狭間と現実
間隔が空いてしまうと、色々と設定が間違っていることに気付きます。……というか、設定があやふやな感じが浮き彫りです。
その時の気分で書くのは止めた方がいいかもしれないです(反省)。
テフラが奇妙な声を上げているとき、異空間の外側入り口――現実世界では、インテリ顔をした作業服の男を中心に作戦会議が開かれ、それが実行に移されていたところだった。
「何とも興味深い! 仕掛けた爆薬は全て爆発したというのにこの岩……ここだけが無傷とは」
自らが仕掛け爆破させた余波をまともに受け、間の抜けた格好で地面に転がりながら、嬉々とした表情を浮かべているインテリ顔。……これはこれでかなり怖い。
ここは、ヘイズたちが異空間へ入った岩山の中心地。時はそれより三ヶ月ほど経過している。
周辺を取り囲んでいた岩山は粗方爆破で吹き飛び、見るも無惨な焼け野原と化している。丘の形も随分と変わったが、一ヶ所だけ、塚のように盛り上がっている。
「ちょっと博士さんよぉ! アンタがこの岩山を破壊してくれるって言うから高い金積んだってのに!」
一緒に吹き飛んだらしい強面の男が、爆音のようなだみ声を張り上げて怒鳴っているが、インテリ男の耳には入らないようだ。
爆発の中心から少し離れて円を描くように倒れている男たち。かなりの人数で、数えるのも面倒だ。怒鳴り声を上げた男もその中の一人だった。
インテリ男が開発したらしい爆弾で、発掘の妨げになっていた岩の塊を吹き飛ばしてもらおうとしていたのだが、結果は、先ほどの通り。綺麗さっぱり無くなるどころか、インテリ男の興味や探究心を駆り立てただけだった。
「全くだ! こちとら三ヶ月も前からこの不思議岩に悩まされてるってのによぉ」
むっくりと起き上がってぼやく巨漢。
そう、この不思議岩こそが、異空間への出入り口(の鍵)。ライアが開けた透明な扉は見えないが、レックスが手を突っ込んだ穴は塚の中心で健在だ。
周囲に張られた結界と、歪んでしまった時空魔法の影響で、近付いただけで弾き飛ばされてしまうのだ。その不思議岩を何とかしようと、日夜研究と実践的な実験が行なわれているのである。……半ば以上はインテリ男の趣味のような気もするが。
一方こちら、異空間内部。
悲鳴を上げたテフラを取り囲んで、コハクの背中で大騒ぎだった。
「どっ、どうなってんのさ?! ねえヘイズ、お姉さん! コハクのお爺さんっ!」
叫んでいるその声は、いつものテフラの声ではなかった。口調はそのままだが、少し低い。
「お、お前っ、えっ? テフ?!」
珍しくヘイズが慌てた声を出す。ライアも驚いた顔で見つめている。その先にいたのは、紛れもないテフラなのだが……。
「何でこんな……」
「でかくなってんだ? お前っ」
「あらぁ、成長期だったのね?」
「多分違うからっ! でもどうなってんの?」
……取り敢えず、ひたすら大騒ぎだった。
『ふぉふぉふぉ……すまんの、この先精霊本来の力があった方が便利かと思うての』
大騒ぎする一同に、やたら暢気な声色で説明するコハク。だが説明にはなっていない。
「ふーん……これで僕の本来の力っていうのが出るの?」
テフラは自らの手を眺め、全く納得していない声色。その声すら、いつもの自分のものではないので、居心地が悪そうだ。
……テフラは今、ヘイズと同じ位のサイズに急成長(?)している。ヘイズよりも少し背は高いかもしれない。全体的に線は細く、やや華奢な印象はあるが、その姿は立派な青年だ。
犬のような耳と尻尾は変わらないが、毛玉のようだった彼の両手は、がっしりとした男の手。ただし、獣じみている。翼のサイズも大きく、毛が中心になっていたものが正羽に取って代わり、鳥のそれのように優雅に羽ばたいている。
『力を出すにはそれなりに集中力や経験も必要じゃろうが、お主には相棒がついておろう? 思う様動いてみるがよいぞ』
コハクの背を離れて、正面から老ドラゴンに向き直る青年テフラ。二人の会話を聞いていたヘイズとライアも、互いに頷き合うと彼の背を離れる。
この不思議空間、慣れてしまうと自分の居場所を自在に操ることもできるらしい。直感でそれを実践してしまうあたり、彼らは普通ではなかった。
……一人完全に取り残されているレックスは、それでもしっかりと仔ドラゴンを抱え、器用にコハクの背にしがみついている。かろうじて上げた顔を巡らせて、情報収集を試みている。
「さて、そろそろ私の出番かしら」
優雅な仕草で宙空を漂ったまま、ライアは目を閉じる。
「コハク、レックスを頼むな」
『うむ、任せておけ。主らも頼むぞ?』
「ああ」
軽く頷くヘイズの顔は、いつもの不敵さと自信を秘めている。
異空間に、一陣の風が吹き荒れる。
次の瞬間一同の前に現れたのは、てらてらと濡れたように黒く艶めく美しいドラゴンだった。コハクよりも一回りほど小さいが、それは紛うことなくライアの本来の姿だ。
全身を覆う漆黒の鱗は、鋼のように硬いが不思議と波打つしなやかさを併せ持つ。
『さあ、いくわよ!』
ライアが大きく首を巡らせると、それを合図にヘイズはライアの背に乗る。
ライアが大きく口を開ける。――音のない咆哮。
咆哮は光を導き、混沌となっている空間の中心部を貫く! 光の帯が螺旋を描き、視界を覆う。
