19.力の正体
とりあえずは、俺の想定通りに事が進んだ。
獣に食われたとはいえ、実質主犯格を葬ったということと、多くの負傷者を救ったことが評価され、たんまりと報酬を手に入れた。やはりどんな苦労も、十分な金が手に入ることで報われるというもの。
事件の翌日にギルドへ自然の女神捜索願を出したところ、一時間後に街で食べ歩きしていたところを発見され、すぐに会えることになった。
俺は現在少女を送り届けた小さな町に滞在していて、少年を心配して駆けつけた彼のパーティーも同じ宿を利用している。
二階から見る窓の外は地球のそれよりも透き通った美しい夕暮れ時で、目の前の通りでは買い物をする人達が行き交う。宿の厨房では夕飯の準備が始まり、煮焼きする香りが鼻に届く。
この建物は古いが小奇麗で、むしろその古さが趣を醸し出していた。部屋も花が飾ってあったり、洒落た良い家具を置いてある。
俺は待ち合わせの時間になるまで、影の扱い方を練習していた。
「いいぞ! そうそうそうそうっ! おっぱいはもうちょっと小さく重力に逆らう感じで!」
くろすけの見た目は完全に悪魔やゴーストといったモンスター系なので、可愛らしい見た目に変身できないかと実験していたら、いつの間にか理想の美少女作りに熱中していた。
漆黒の肌に、メリハリのある女体と切れ長の瞳はなんとも蠱惑的で、俺は力強いガッツポーズを繰り返す。
「ご、ご主人。なんかものすごく恥ずかしいんですけど」
「声はまだ無理か。練習しておくように」
「はぃぃ!」
野太い声を必死に裏返して、可愛い声を目指すくろすけ。これはこれでアリな気がしてきた。
そんなことをしていたら、部屋の近くを通る足音や扉をノックする音には気づけず、二人が入ってきた。
困った顔をした少年と、拳に血管を浮かべた美人剣士だ。
「うおっ、部屋に入ってくるときはノックしろよぉ!」
「散々ノックした! まったく、少し見直したと思えばこれか……」
俺は小さな町の宿でのんびり飲み食いしていただけ。美人剣士が俺を見直す要素が見当たらず、首を傾げた。
それに答えるよう、少年は申し訳なさそうに言った。
「ご、ごめん。昨日のこと全部喋っちゃった。ものすごい勢いで問い詰められて……」
「あー、そういう……」
鬼の形相で俺と変なコトがなかったか迫ったのだろう。それなら怒る気にもなれない。
「広めんじゃねーぞ」
「心得ているつもりだ。もし何かあれば、私も彼女の味方となる」
とりあえずは大丈夫そうだ。俺が相手以外のときは、正義感の塊のような人物。特に不安要素はない。
「しかし……」
彼女は表情を曇らせ、言葉を詰まらせる。
「なぜ女神様は二人に攻撃を……」
彼女は女神に仕えることを信条とした家の出身。最も信頼する者の行動に、困惑しているのだろう。
「それはこれからハッキリさせることだ。俺達の知っている女神が敵となるか味方となるか。楽しみだよ」
ここまで来ると、既に開き直っている。最近はむしろ、VR世界での戦闘のほうが緊張感があったように思えてきた。
敵が増える恐怖より、勝利する数が増えることに期待してしまう。内なる何かが、次の敵を貪欲に求めていた。それはまるで食欲のように、当たり前に忍び寄ってくる。
違和感を払い除け、服の下にある腹に刺したままにした刃の欠片を撫でた。
くろすけの姿を元に戻し、精神を改める。
「そろそろ自然の女神が来る頃か」
「ちょうどそのことで私達は呼びに来たんだ。これ以上待たせるんじゃないぞ」
「分かってるって。さっさと答えが知りたいしな」
俺は二人に案内されるまま、宿の細い廊下の一番奥にある角部屋へ案内された。女神は角部屋が好きらしい。
扉の前まで来ると美人剣士が「ここだ。失礼のないように」とだけ言い、入るように促す。
嫌味のない上品なドアノブに手をかけ、押し開けると彼女は座ることなく待っていた。向こうはどういう目的で俺が会いに来たのかは知らずに、表情の選択に困っていたが、俺らしからぬ神妙な雰囲気に表情筋を固める。
「最近ぶりだな」
「な、なにか能力に不具合があったの……かな?」
「いやいや、能力はすくすく成長中だ」
そう言っている間に彼女は察したらしく、腹のあたりを凝視した。
「これが分かるなら話は早い。耐性をつけようと腹に刺してあるんだ」
服の中に手を突っ込んで、腹に巻いた包帯の隙間から剣の欠片を取り出す。こびり付いた血は、瞬く間に蒸発してしまう。
彼女は瞳孔を開き、それを確認するように顔を近づける。まもなく青ざめ、恐怖する。それが最初の返事として機能した。
「単刀直入に聞きたい。この剣を生成した主は、お前達の敵か? 味方か?」
しばしの間。彼女はうつむき、拳をわずかに震わせた。
