執着/愛着(10)
最後の一粒を飲んで悠人はほっとため息をついた。
一人取り残された純一の部屋にいても今は何も不安にならない。
もちろん、この部屋自体が彼の匂いに満たされていることもあるし、先日作った香水を手元のブレスレットに仕込んであることもある。
自分の服を持っても来ていたが、純一に手渡された彼の服を着て部屋で過ごしていた。
それが心地よく安心する。
薬のおかげもあってヒートになってしまった当日を除けば理性的であった。だがそれも波がある
だが純一はやはり良い匂いがすごいした、といつものように目を細めて微笑んだ。
大きな目を細めて笑うのは、純一の昔からのクセだ。そういう風に笑うのが彼だし、別段なにもおかしくはない。
だが今はあの瞳に見つめられると、じくじくと胸の奥から苦しくなる。締め付けられるような感覚は息の根さえ止められそうだ。
唇に触れて悠人は視線を泳がせる。
思い出しただけで、側に純一がいないことが信じられないぐらい辛く感じた。
飲み終わった薬の殻をゴミ箱に捨てて、溜息を吐く。
冬真が用意してくれていた薬は五日分だった。身体の異常は三日もすれば落ち着いたが、念のため飲んでおけと純一にも言われてすべて飲みきった。
三日目に、どうしても打ち合わせに行かなくてはいけないと純一は渋々昼過ぎに家を出て行った。
その時はさすがに一人で居るのがつらくて、ほんの数時間だったがずっと寝室にこもって丸くなっていた。純一が帰ってきたのは物音以上に匂いで分かり、すぐに身体が熱くなって驚いた。
戻ってきた純一はその時もやはり、目を細めて微笑み、見つめた。
満足げに、満たされたように。
彼も悠人と同じように、離れている間は満たされていなかったのだと気づいた。
四日目には一人で留守番をしても平気だった。
やっと平常に戻ったと正直ほっとして、まだ少し痛む喉をいたわるように飴をなめたり紅茶に蜂蜜を溶かして飲むことをした。
仕事を休んでいる間、晴樹には今度礼をしなくてはならないだろうと考えてメッセージを送った。
だがなぜ晴樹が埋め合わせをしているのかと問うたら、冬真は「暇そうだったから」とメッセージと爆笑するスタンプを寄越した。
暇、なのだろうか。
彼は彼で仕事があるはずだがと問えば、気分転換に外で働くのは悪くないとのことで了承したのだという。
やはり今度、礼をしなくてはいけないと思う。
純一の部屋ですごすのは心地良かった。他の匂いがしない。今一番ほしい匂いだけがある。
この部屋自体がまるで巣のようで安心する。
薬を飲みきった今ならば、この部屋を出ようとすることは容易い。だがヒートの只中にあったときは、この部屋から出るなんて恐怖でしかなく、考えることすらなかった。
薬を飲み、落ち着いていて、香水を作ろうと出かけた時でさえ、帰宅したらどっと疲れていたのだ。
シャツを掴んで鼻を近づけた。すんと嗅ぐと、嗅ぎ慣れた純一の香りがする。
認めてしまえば、ずっとこの香りだけを求めていたと思える。あの時からずっと。
自分はそれでいい。
それがいい。
このままずっと側にいてくれればいい。
あの細めた瞳で見つめてくれるなら文句はない。
だが、彼は本当にいいのだろうか。
ふと頭を擡げる不安は、そもそもの悠人の性質みたいなものであり、今さら簡単に拭える不安ではない。
しかしそれでも、過去の話をしたときの様子を思い出すと、少しずつ不安は鳴りをひそめていく。
話しているとき、純一の奥にある感情はいつもと少し毛色が違ったように思えた。
後ろから抱かれた時、それまであった甘さはかき消されていた。
あの時、奥にあるのは独占欲だ。
ずっと彼はそれを抱いていたのだろうか。
それとも、ヒートになった自分に感化されてなのだろうか。
どちらにしても自分に向けられるむき出しの独占欲に、悠人は心地良さと幸福感を感じていることに驚き、そして思わず小さな笑みを浮かべた。




