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10.混沌の女

 扉の先は薄暗くも、落ち着きと華やかさが混在したダンスホールのような場所。


 銃を持って飛び込んできた俺に対し、その女はムッとした表情を見せ、それからにやりと笑う。

 青い肌に、白目と黒目が判定したような瞳は、どこか魅力的だった。


「あら、その感じは転生者かしら。人の家に入りこんだうえに銃を向けるなんて不躾ね。タイプじゃないし、すぐに立ち去るなら見逃してあげるわ」


「俺はあんたが結構タイプだぞ。名前は? メアドとか教えてよ」


 三人がこちらを覗き込むと、メイス娘が何かに気づいて取り乱す。


「あぁーっ! ディザじゃないか。このあたりで色々悪さをしているっていう」


 それなりに有名で、こっちに来てから日が浅い俺も名前だけは聞いたことがある。このあたりのモンスターのボスみたいなやつだ。


 しかし、レンジャー娘はアホな答えをした。


「悪さってどんなことしたんスか? あんなハレンチな格好してるし、街中で露出でもしたんスかね? こわいなー」


 ディザは冷静なキャラを崩さないよう、拳を必死で握り締め、それを無視して俺に語りかける。


「悪いけど、あなたに教えるものはこれっぽっちもないわ。そもそも、メアド? って何よ?」


「何だよ知らないのかよおばあちゃんかよ」


 こちらの人間が多く来ているとはいえ、知らなくても不思議ではない。半分、挑発の意味を込めて言った。


「おばっ……! 生きて返してあげようなんて思った私がバカだったわ……」


 彼女は竜の首をさらりと撫でると、その下に渦巻く闇が発生し、巨体は沈んでいった。


「ご主人、喧嘩なんて売ってやるつもりですか?」


「だって金になりそうだし。まぁ勝てるだろ」


 ここが彼女の家だというのなら、最高の嫌がらせがある。T3焼夷手榴弾を手の平に生み出し、ピンを抜いてすぐ遠くへ投げた。


 間もなく激しい閃光と白煙が吹き出し、木製の床に引火する。


「ちょ、あんた何してんのよ!」


 それを消火するため、手の先から氷魔法を放ち、氷柱でそれを包んだ。

 これは揺動。意識が俺から離れた瞬間を狙って銃弾を叩き込むが、すぐに反応して魔法障壁を展開する。


 少しは弾丸が食い込むかと思ったが、ゴーレムのそれとは質が違い、弾丸が潰れてしまった。

 撃ちながら前進し、ナイフを抜いて斬りつける。俺の能力は、直接触れるようにしたほうが効果が高いらしく。今度は表面に傷が入る。


「生身で魔力を砕く――。蛇蝎の如き忌まわしき能力ね。嫌な顔を思い出すわ」


 綺麗な顔を少し歪め、今度は俺に冷気を放つ。咄嗟に飛び退いたが、掠っただけでも左半身が凍ってしまう。


「あははっ『まぁ勝てるだろ』なんて言ったのは誰かしら?」


 後ろの方で三人娘が慌てる声が聞こえてきて、レンジャー娘の「とりあえず援護しないとまずいっス!」という言葉に嫌な予感がした。


 魔女っ子に攻撃を促すと、あの愉快な笑い声が聞こえてきた。


「ふへつ! 今すぐ温めてあげますからね!」


「ヤメロォ!」


 巨大な火球を杖の先で生成し、それを俺に飛ばしてくる。凍った俺は上手く動けず、直撃した。


「ぎゃぁ! アツゥイ!」


「あぁもう! 人の家で火遊びするんじゃないわよっ!」


 炎上する俺をディザが凍らせ、魔女っ子が再び温める。その繰り返しで俺の身体はどうにかなりそうだ。

 くろすけは上空でオロオロするだけで、役に立たない。そんな彼を操作して影のカーテンを作り、半分凍った状態で中に引きこもった。


「くそぉ、敵しかいねえ」


 あまり見られたくないが、こうなったら修行で習得した技を使うしかない。


 武器を全て消し、影を少しずつ体内に取り込み、それを全身の血管や筋肉に行き渡らせる。そして、筋肉で発電した電気を脳から再び全身に送り、強制的に身体能力を上げた。

 さらに、両腕の骨肉を影で押し上げ、一本の赤黒い爪を生やす。


 コレをやると全身がめちゃくちゃ痛いし、最悪ちぎれたりする。特に爪での攻撃は想像を絶する痛さ。肉と骨にむき出しの神経。それらを武器にしている弊害だ。