「私はこの女神の敵だ。それだけは信じて欲しい。でも、全知全能とされる女神を信仰する女神も複数存在しているのも事実だ……」
意外な答え。いや、そうでもない。
彼女と話しているうち、女神は普通の人間と何ら変わらない思考を持ち、感情豊かだと知る。強力な力を持つ以外、ただの人間にすぎない。考えの違いが生まれるのは当然だ。
「それなら良かった。その女神を信仰する女神ってのはどいつなのか分かるか?」
「すまない……それは私にも……。いわば邪教。表立ってそのことを公言する女神はいない。でも、他の女神が復活させようと、人間には知りえない儀式を行っていた形跡は見つかっている。それでも、向こう百年は復活できない状態まで追い込んだはずなのに……」
これはややこしい事態になってきた。眼前のちびっこ女神は可愛いから信じたいとして、この先出会う可能性のある女神は、必ず警戒する必要がある。
「キミが私の言葉を信じてくれるというのなら、力を授けた道具と武器の女神の姉妹、破壊の女神。その三人は私達の味方だよ」
「そりゃ良かった。少しは気が楽になる」
もし全員が敵だったら、最悪能力を奪われ、生身で戦うことになりかねない。
「――そのことで、重ね重ねキミに謝らないといけないんだ。人間が選んだ能力を女神が授けるという仕組みを利用し、『人類の武装』と『女神の破壊』と『魔法に頼らない再生能力』を望む偶然を待ち続けた。そして、それを見事選んでくれたキミに、全知全能を超えた人間を模倣した力を授けたんだ。精神的にも、十分すぎるほど条件を満たしていた。他の女神に悟られないよう、他の転生者を招くときと同じように送り込み、成長させるつもりで……」
「その人間の話は聞いたことがある。それで俺は十分にアイツと戦えたのか。――それしても、地球にそんな化物が存在したとは。強化兵って改造人間のことは聞いたことあるけど」
「私達には到底敵わない敵を倒すため、多くの人間を守るため……。一つの命ならと考えてしまった……」
この世界でモンスター退治させる代わりに、強力な力を授ける。その規定から少しばかりズレた行為。俺からしたら、なかなか面白くて有難いこと。だが彼女から見ると、力を授けて戦わせること自体、とても残酷なことなのかもしれない。しかも、女神を殺すことに特化した能力で放り出してしまったという負い目の言葉だった。
彼女は感極まったのか、口をへの字にしてついには泣き出してしまう。
「貴様ぁっ! 女神様を泣かせるとは何事かぁっ!」
泣き声を察知した美人剣士が抜刀して、ドアを蹴破り入ってくる。
容赦なく脳天をかち割ろうとしてきたので、なんとか白刃取りで受け止めた。
「てめぇ! 女神様が作った希望の星様になんてことしやがんだぁ!」
「星は星でも死兆星かデス・スターの類であろう!」
ファンタジー丸出しな女騎士の口から出るとは思えない単語。
「お前、地球の文化に詳しいのな……」
「べ、別にいだろう! 転生者が持ち込む書物や映像は人気なんだぞ! 私は勉強熱心なんだ!」
そう言いながら、さらに剣に力を込める。
自然の女神は目の前で起ころうとしている刀傷沙汰を止めるため、刃の下に来て彼女をたしなめた。
「彼は悪くない。どうかその剣を収めてくれ」
彼女の言葉はてきめんに効果を発揮し、腰の鞘に剣を戻してから速やかに部屋から退散する。
「ふぅ、危うく三枚おろしにされるところだった」
「あの、その……」
彼女は自然を司る偉大な女神。しかし、俺には見た目相応の少女のように思える。そんな彼女に気負わせることはしない。
「スキルボードをうっかり壊したってのは嘘で、全知全能を超えた人間の力を詰め込むためなんだろ? あの女神に対抗できるってんなら、利用したとかそういうのは気にしない」
「ごめんうっかり壊したのは事実」
「ぬぅわんだってぇッ!!」
全てが計画的に設計された能力だと早合点していた俺は、思わず吠えた。そのせいで、引っ込み始めたちびっこ女神の涙が再び零れる。
「ふぇぇっ!」
「また泣かせるのか貴様ぁッ!」
再び当たり前のように抜刀しながら飛び込んでくる美人剣士。今度は少年が後ろから脇の間に腕を通し、ガッチリホールドしているが、鍛錬の日々を送った彼女を止められない。
ぶった切られると思いきや、俺に剣が届きそうなところで動きが止まり、刃が行ったり来たりする。
「このぉ、外道めぇ。うぇへへ」
後ろから抱きつかれる形になった美人剣士は酷く顔を緩ませ、その感触を楽しんでいる。
「うーんこの堕落具合。女神より私欲か」
こんなダメな奴を、一目惚れのごとく綺麗だと感じた過去の俺に、対戦車ロケットをぶち込んでやりたい。
そう思いつつも、抱きつかれているのが結構羨ましい俺だった。




