空と祠
久々の更新です。
空の旅は長く続きませんが、この世界での冒険はもう少し続きます。
不定期更新ですが、どうぞ飽きないで下さいませ。
ヘイズ達を背に乗せたまま、物凄い早さで上昇する。直上からの風圧に、半ばコハクの背に押し付けれるような感覚だ。それでも、互いに互いの手や身体をしっかりと押さえ、それに耐える。
「お?」
「あら」
不意に顔を上げたヘイズに続いて、同じような顔をしながらライアも顔を上げる。
つい先ほどまで激しい風圧に目も開けていられなかったのだが、今ではその風が結界のような役割をしているのだろう。ヘイズ達はおろか、空を泳ぐコハクでさえ、風の抵抗は受けていないように見える。
『どうしたの? ……わあっ!』
ヘイズの背中にしがみついていた形のテフラだが、ヘイズ達がそろって顔を上げたのに倣って周りを見てみる。
……と。そこにはまさに夢のような世界が広がっていた。
『すごいねー! 綺麗だね! これ昔の世界なの?』
『うむ……ワシが眠りにつく為に作り出した幻想ではあるがのぅ……美しいじゃろう』
「ああ……まさに楽園、だな」
ライアは懐かしさに浸っているのか、とても声をかけられる状態ではない。彼女にしては珍しく、物思いに耽るように、コハクと、周りの景色を見比べている。
ヘイズの前に乗せてしまったので、彼らからその表情を覗き見ることは出来ないが、時折見せる横顔は、どこか憂いを含み、いつもよりも妖しい美しさだった。
レックスは恐る恐る辺りを見ようと顔を上げ、その妖艶な美しさのライアに目を止める。そしてそのまま固まったように動かなかった。
ライアが人ではないということを知ってからか、態度はそれこそ狂信者のようなものになってはいたが、ライアの今の美しさは、この状況と合わせても非常に美しく、この世の物とは思えない程だ。それは純粋に綺麗だと思う。……ヘイズでさえも。
やがてゆっくりと下降をはじめたようだ。風の結界が貼られているお陰で、不快にさえ感じる風は、自分たちには関係ないものになっている。
かなりのスピードで飛んでいたので、ここが何処なのかはもう既に分からないのだが、この場合、場所が分かってもあまり意味をなさないだろう。
『そろそろじゃぞ……見えるかの?』
身を乗り出して、コハクが鼻先で示す場所を目で追ってみる。
「あれか……」
『見えるのへイズ?!』
「ヘイズ、目だけは精霊より良いのかもね」
「だけってこたねーだろ……」
ヘイズがぼやいている間にも、ゆっくりと旋回しながら目的の場所へ近付いて行く。
「あ、あれですか? 何か石の祠のようなものありますよ?」
いつの間にかライアから目を離していたレックスも、それを見つける。
彼が言う『祠のようなもの』は、間違いなく祠だった。何を崇めるためのものか、それは容易に想像がついた。……あれがコハクの寝床なのだろう。正確には、その入り口。
『ふむ、正解じゃ』
満足げに言うと、ゆっくりとその前に降り立った。着地もあくまで柔らかく、乗っている人間達の衝撃とならないように。
真っ先に降りて、ライアの手を引くのは、やはりヘイズだった。続いてテフラが飛び降りて、定位置(ヘイズの頭の上)にちょこん、と収まる。何とか自力で降りようとして失敗に終わりそうだったレックスには、やはりヘイズが手を貸す。
目の前にあった祠は、ごくごく普通サイズ。
海を隔てた別の文化を持つ人々ならば、ここに石で作られた像などを安置して、祈りを捧げる場になっている……と、ヘイズは昔の記憶を引っ張り出していた。
コハクサイズのドラゴンが収まるとなれば、この祠があと数百は必要になる……そんなサイズだ。
『ふぉふぉふぉ……これは単なる目印でなあ』
「目印?」
聞いたのはヘイズだ。……彼の考えを読まれたような、絶妙な回答だった。
『同じ種族であれば開けられるはずじゃが……』
「分かったわよ、私が開ければいいのね?」
溜め息とも気合いともつかない吐息を一つついて、ライアは前に扉を開けたときのように片手を祠にかざす。そして聞こえる。不思議な旋律を伴って、歌うような声が響く。ドラゴン特有の術式というヤツだ。
遠巻きにそれを見ていたヘイズ達だが、ヘイズの後ろに居たレックスの表情に変化があったことには誰も気付かない。
ごぐぐぅうぅううぅぅぅぅんん……
低く腹に響くような音に続き、祠が開いて行く。文字通り、箱のように。天蓋に当たる部分は柔らかな光と共に消え、側面は箱を解体したときのようにその中に入っている物を露にする。
「綺麗だな……宝玉ってやつか?」
ヘイズはそれに触れることなく、コハクに問う。
『うむ。こいつは鍵のような役割を持っていてな……どれ、見ておれ』
