Act116-イレギュラー
この世界での生活も半年以上が過ぎ、ほとんどのプレイヤーがようやく各々の娯楽を確立してきた頃。
「七月……か」
ホテルの窓から差し込む夏らしい――のかはわからないが――日射しを左腕で遮断しながら、ふと考える。
俺はこの時期、いつも何をしていたっけ。
例年の七、八月あたりは香澄も誠也も夏休みだが、部活動で家を空けることが多かった如月家では、必然的に俺が自宅警備員を任されることが多かった。外出といえば、せいぜいコンビニくらいのものだろう。
最後に夏を満喫した、と言えるのはそれこそ小学生の頃――もう六年くらい前か。
皮肉にも翔弥とオンラインゲームを楽しんでいたあの頃が一番充実していたようにも思える。
そんな思考をため息でかき消した俺の耳元で、端末が駆動した。
「ん……運営か」
最近ではバイブレーションの長さ、回数でフレンドからのメッセージか運営からのシステムメールを聞き分けられるようになってしまった。慣れって怖い。
何だか嫌な予感はするが、とりあえずメールボックスを開く。
”夏イベントのご案内”
件名に記されたその文章の時点で、俺は読むのを諦めた。
だがこの手のイベントに目ざといやつが、我がギルドには二名ほど――。
『ソウタ君、起きてる!?』
『ソウちゃーん!』
しっかり二度のノックをされた俺の部屋に、廊下からの大声が響く。
寝たふりを決め込もうかとも考えたが、あいつらは一度行く気になったら何としても行こうとする性格だ。ここで下手に居留守なんて使ったら後が怖い。
せめてもの抵抗として、ベッドから這い出るようにしてゆっくり玄関へと向かう。
意を決して鍵を開けると、なだれ込むようにミユ、ユズハが部屋にIN。
まるで鏡餅のように俺を下にして積み重なった三人を見て、おそらくイベントごとにあまり乗り気ではないのであろう、どんよりとした表情のままフィリアが口を開く。
「……おはよう」
「おう、おはよう。勝てなかったんだな」
「うん」
フィリアはきっと抵抗したのだろうが、このテンションの二人を止められなかったのが目に見えてわかる。
「そういやホノカは?」
「運営のメール見てないの? 今回のイベント、戦闘もあるらしいよ」
鏡餅の二段目、ユズハが代わりに答える。
流石に戦闘があるとなればホノカは置いてくる以外の選択肢がない。今まで何度か突発的な戦闘に巻き込んでしまったことはあったが、その度に全員ヒヤヒヤしたものだ。
「せめてホノカちゃんの正体がわかればねぇ」
今度は鏡餅の一段目、ミユだ。
確かに俺たちはまだ、彼女がレベル1のプレイヤーだということ以外の正体を知らない。
「んー、そういや考えたことも無かったな」
いつも暇そうにしてるのでダンジョン攻略前のギルド会議には時々参加させるが、ホノカは正式なギルドメンバーではないため、職業も知らないし戦い方もわからない。
故に危なくて戦闘に連れていくことができないのだ。
子ども=危ない。今まではそれだけで考えていたが、そろそろ彼女の正体についても知っておかなければならないだろう。
「よし、じゃあ今晩の会議で聞いてみるか」
全員の同意を得たところで、首を傾けて頭上を仰ぐ。
「ところで君たち。いつまで俺を三段目にしてるつもりだ」
玄関で雪崩事故が起きて約三分。開け放たれたままの扉からは、時折通りかかる宿泊者が何事かとこちらに視線を投げてくる。
「せめてドアくらいは閉めて欲しかったな」
「……ドアを閉めれば何してもいいの?」
「うわーソウちゃん引くわー」
何か大きな勘違いをしているミユとユズハは置いといて、フィリアに視線で助けを求める。
「え、私も?」
「……は?」
アイコンタクトの受け手の不穏な一言は、数秒後に現実になった。
「どーん」
