エピローグとプロローグ
時間が空いてしまいましたが、これでN-G番外編も終幕です。
一連の出来事から一日と少し。『ドラゴンの丘』を下りたヘイズとテフラは、少しばかり賑わった小さな町にやって来ていた。
『ねえヘイズ、女の人の服が売ってるお店って、どんなとこ?』
ヘイズの頭の上から声だけが聞こえてきた。ヘイズは乗っかっている感触もあるから不思議でも何でもないのだが、今現在、テフラは人目を避けて姿を消している。一応道を行く人々に気を遣ってくれているのか小声ではあるが、答えるこちらのことはあんまり考えてくれていないのが困る。
『ねえってば!』
返答に困っているヘイズの頭から催促がきた。
「俺だって知らねーよ……俺が詳しかったらお前絶対馬鹿にすんだろ」
ふてくされたような声で答えるヘイズは、それでもライアの気に入りそうな服を探して店の看板やショーウインドウを眺めつつ歩みを進める。
「お前の目から見て、アイツに似合いそうなのあったら教えろよ」
『うんっ!』
対照的に明るく元気な声が答えた。
* * *
「ホントに買うの? 僕の服を? ノイズが?」
疑問連発、加えて不安と疑いの混じる声で、ルシアが前を歩くノイズに捲し立てている。
「当然じゃない。確かにあたしみたいな格好は似合わないかも知れないけどね、ちょっとくらい女の子らしくしたってバチは当たらないわよ」
「女らしくないからってバチ当てる神様なんか知らないよ……」
ぶうぶう文句を垂れながら、二人はいかにもお洒落な女性が好みそうな様相の店内へと足を踏み入れた。
店内には先客が数人。殆どが若い女性客なのだが、その中に一際目立つ風貌の男が一人。長い銀髪を一つに束ね、片目は前髪で隠れていて見えないが、見るからに優しそうな左目が印象的だ。その青年が店員に捕まってオロオロしている。
「あらあお兄さん、彼女さんにプレゼントなの? どんな人? 年上? 年下? 色はどんなのが好みなのかしら?」
矢継ぎ早に繰り出される質問。答える隙も与えてくれない。
青年の頭の上には姿を消した精霊もいるのだが、店員には当然ながら見えないし、店員の剣幕に押されて縮こまっている。
「いや、えっと……」
分かりやすく狼狽えるヘイズを見かねたノイズが、助け舟を出した。
「ちょっとお姉さん、お兄さん困ってるじゃないの。マシンガン止めてあげなさいよ」
「あらノイズさん、いらっしゃい! 後ろの子って、ひょっとしてルシアちゃん? 聞いてたよりも可愛らしいのねぇ」
恐ろしく切り替えの早い店員は、ヘイズからノイズへ、そしてルシアへと興味と口先の方向を変えた。
どうやら、ノイズの行きつけの店のようだ。勝手知ったる店内、ノイズは軽く店員を追い払うようにすると、手近の服に手を伸ばす。店員が別の客のもとに向かったのを確認すると、ちらりとヘイズに視線を送る。
「……助かったよ」
心底ほっとして、ノイズに礼を言うへイズ。こういう店に一人で来るのが恥ずかしいのか、入ったは良いが困り果てているという状況だ。
「プレゼントに服? サイズは分かってるの?」
「まあ、一応。大体のサイズしか教えてくれなかったんだけどな。店員に見せるのは構わないが俺には見るなと言われてる。あんた店員じゃなさそうだけど、良ければ協力してくれないか?」
ヘイズの申し出に、一瞬きょとんとした表情をしたノイズだったが、親切からか、単に面白そうだと思ったのか、快く引き受けてくれた。
「ちょっと待っててね、ルシア。この人の買い物が終わったら、ちゃんとあんたの服も見るから。……? どうしたのよ?」
さっきから黙り込んでいたルシアだったが、振り返ったノイズは、彼女の視線がヘイズの頭の上にあることに気付いた。それに気付いたヘイズはぎくりとしたが、ルシアが放つ雰囲気から、納得したようだ。
「自己紹介が遅れたな。俺はヘイズ。あんたの連れは見えてるかもしれないな……こいつはテフラだ。ワケあって姿を隠したままで悪いな」