おもむろに宝玉に近寄ると、その巨大な顎で噛み砕いてしまわぬよう、慎重にくわえる。これまでヘイズ達に視線を合わせようと、その顔を地面すれすれまで下げていたコハクだったが、今度はそれを高く、彼にとっては正常な位置へと掲げる。
『あれもさっきみたいなやつなんだね? ほら、お姉さんがここに来る時にやったヤツ』
「ああ、成る程な」
「うちの師匠ったら、似たような仕掛けしか作らないのかしら。ま、ボケちゃって忘れるよりはマシだわね」
『聞こえておるぞ、ライア』
「まだボケてないし、耳も大丈夫そうね!」
『うむ……まあ、死んどるからな』
あっけらかんと宣った。彼らくらいになると、人間の死生観というものは通用しないのだろう。
先ほどから黙っているレックスが気にならないこともない。が、やはりちょっとは気にかけておいてやろうか……そう思って振り返ったヘイズは……嫌なものを見た。
いつにも増して夢心地で何処を見ているのか分からないレックスの目が、ライアと、そしてなんとヘイズを交互に見ていたのだ。ヘイズのことをライバル視し、話すら全く聞こうとしていなかったのに……この僅かな間に、彼の心境に恐ろしい変化があったに違いない。
『さて……これで……』
言いながら(宝玉を加えたままなのに普通に話しているが……)コハクは空のある一角にそれを安置する。宝玉が浮いているように見える。
「また扉が開いたりするのか?」
レックスから目を逸らしてヘイズが問う。
『いや……これは鍵と言っても封印の鍵なのじゃよ』
「封印の鍵? 何が封印されてるってんだ?」
『ほっほ……まあ急くな……ほれ』
コハクの言葉が鍵だったようだ。
コハクがぐっとその首を反らせると、一瞬だがまばゆい光が溢れ出し、一時的に視覚を奪う。
全員が光の衝撃から立ち直ったとき、そこには……。
誰もが目を疑い、言葉を失った。
こんもりと積み上げられるように生い茂る植物群。中央は凹んでおり、周りの植物は中央にあるそれを守るように、茂っている。
ヘイズ達の世界では、すでに見ることも叶わない種類の植物だ。時に柔らかく、時に強く、中に踞っているものの生長を見守るように。
彼らが背伸びをしてようやく目にすることが出来た、植物の中央。そこには、琥珀色の鱗に覆われた、コハクと全く同じ形をした、小さなドラゴンが息づいていた。
『こ、これって……』
飛びながら小さなドラゴンを観察していたテフラが、何とも不思議な声を出す。
『ふむ、ワシの曾曾曾曾……孫じゃな』
どうにも照れくさそうに、この好々爺は言ってのけた。
「ドラゴンの生殖機能についての研究が出来るな……」
ヘイズがぼやくとコハクが物凄い勢いで食いついて来た。
『そうなんじゃ! ワシら……というか、ワシはすでに死んどるから何の影響もないのじゃ……じゃが、これから世界に羽ばたくガキを人間共に渡す訳にはいかん! それだけは断固阻止しなければならんのじゃ!』
急に熱が入ったコハクを宥めるように、顎の付近を撫でてみるヘイズ。内心では(犬じゃねーんだから)などと自分に突っ込んでいたのだが、意外にもコハクは落ち着きを取り戻した。
『すまん……』
「いいって。……要は、このコハクの子孫であるドラゴンが人目につかないようにしてくれってことなんだろ?」
コハクは、答える代わりに大きく頷いた。
『じゃあどうするか、作戦会議だね!』
いつものように能天気なテフラの声が響き渡る。
そう、作戦は重要だ。
外の様子を見て来て分かったことだが、発掘現場にいるような輩に、万が一にでもこの場所が発見されることはないだろう。しかし、発掘を進めるうちに考古学者だの地質学者といったインテリが呼ばれる可能性もある。偶然が重なり、コハクが作り出したこの秘境ともいえる穏やかな空間が見つかる可能性も、ゼロではないのだ。
『ふむ……偶然だとは思うのだがな、かなり近しい場所にまでやってきておる輩がおるんじゃ。奴らがこの付近を爆破させようとしているらしい』
コハクの言葉にぎょっとした表情を見せる。
ドラゴン種族特有の術式がなければ、この場所に来ることは不可能だ。
しかし、術式は場所を限定している。
ヘイズ達が入って来た入り口がそうだが、レックスが腕を突っ込んだあの穴が無ければ、ここへは来られない。その逆に、それが無ければこの場所は永久に発見されないが、空間の狭間に取り残されてしまう。
目の前に居る仔ドラゴンは、コハクと違って生きている。これからヘイズ達と同じ世界へ旅立つ存在だ。彼を次元の狭間に取り残すことになる。
命ある者をそんな場所に放り出すことはできない。
ならば、どうするか。
ヘイズ、テフラ、ライア、そしてコハク。一応、レックスも頭数に入れておく。寄らば文殊の知恵。二人多い分、いくらか良いアイディアがでそうな……気がする。
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