二〇章 1世紀 5
短くてすみません
中田は、五秒ほど言葉もなくその顔を見つめ続けていた。
その澄んだ横顔、慈愛の満ちた瞳。これほど清らかな男が、なぜユダの裏切りと非難の末に、あのような最期を迎えねばならないのか。
(……いや、感傷に浸っている場合じゃない。俺がここにいるのは、歪んだ歴史を直すためだ。まず状況を整理しなきゃならない)
中田は不自由なユダの身体の奥で、必死に思考のギアを回し始めた。
次に解き明かすべきは、現在の正確な「歴史的時間」だ。
今、イエスとユダが出会ってから何年目なのだろうか。イエスの活動期間はわずか三年ほどだと言われている。
もし出会ったばかりの初期段階なら、まだ立て直すチャンスはいくらでもある。だが、もしすでにイエスの処刑が差し迫る「最後の数週間」なのだとしたら、状況は絶望的だ。
(最悪なのは、ユダとしての俺が、すでに権力者への『告発』……つまり、銀貨三十枚でのイエスの売却取引を済ませてしまっているケースだ。それだけは、それだけはまだであってくれ……!)
現代の知識を総動員し、ユダの記憶の残滓をすくい取ろうとするが、現在の状況を示す明確な情報は得られない。ただ、身体は相変わらず自分の意志とは関係なく、前を歩くイエスの後ろを静かに追いかけて歩き続けていた。
中田がそんな焦燥に満ちた思考を巡らせている間、前方を静かに歩いていたイエスが、ふっとその歩みを止めた。
周囲の喧騒はいつの間にか遠ざかり、そこはエルサレムの片隅にある、砂埃の舞う静かな路地裏だった。
簡素な石造りの家々の間に、一本の古びたオリーブの木が根を張っており、その優しい木陰が心地よい涼しさを作り出している。
どうやら、彼らの目的地に到着したようだ。
イエスはオリーブの葉が風にそよぐ音に耳を傾けるように立ち止まり、ゆっくりとユダ(中田)の方へと振り返った。その穏やかな瞳が、中田の張り詰めた魂を優しく見つめていた。




