹を全力で殴った。


「除霊ッ!!」


その男は一言も発することなく、俺の力に砕かれ、完全消滅する。

 腕の印から討伐履歴を開いてみるが、何も加算されている様子はなく、それがモンスターではないことを物語っていた。


 こうも容易く滅することができるなら、とりあえずは安心だ。いつまでも固まっている彼女達を呼び寄せるため、大げさに手を降った。


「おーい、早く来いよぉ! ちゃんと幽霊も倒せるの確認したからぁ!」


 恐る恐る入ってくるが、三人はピッタリとくっついたままだ。


 銃を抜き、左手に力を集めた状態にして、探索を開始した。

 マップは一定範囲内かつ視界に入る場所なら、自動的に書き記されていく魔法道具。一枚あれば、地図アプリのように機能するのでかなり便利だ。

 それを頼りに、順番に部屋を巡っていった。


 部屋に入るたび力を解き放ち、霊体を見つけたら射殺? していく。あまりに淡々としたその作業は、彼女達の恐怖を取り除き、徐々に調子を取り戻していった。


「なんか、慣れたね」


 メイス娘は頭を掻きながらクローゼットを漁り、金目の物を探していく。


「ていうか、この人の方が怖いっス」


 魔女っ子はまだそわそわしていて、周囲を気にしているが、最初の頃よりはマシだ。


 今までで見つけたのは真珠のネックレスのみ。おそらく本物で、上々の光沢。粒の大きさも揃っていたので価値はそれなりにあるはず。

 それをレンジャー娘が首に掛けて見せてきたが、日本のよく出来たことわざの「豚に真珠」が脳裏をよぎっただけだった。


 この階は探索済みということもあり、お宝の数も少ない様子。

 早いところ次の部屋に行こうとしたとき、レンジャー娘がまじまじとベッドを見てから、赤くなっていた。


「今しょうもないこと考えただろ」


「しょうもなくないっスよ! こんな場所に男女でいるなんて、間違いでも起こされたら大変っス。三人まとめて乙女のピンチっス」


 この脳みそピンクを放置していったら、いずれ洋館がピンクに染まって幽霊なんて出てこなくなりそうだ。


「こんな場所じゃそんな気も起きねえよ」


「そんなこと言って、本当はエッチなこと考えてるのはお見通しっス!」


 無視して部屋を出ようとした瞬間、くろすけが大声を出して飛び出してきた。そのせいで、全員が驚く。


「ふっかぁぁつッ!! 急に強烈な劣情を感じたので、それを糧に高速回復できました。体内にいると外のことは分からないんですけど、ご主人、なんかエロいこと考えました?」


 せっかく誤魔化したのに、そういうことを考えていたのがバレてしまう。


「やーっぱエロいこと考えてるんじゃないっスかぁ! どうせ三人まとめて押し倒そうなんて思ってたんスよね?」


「いや、違う。お前が他の二人に襲われる展開って悪くないなとか考えただけで、俺は何もする気はなかった。でもどうやったらそういう展開に――」


「うわぁ!? それ以上言わなくていいっス! とんでもない性癖聞いちゃったっスよもう!」


 開き直って内容を伝えたせいで、三人は幽霊以上に俺を怖がり始めた。廊下を進むときも、妙な距離感がある。


「くろすけのせいで嫌われちゃったじゃねーか」


「勝手に特殊な性癖を晒したご主人のせいでしょ」


「だって友情が愛情に変わる瞬間の女の子同士っていいじゃん」


 弾丸のみを生成し、残弾が二発になっていたデザートイーグルのマガジンに指で押し込みながら進む。そして、最奥にある一段と大きな扉の前までたどり着いた。この先はマップが作成されていないので、完全に未知のエリアだ。


 扉を開けようと手を触れるが、強烈なプレッシャーに身を貫かれた。この先に、他とは格が違う何かがいる。


 三人に扉から離れた場所で待つように言い、ノブを脚で引っ掛け、そのまま蹴り開ける。

 銃を構えながら飛び込むと、黒く禍々しい竜と、それを慈しむように撫でる青い肌の女がいた。

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