 しかし、物理エネルギーと神霊と女神の能力全てが合わさるので、貫通力も桁違いになる。

 おまけに、ここへ通電すると高温になり、熱エネルギーの恩恵も受けられるのだが、苦痛も倍増だ。

 今まで狩ったモンスターが見せた技を組み合わせ、自分のものとした結果、この姿が答えとなった。


 不死身にしかできない、醜くも強力な技。彼女達は、それを見て俺を敬遠するかもしれない。


 しかし、勝つためならその程度仕方がなかった。


 影をすべて取り込み、カーテンが消えると、炎と氷魔法の温度差による水蒸気で少し視界が悪い。


 爪に通電する量を増やし、熱量を高めて振るうと、それはすべて吹き飛ぶ。ついでに凍りついた身体も溶けた。

 複数種のエネルギーが合わさったそれは、空間をねじ切ってしまうのではないかと思うほど、凶悪な武器となる。


「これで勝てる」


「あなた、人間のあり方を否定してしまったのね。自ら望んでそうなるということは、私達と同じよ」


「あり方なんて、後から好きに決めれば済む」


 彼女は何を思ったか知らないが、それが許せない言葉だったらしい。モンスターとしての彼女は「あり方」という言葉に強い嫌悪感を感じているようだった。


「そう……あり方……ね」


 氷魔法使いだと勝手に思い込んでいたが、どうも違う。一瞬の詠唱で、強烈な炎の渦を繰り出してくる。今までの氷魔法は、建物へのダメージを考慮したものだったらしい。


 後ろに彼女達がいるので避けることもできず、右の爪を振り下ろすしかなかった。

 魔力が含まれた炎は、破壊能力の対象内。食い込むような手応えと激痛はあったが、それは真っ二つになり、斜め後ろに飛んでいった。


「うそっ!」


「こういうのも斬れるのか、始めて知った」


 相手も自分も驚き、戦闘が一瞬止まる。お互いがその隙きを狙ったので、ほぼ同時に攻撃を再開することとなった。


 ディザは広範囲に冷気を振り撒き、爪で切断しきれない状況を作る。

 風圧でも全てを振り払うこともできず、低温で鈍った俺は、追撃の炎の弾丸を数十食らってしまう。一瞬膝を突きそうになったが、意地で持ちこたえた。


 連撃を受けないよう、爪の先に細かな穴を開け、表面を凝固させた血液を高圧で乱射する。

 矢のように飛翔した血液は、ディザの障壁で砕け、こびりついて視界を奪う。彼女よりも上位の不浄のそれは、徐々に表面を溶かした。


 彼女は汚れた障壁の内側に薄い障壁を張ってから、侵食が進んだ外側の障壁を消す。再び厚い障壁を繰り出し、防御が途切れることなく、汚れを取り除いた。


 その合間に、彼女達を逃がそうと叫ぶ。壁に当たった炎の渦が燃え広がり、いよいよ大きな火事になるので、そうする必要があった。


「逃げろッ! 必ず勝って戻ってくるからッ!」


 ポンコツだが、揃いも揃って優しい子達。爪が生え、肌の色が変色しつつある俺の姿を目の当たりにしても心配している。勝てるからと宣言しても、俺を放ったらかして逃げるようなことはしなかった。


 苦痛ともどかしさに歪んだ顔で睨むと、始めて後ずさる。


「さっさと行け!」


 せめてもの手助けとして、レンジャー娘の光の矢に魔女っ子が回復魔法を付与して、それを放った。

 相変わらず目をつぶったままで俺には当たらなかったが、なんとか飛び込んでそれを腹で受けた。刺さってもちくっとする程度で、全身の痛みが軽くなる。


 そこへ、メイス娘が自分の武器を投げてきた。あんなにも大切にしていた武器を貸してくれるというのだから、使わない手はない。


 受け取ったのを確認すると、彼女達は迷いながらも逃げていく。


「さて、これでもっと本気を出せる」


 筋肉に通す電圧と電流を増やし、血管を押し広げ、心拍数も上げる。精密な影の操作が要求され、一歩間違えれば自分を傷つけるだけの過剰強化。

 ここまでやると、俺の姿は一層醜いものとなった。流石に、これは仲間に見られたくない。


「グッ……ギッ……」


 強化された一方、反動も凄まじく、今にも身体が千切れそうだ。肥大化した血管や、無茶な通電を行っている筋肉は異常に痙攣。さらに巨大になった爪に相応しい、怪物性を秘めた姿へと変わった。