「あ、ううん、ごめんなさい。僕はルシア。魔法使いだからかな、テフラ君の姿は見えてるよ」
「あら、そんなのがいるの? あたしも見てみたいけど、色々と面倒ごとになっても困るから遠慮しとくわね」
言って、ノイズも自己紹介を済ませる。……ここ一連の会話は、他の客や店員には聞こえていない筈。
「へえ……ドラゴンのお姉さんねえ……」
「スゴいね! ブラックドラゴンを仲間にしちゃうなんて!」
「いや……仲間にしたっつーか、ついて来たっつーか……」
ぽりぽりとこめかみを人差し指で掻きながら、片手はライアの好みそうな黒いワンピースを選んでいる。
事情は軽く説明してある。ノイズもルシアも、男性が一人で店にいることを茶化したりはしない。そんなことよりも、彼の仲間であるブラックドラゴンと精霊に興味津々だった。それでも、ヘイズとテフラから聞いたライアの容姿を想像し、似合いそうなものを探す。……本人を知らないので、殆どは勝手なイメージだが、ヘイズにとっては非常に助かる。
「うん、これなら納得してくれるかもな」
選んだ服を組み合わせ(アクセサリーまで選んでくれた)、マネキンに着せてみてからのヘイズの感想。
『綺麗だね! お姉さんに似合いそう!』
思わずテフラも可愛らしい声を張り上げる。
「ふふふっ……あたしの見立てに間違いは無いわ!」
腰に手を当て、満足そうに頷くノイズ。
見た目の雰囲気はこれまで着ていた服とあまり変わらないようだ。
全身をほぼ黒で統一し、赤と金を主体とした装飾が施されている。部分的な光沢使いが厭味なく、上品さを際立たせる。
基本的にライアは露出をあまり好まない。それは、今まで一緒にいたヘイズが何となく気付いていたことだ。故に、今回選んだ服もロング丈のスカート。ただし、深めのスリットが入っている。『動きやすいから』の一点張りでノイズが半ば強引に押し切った形だ。渋ったヘイズに助け舟を出したのはルシアだ。「細身のパンツとか合わせちゃったら? 短いヤツ」
ああ成る程、とこんな具合で試行錯誤を重ねた結果が、今目の前にある一式だった。
値札を見ずに選んだのだが、支払いは全てヘイズ。店を出る頃、若干涙目になっていたのは、見間違いではないだろう。
店を出る前、ノイズとルシアに礼を言って別れる。
「どうしたのよ? ルシア。ヘイズがどうかした?」
「え? ううん……別に」
「もしかして……惚れた?」
「ばっ、馬鹿なこと言わないでよ! ただ、どっかで会ったことあった気がしただけ!」
ヘイズに惚れたかどうかは知らないが、不思議な雰囲気を持つ青年だった、というのがルシアの印象だ。冒険を続けていれば、いつかまた巡り逢えるような気がしていた。
『良かったね、お姉さんに似合う服が見つかって!』
「ああ、助かったよ……俺の財布は瀕死だが……」
『? どうかした?』
「ん? いや……何となく、前に会ったことあるような気がするんだよな……魔法使いの子の方」
荷物を抱えて『ドラゴンの丘』に向かう道すがら、ヘイズは思う。
自身の右目やテフラの仲間を捜すのが本来の目的であるこの旅だが、いつも目的から逸れてしまい、余計な苦労を背負うハメになることが多々ある。……だけど、それも悪くない。
旅を続けていれば、色んな出会いがあるだろう。それが積み重なって、いつか自分が年老いたとき、笑って話せる思い出になっていることを願わずにはいられなかった。
ルシアとノイズは別作品『冒険者の住む町』から。
この話とはほぼほぼ関係ないとは思いますが、次に投稿するのは『冒険者〜』なので、N-Gとちょっとだけ繋げてみました。自分の作品だからこそできる空間操作。
ここまでお読み下さってありがとうございました。
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