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2.出会う

予想通り遠目に見えた川はそこそこデカかった。

目算で3mくらいの幅がありそうだ。流れる水量も豊かでサラサラと流れている。


川辺に着いてまず水鏡で自分の顔を確認してみたが

森の中で周囲が薄暗い上に、川の勢いもそこそこあって水面を覗き込んだ俺の目に映ったのは

『ああ、女の子なんだろうな』と認識できる程度の映像だった。チクショー。


今も川辺に沿うように俺は歩いていた。体感だがかれこれ20分くらいは歩いてる。

川辺ということもあり地面はかなり湿っていて、既に靴下はドロドロだ。

穿き心地は最低。めちゃくちゃ気持ち悪いんだけど、水を吸ったお陰で肌に張り付き歩きやすくはなっている。なんとも皮肉な話だが。

スラックスを抑えて歩くのにも慣れたしな。かなり順調と言えるはずだ。


「……けど、なんでこうも遅いかね」

ぽてぽてと歩きながらオレはうんざりと溜め息を吐いた。

溜め息の理由はなんてことはない。俺の歩くスピードがあまりにも遅すぎるからだ。


俺としては普段通りに歩いてるつもりなんだが、今の細っいチビっこな身体は

まるでスローモーションのようにジリジリとしか前に進まない。


『いつも』の感覚で身体を動かしてんのに、『いつも』のように動かないっていうのは

かなりストレスが溜まる。この身体マジで使えねぇ……。


とはいえどんなに身体能力が壊滅してようと、今は歩き続けるしか選択肢はねぇんだけどな。

森を抜けるのはいつになるのやら…。・

暗澹たる気分で足元を見ると、下草に紛れて小さな黄色い花が目に入った。


「花か」

足を止め花を見つめながらつぶやく。花なんてこの森で初めて目にしたからだ。

花の咲いている周辺をよくよく見ると、木々の間からたくさんの木漏れ日が降ってきている。


そういえば最初に転がっていた場所に比べると、このあたりは周囲が明るいな。

周囲を見渡せば相変わらず木ばっかりだが、若干生える密度が薄くなっているようだ。


森なんてもんは奥まるにつれ木が密集し、暗くなるもんだろうし

現状を見る限りでは、順調に森から出てるってことなのか?

だとしたらこれほど喜ばしいことはない。


「これは案外簡単に森抜けれるかもしんねぇな」

ニヤリと口角を上げて笑う。現段階では捕らぬタヌキの何とやらだとわかっているが

ついつい森を抜けた後の展開を期待して顔がニヤけてしまう。


「もうひと踏ん張りだ」

この先にあるであろう森の出口を想像し、ニヤけた顔のままオレは

再び歩きだそうとして――


右足を持ち上げた瞬間、左膝からカクリと崩れる。

重心を失った身体は重力に従って崩れ落ち、尻餅をつく格好で地面へと倒れ込んだ。


「ん?」

何が起こったんだ?

我が身に起こったことなのに突然すぎてよくわからない。

強いて言えばヒザカックンを受けたときの感覚に似てたように思える。

抵抗する間もなく左膝から崩れおちた。


ってか誰もいねぇ森の中でヒザカックンって……。

後ろを振り返ってみたが当然何もないし、誰もいない。いるわけがない。ここには俺一人しかいないんだ。


「いったい何だって……」

背後の確認を終えゆっくりと前に向き直る。ダラリと投げ出された両足を見てオレは言いかけた言葉を飲み込んだ。


け、痙攣してやがる……。

スラックスの上からでは判りにくいが両足が震えていた。

疲労に耐えかねたかのようにブルブルと小刻みにだ。

信じられないものを見る目でオレは両足を凝視し続けた。


だってありえねぇ。足を酷使した記憶はない。

やったことといえばスローモーションみたいなスピードでたかだか30分程歩いただけだ。

ってことはつまり――


歩いただけでこんなになんのか?今の俺は……。

これは凹む。マジ凹む。


不思議なことに疲れているという実感はない。

通常運動し続けると筋肉に乳酸がたまり疲れで動かせなくなってくる。

それでも気合いで動かし続けると、運動を止めた後に膝が笑ってしまうことがある。

それこそ筋肉の限界で、それ以上は動かそうとしてもガクガク震えて力が入らなくなる。


確かに歩いている最中は平気だった。

きっとこの足の痙攣は一度立ち止まった後に歩きだそうとしたから起こったんだろう。


だとしたら流石に呆れる。

繰り返すが、別に疲れてはいないんだ。


つまり俺の両足は疲れを感じる前に限界を迎えちまったってことだ。

どれだけ虚弱なんだよこの身体は……。


「色々解せないことだらけなんだが……」

とはいえこんなところで座ってるわけにもいかない。

幸い疲れは溜まってないんだからまだまだ歩ける。立ち止まると痙攣するのなら歩き続ければいいだけの話だ。何も難しいことはない。


両手を地面につきガクガク震える足でバランスを取りながら立ち上がる。

立ち上がった瞬間、数歩たたらを踏んじまったがなんとか踏みとどまると小さな歩幅で1歩踏み出した。

そこから徐々に歩幅を大きくしていき5歩目からは普通の歩幅で歩くことができた。



☆.:*:・' .:*:・'゜☆' .:*:・'゜☆' .:*:・'゜☆'



