第1話 「朝の神社」
魔法は誰よりも苦手。それでも、人として大切なことは、お師匠様から誰よりも教わってきました。
この物語は、そんな最弱の巫女見習いが、少しずつ世界を知っていく学園ファンタジー。
夜明け前の静けさは、昔から好きだった。
村のみんなが眠っている時間。
神社だけが、一日で一番穏やかな空気に包まれる。
朝。
東の空がわずかに白み始める頃、私は竹ぼうきを手に境内へ出る。
朝露に濡れた石畳をさらさらと掃き、風に集められた落ち葉を一つずつ籠へ入れていく。
鳥のさえずりだけが、静かな神社に響いていた。
本殿の前で姿勢を正し、二度柏手柏手を打つ。
静かに目を閉じると、朝の澄んだ空気が胸いっぱいに満ちていった。
「今日も皆さんが穏やかに過ごせますように。」
そう言って今日のお茶を淹れようと台所へ向かう。
私はいつも通り、両手を添え、息を整える。
ほんの僅かな魔力を逃がさないよう、そっと包み込む。
「……」
指先に、小さな火が灯った。
勢いはない。
けれど揺らぎ一つなく、静かに燃え続けている。
普通ならもっと簡単に火は灯る。
私は何度も魔力を整えなければ、小さな火一つ生み出せない。
そしてその火で作った緑茶を縁側で飲んでいるとよく参拝に来てくれるおばあさんが今日も来てくれる。
「腰の調子は良いですか?」
「昨日もらった湿布草が効いたよ。」
「それは良かったです。」
「セリアちゃんは本当に気が利くねぇ。」
そんな世間話をしてから、そろそろお師匠様が起きる時間というのを思い出し、挨拶をしてその場を去る。
「お師匠様、お茶です。」
そういって部屋に入りつつそっと湯呑を置く。
「うむ。」
湯呑を受け取ると、一口。
「今日も美味い。」
「お前の淹れる茶は本当に落ち着く。」
「ありがとうございます。」
自然と頬が緩む。
お師匠様に褒められるのは、いくつになっても嬉しかった。
「……そうじゃ。」
「はい?」
「外を見てこい。」
あまりに素っ頓狂な声を漏らし、首を傾げて目を真ん丸にしながら聞き返してしまう。
「…あぁ、田んぼですか?まだ収穫の時期ではないですよ…?」
「更に外じゃ。」
「村の外れですか?」
「もっと外じゃ。」
「街でしょうか?」
「もっと外。」
「……」
私は首を傾げる。
どこまで行けば"外"になるんだろう。
「学園じゃ。」
「がくえん…?」
「もう15じゃからのぅ。そういう青春というのも味合わねば人生とは面白みに欠けるものじゃからのぅ」
私はぽかんとした何とも情けない顔をしながら首を傾げる。
「あ、あのー…でも費用とかは…」
「そこは気にするな。我が何とかしよう」
(……ん-…修行の類なのでしょうか…)
少し考えた後
「わかりました。では学園に少しばかり行ってきますね…?」
「うむ。たった3年じゃ」
「お使いとかのお出かけじゃないんですか?!」
ついツッコミを入れてしまった。
私はお辞儀して今日の庭の水やりをしにいく。
「…村を離れるなんて考えたこともありませんでした。」
「…ん-……。でも、お師匠様がそう仰るなら、きっと意味があるのでしょう。」
修行の一環という思いを胸に、その日はあまり考えずにいました。
そうして気が付けば出発の日は、あっという間にやってきた。
…学園に向かう当日になってしまった訳ですが…。
「はい、持っていきな。」
そういって干し肉を。
「向こうで頑張ってちょうだいね!」
そう言って子供が認めた手紙や野菜を。
手紙を開くと
下手な字で
セリアおねえちゃん がんばって
「うぅ…こんなに…」
「三年なんてすぐさね。頑張っておいで、セリアちゃん」
「ちょっとの間離れるけど、元気でね、セリアちゃん!」
「セリアお姉ちゃん、学園頑張ってねっ!」
「あ、はい。じゃあ行ってきますね?」
お師匠様が最後に
「うむ。なぁに、セリアならば大丈夫じゃ。ほれっ」
そう言ってお守りを投げ渡してくれて、「わっ、とと」と受け取り、そっと懐に入れる。
「はいっ…!」
色々と村のみんなからもらった物を詰めた荷物を肩に担いで、学園の方へ向かう馬車の発着場がある場所へと向かおうとする。
「…うむ。行ってこい。」
その言葉はセリアには伝わらない、微かな声で空気に溶けていく。
私は一度だけ村を振り返る。
いつもの神社。
いつもの鳥居。
いつもの景色。
三年…。
長いのか…短いのか…。私にはまだわからない。
それでも。
お師匠様が見てこいと言ってくれた世界を、ちゃんと見てこよう。
そう信じて、私はゆっくりと馬車へ歩き出した。