 なれ果てた俺に、ディザは恐怖を感じている。精一杯の強がりか、悪態をついた。


「女神の力をこんなことに使うなんて。私達と同じなんて言ったけど、あなたみたいな本物の怪物に居場所はないわ。人間にも魔の者にも受け入れられない。あの男にそっくりで、気分が悪くなる」


「あり方と一緒で、居場所は後から決めればいい。自分の気の持ちようでそれは変わる。そんなものを他人に委ねてたら、息苦しいだけだ。今はこの形が『あり方』で『居場所』って感じかな?」


 この姿を見せまいとした俺は、十分あり方や居場所に怯えている。だが、勝利という大前提があれば、その怯えも消え失せた。転生者は、勝者でなければ愛されない。負ければ、気分が悪い。


 自分の言葉は相手の気力を削ぐと思い込んでいた彼女は、俺の態度に腹を立てる。


「いいえ、あなたには最初から決まっていた素敵な居場所があるわ。それは、冷たく寂しい死の世界よッ!」


 冷気や火炎ではなく、自然界に存在しない力をディザは行使した。くろすけに近い、負の感情のうねり。蛇のように俺を追い回し、床や天井を抉り、炎をも飲み込む。


 電力と影の力で強制的に筋肉を動かしている俺は、それを避けて飛び回るのも容易だった。わざと追い込まれるように逃げ回り、相手の気分を良くする。


「ふふふっ、バッカみたい。カッコつけて女の子逃したのに、そんな醜い姿になった挙句負けるなんて」


 邪悪なうねりが壁を登り、天井を這い回って建材を剥離させる。

 落ちてきた瓦礫の特に大きいものに向かって飛び、それを足場にしてディザへ突っ込んだ。

 メイスを左手で持ち、分厚い魔法障壁をぶっ叩く。衝撃が床を広範囲に渡って砕き、窓は全て割れ、炎も俺を中心に一瞬遠ざかる。


 この武器をメイス娘が使ったときもそれなりの威力だったが、俺が全力で使うと凄まじい威力を発揮した。

 それでも障壁は壊れなかったので、何度も何度も叩く。亀裂が広がってきたら、右腕の爪を突っ込んでほじくる。ヒビと穴が広がっていくのを見たディザは焦りを覚え、正面に二重三重の障壁を作る。


 彼女は壁の内側から、炎と氷にかまいたちを乱れ撃って、俺を引き剥がそうともがく。その全ての痛みを耐え抜き、メイスを大きく振り上た。


「俺の一番の欲望は、勝って気持ちよくなることッ!! そう簡単に負けるかッ!!」


 力一杯メイスを振り下ろすと、一番外側の障壁が割れ、ディザに困惑と畏怖が訪れる。渾身の一撃が生んだ衝撃は、俺自身の内蔵をも傷つけてしまう。


 その一瞬で後ろに回り込み、両腕の爪を交差させ、ハサミのように構えた。

 防御を前に集中した彼女は、背中を疎かにしている。


 それに気づいたときにはもう遅い。薄っぺらい障壁ごと、細く色っぽい背中を中心にハサミを入れ、上下に分断した。


 全ての障壁と魔力の気配が消え、ディザはマネキンのように崩れ落ちる。いや、手応えがマネキンそのものだった。


 青い肉体の切断面からは黒い泥のようなものを垂れ流し、息も絶え絶えに笑って言う。


「あははっ、残念。これは自分そっくりに作った操り人形。なかなか強いみたいだけど、遠くにいる本物の私よりは弱くて安心したわ」


 俺の殺した獲物は模造品。本物は俺を上回る強さ。それがひたすらに悔しかった。

 そんな精神を逆撫でするように、ディザ人形は最後の高笑いをしてから動かなくなる。

 ボロの塊になった頭を踏み潰して、俺は更に強くなることを誓う。


 取り込んだくろすけが抜けると、立っているのが辛いほど力も抜けてしまった。


「やはり、ご主人は正解だ。改めてそう思いました」


「ああ、いくらでも戦いに使ってやるよ。でも、しばらく休むぞ。動けねえし、爪も引っ込まねえ。このメイスが汚れないよう、外に持っていってくれ」


 かなり頑丈な作りをしているとはいえ、これから火事になる場所に放置するのも心が痛む。それを持たせると、くろすけはすぅっと飛んで割れた窓から出ていく。


 俺は歩く気力も失っていて、今すぐにでもこの場で寝たい。それを分かっていた彼は、特に脱出を促そうともしなかった。


 ディザ人形の尻を枕に、崩れるように横になる。意外といい匂いがしたのが、ちょっと腹立たしい。

 燃える館のおかげで暖かく、ぐっすり眠れそうだ。

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