「うわぁ!?」
フィリアまでもが鏡餅の一部と化したことが、俺の背中への加重で伝わってくる。
「よし。私がみかんだね」
「……」
この場の誰もが予想していなかった展開に、ミユとユズハでさえも言葉を失った。
◇◆◇◆◇◆
その日の夜――。
「じゃあ今日の議題なんだけど……」
俺たちは今朝、大惨事が起きたホテルの一室に再び集まっていた。予定通りホノカも連れて。
当の本人は相変わらず暇そうにしている。まぁ、いつも専門用語ばかりが飛び交うギルド会議において、彼女の理解が追いつかないのも無理はない。
「ホノカ、ちょっと来てくれ」
ミユのお手製ペンライト型の短剣を振り回していたホノカが、突然の指名に驚いてこちらを見る。
警戒しながらゆっくりと近づいてきて――俺の膝に短剣を刺す。
「なんで刺した」
きゃいきゃいと笑いながら逃げるように離れていく。本人は遊んでいるつもりだろうが、蚊に刺された程度の軽い痛みは伴う。
まぁ、ダメージは――。
受けないとわかっていても、ついHPバーを見てしまう。
「って……受けてる!?」
待て。ここはダンジョンエリアじゃない。市街地ど真ん中だぞ。
「ソウちゃんどしたん」
ふと、脳内に過去のワンシーンが蘇る。
あれは二ヶ月前。メイと高月さんが誘拐されて、ショウヤと一緒にミユの工房を訪ねた時。
あの時も確か、ホノカに売り物の剣で軽く刺され、微々たる痛みとともにダメージを受けていた記憶がある。当時は特に気にもしていなかったが、よくよく考えれば不自然だ。
もちろん彼女に殺意があるとは思えない。だが、市街地でダメージを与えられるホノカは何者なんだ。
「な、なぁホノカ。ちょっとその剣借りてもいいか?」
「だめっ」
「そこをなんとか……」
急に様子が変わった俺を不審に思ったのか、ユズハが口を挟む。
「一体どうしたのさ、ソウタ君」
「今俺、ダメージ受けた」
「ダンジョンエリアじゃないのに?」
「あぁ、数ダメージだから死ぬことはないと思うけど」
”安全であるはずの市街地でダメージを受ける”
それが如何に危険なことか、俺以外の三人は少し遅れて理解したようだった。
「それって……やばくない?」
「やばいね」
ユズハとフィリアが顔を見合わせる。
「それでソウちゃんは、まずペンライトを疑ったわけだ」
冷静に今の一幕を見ていたミユの推理に対しては、静かに首を振る。
「一瞬疑ったけど、多分あれが原因じゃない。前にミユの工房の別の売り物でもダメージ受けたことあったからな」
「何それ初耳なんだけど!? じゃあ私が悪いみたいじゃん」
どちらの武器も、制作したのはミユだ。
「その疑いを晴らすためだ。ミユ、そのペンライトで俺を刺してみてくれ――と言いたいところだけど」
「えー今度はなに?」
ペンライトを貸してもらおうと、ホノカを呼ぼうとしかけたミユが若干怒りながら聞き返す。
「この中で短剣を扱えるのは俺だけなんだ」
「あぁ……私が刺される側なのね」
錬金術師のミユはもちろん、妖術師のユズハ、球体術者のフィリアの三人は短剣を装備することはできても、そもそもダメージが発生しない。
ここでホノカの職業が気になるところだが、今はとりあえず短剣に問題がないのかを調べるのが先だ。
「ホノカ、今の話聞いてたか?」
「わかった」
すっとペンライトを差し出してくる。それを受け取り、装備状態にする。
「よし、行くぞ」
「うん」
まるで注射を待つ子どものように目を瞑るミユの右手に、軽く短剣を刺す。
サクッ。
「うわー痛いよぉー。……って、減ってないよ?」
大げさな割に棒読みなリアクションを見せたミユは、自らのHPバーを見て我に返る。
「じゃあやっぱり……」
俺たちの視線は、未だに状況を飲み込めていないらしいホノカに集中していた。