進むにつれ木の密度が下がり、周囲が明るくなっていく。

先ほど見つけた花もそこかしこで咲いており、時折吹く風までも爽やかに感じる。

相変わらずのスローペースだが足もちゃんと動いている。


「いい傾向だ」

こんな訳わかんねぇ状況だけどな。口に出す気が起きなかった余計な一言を心の中で付け足し

自嘲気味に笑う。と、俺の視界の端に大きな小屋のようなものが映った。


「小屋だ……」

思わず立ち止まると見たまんまのことをつぶやく。

我ながら馬鹿みたいな発言だと思うが自然と口からこぼれちまったんだからしょうがない。


足を止めてしまったため今度は右膝からカクリと崩れようとしたが

さっきの経験のおかげかバランスをとり踏みとどまる。そう何度もコケてたまるもんか。


木々の隙間からちらりと覗くその小屋らしき建物へ歩き出す。

全貌が見える位置まで近づき、改めて見つめると思った以上にしっかりとした造りをしており荒れたところは全く見当たらない。少なくとも廃屋じゃなさそうだ。


証拠に小屋の中に人がいる気配を感じる。

『気配がする』なんて我ながら胡散臭い直感だが、これに関しては不思議と確証が持てた。

根拠も何もなしに確証とか我ながら胡散臭いが、あの小屋の中には誰かいる。間違いなくだ。


小屋はポツリと1件だけ建てられており周辺に他の建物はない。

本心ではすぐにでも訪ねて行きたいところだが、現状を考えると少しためらってしまう。


まずは俺が一人きりだということだ。

ここがどこかわかんねぇけど、少なくとも大自然の森の中。スゲェ辺鄙な場所だ。

そこに少女が一人で訪ねてくるというのはおかしな感じがしないだろうか?


次に格好だ。

女の子が男子高校生が着るような制服を着ている。サイズも全くあってないしさぞかしおかしな格好に見えるだろう。

何をどう取り繕っても不審人物にしか見えない気がする。


さらに小屋の中にいるのは悪いヤツだって可能性もあるわけで……。

いや、これは考えても仕方ないことだな。考えないようにする。

『悪いヤツがいるかもしれないから小屋は無視して先へ進もう』なんて選択肢はどのみち取れないんだから。自殺行為すぎる。


「とすると、どういったスタンスで訪ねたもんかね……」

オレはガシガシと髪を掻きむしった。せっかく苦労して巡り合えたのだ。

できるなら不審者として扱われるのではなく、友好的に迎えて欲しい。


迷子のフリでもするか?

いやいやそもそもこんなところで迷うこと自体異常だ。


じゃあ誘拐されて命からがら逃げてきたとか。

もっとダメだ。そんなことを言えばきっと大騒ぎになる。事を荒立てたいわけじゃない。


しばらく悩んでみたが、よい考えなんて浮かぶはずもなかった。掻きむしる手を止め思わず苦笑する。

当然か。今の俺には判断を下すための情報が圧倒的に足りてないんだ。


把握しなければならないことは山ほどある。

なんたって今立ってる場所がどこなのかすら分かってねぇんだからな。


グルグルとつまらないことを考えている間に随分と小屋の近くまで歩いていたようだ。

すると突然小屋の中から「ハハハッ」と笑う男の声が聞こえ、俺は思わず足を止めた。


これはラッキーだ。

カクリと崩れそうになる膝に辟易しつつしばし耳を傾ける。


話の内容まではわからなかったが、2人の男が会話してるらしいということはわかった。

時折人の良さそうな笑い声が聞こえてくるあたり物騒な会話でもないだろう。

雰囲気から察するに悪いヤツらではなさそうだ。


これなら大丈夫か……?

ドアの前まで進むと俺は勢いよくドアをノックした。

すると聞こえていた会話が止まり誰かがこちらに近づいてくる気配がする。


こちらに近づいてくるコツコツという足音を聞きながら俺は考えた。

まずは情報が欲しい。当たり障りのない情報で構わないのでまずは情報だ。


ここはどこなんだ。これは是非とも聞き出す必要がある。

なんで俺は女になってんだ。これはダメだ。いきなりこんな事を聞いたら白い目で見られるに決まっている。いや、むしろ今の姿なら少女の妄想として生暖かい笑顔を返されるかもしれねぇな。


もちろんこのままの姿じゃマズいってのは自覚してる。これは俺の姿じゃないからな。

いずれはどうにかしねぇといけない問題だけど、でもそれは今じゃない。


今の俺は少女だ。

出来る限り友好的に接してもらいたかったら、少女らしい立ち振る舞いを心がけねぇとな。


ついにドアノブがガチャッと音を立てて回ると

ゆっくりとドアが開いていく。


……せめて余計な警戒心を与えねぇように口調にだけは気をつけねぇとな

第一印象は肝心だ。まずは愛想よく笑って挨拶だ。


やがてドアが完全に開かれ大柄な男が姿を現した。

俺は出来る限りの笑顔を貼り付け男の顔を見上げる。


こんにちは――

あとは可愛らしく挨拶して頭を下げればよかったんだが、俺は実行できずにいた。

より正確に言うなら男の顔を見つめたまましばし固まってしまった。


男の方もキョトンとした表情でこちらの顔を見つめている。

言葉こそ発してはいないが、こんな場所に女の子が一人でいることに驚いているのだろう。


しばし男と見つめ合う。

ジッと見つめる視界の先の『ソレ』がピクピクッと動いたのを見て


「想定外だ……」

挨拶することも忘れ笑みを顔に貼り付けたまま俺はボソリとつぶやいた。


先ほど小刻みに震えた『ソレ』――

男の頭から生える犬のような耳をみつめたまま。


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