「レックス! ちゃんと見てろ!」
「えっ?」
ヘイズがライアの背からレックスに声をかける。ライアの変身からこちら、驚きのあまり何度目かの茫然自失状態だったのだが、ヘイズの鋭い声に我を取り戻したようだ。
「へ、ヘイズさんっ! ぼぼ僕はどうしたらいいんでしょうっ?」
レックスは仔ドラゴンを抱きコハクにしがみついたまま、気丈にもヘイズに問いかけた。
このまま異空間の玄関口を破壊し現実世界に戻れば、二頭の巨大なドラゴンと精霊、そして自分が抱える仔ドラゴンが、発掘現場にいるだろう大勢の目に触れることになる。
自分以外はどこか違う次元に生きていそうな非常識な者ばかり。ごくごく普通の生活をして、ごくごく普通の人間であることを嫌でも自覚させられたレックスだったが、事ここに至り、ようやく己も事態に参加しようという気になったらしい。何が出来るか分からないが、その心意気は褒めても良いだろう。
『レックス、あんただけなのよ?』
「え? どういうことですか? ライア様っ」
「『様』って……」
ヘイズの呆れ声は取り敢えず無視しておこう。
『あんただけなのよ。普通の人間は、ね』
『そうじゃ。これから戻る世界に居るのは、大勢の人間どもじゃ。お主の声だけが民に届くのじゃよ』
ライアとコハクの声が、不思議な響きを持って空間に漂う。光は空間を支配しつつある。
「俺たちの分野じゃないからな、お前に任せるよ」
「……は、はいっ! 上手くできるかどうか……自信ないですけどもっ!」
「それでいい、心の準備だけしておけよ。ま、あんまり時間もねーけどな。テフラ、お前は?」
「大丈夫! ヘイズがいるもんね!」
テフラの言葉に、皆が合わせて不敵に笑む。
光が溢れ、異空間が呑まれる……!
そこは、突然の出来事に見舞われパニックに陥った人間たちによって混沌の渦と化していた。だがその混乱もほんの一時だった。次の瞬間には、誰もが大地に縛られてしまったかのような奇妙な光景に変わった。
インテリ男を中心に、標的となっていた岩の塚が、中から溢れ出た光によっていとも容易く崩れ落ちたのだ。塚の跡から止めどなく溢れてきたのは、清く神々しいほどの光の奔流。
音もなく、一瞬のうちに発掘現場を覆う光。形を失った丘を包み込み、放射状に広がるそれは、風のように木々を揺らして遥か彼方の山をも越えてゆく。
混乱のただ中にいた者たちは、例外なく光の洗礼を受け、その場を動くことを許されなかった。
誰もが、塚のあった場所から視線を動かすことができない。
やがて勢いを緩める光は粒子となり、塚を中心に集まっていく。……徐々に形を変えながら、光によって大きく形成されたのは、二頭のドラゴンの姿。
光の粒子は、浮かび上がるドラゴンの傍らに、大きな翼を持った青年と、隻眼の青年、そして黒髪の青年の姿を作り上げる。黒髪の青年の腕にはもう一頭、小さなドラゴンが抱かれている。
光の中に浮かんだ彼らは色を取り戻し、人々が見上げる宙空に留まった。
「な……」
言葉にならない呟きが、どこからか漏れる。
「何だ……あれは……」
「ドラゴンだ」
「翼……天使か?」
呟いた声に触発され、徐々に人々の声が息を吹き返すように漏れ出てくる。
光と共に異空間から脱したヘイズたちは、未だ異空間の影響を受けて宙空に留まっているが、発掘現場に居合わせた者たちのど真ん中。もれなく全員の視線を集めている。
注目されることに若干の抵抗があるヘイズ以外は平気な顔をしていたが、いつまでもこのままではいられない。
かろうじて形をとどめている丘の斜面を背に、ゆっくりと地面に足を着けると、人々の視線も身体の向きもこちらについて回る。
コハクとライアが示し合わせたように首を巡らせると、同時に大きな咆哮を上げる。普段滅多にお目にかかることのないドラゴンが、同時に三頭。うち一頭は幼体。……この世の終わりとさえ思えただろう。
名に相応しく、深みを帯びた色のコハク。その容貌から、かなりの老齢であることは、一般市民にとっても想像に難くなかったはずだ。
濡れたような艶をしたブラックドラゴンは、人間界では『ドラゴン種族の頂点』とも言われる程、強く誇り高い。……『恐怖の象徴』と言ったほうが早いかも知れないが、この中で本来の彼女の姿を見た者はコハク以外にはいないだろう。人間の世界では伝説級なのだ。
ドラゴンに寄り添うように、翼のある青年・テフラとヘイズが佇む。ドラゴンを従えるように触れる様子は、神の使いをイメージさせられる。
彼らの中心に、幼いドラゴンを抱いたレックスがいた。両腕はしっかりと仔ドラゴンを抱き、地に着いた両足は揺らぎがない。
ライアを追って夢心地だった時のレックスの表情は、取り敢えず仕舞い込むことには成功しているようだ。こんな人数に注目されることなど、人生で初めての経験だろう。だがレックスは、意外にも人の注目を浴びることに動揺していなかった。……そこだけ、ヘイズに『勝った』と言っていいのかもしれない。
特にどんな計画を練ったワケもなく、ぶっつけ本番で挑む『仔ドラゴンを守ろう作戦』。どんな展開を迎えるにせよ、思いの外上手くいきそうな気がする。
お読み下さりありがとうございます。
ライアさんの一人称、『あたし』だったか『私』だったか……
↑取り敢えず書いてて気になったこと。




