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執着/愛着(9)

「俺が知らない悠人もいっぱいいるんだろうなぁ」

 リビングのテーブルセットで向かい合って座っている純一が、肘を突いて呟いた。

 マシンで入れてくれたコーヒーが二つテーブルの上で香るのを心地良く感じながら、悠人は小さく笑ってその言葉を肯定する。

「そりゃそうだろ。何年会ってないと思ってんの? それ言うなら、俺だって同じでしょ」

 知らない純一が沢山いる。

 そう言いながらカップを掴み持ち上げると、ひとくちコーヒーを飲んだ。

 頭をすっきりさせたかったので、砂糖もミルクも入っていなくて少し苦く感じた。


 ベッドの上で過ごした時間は長く、身体はかなり怠いものの精神的には落ち着いていた。

 純一は驚くほどに自分に執着していた。

 どうしてそんなに、と口にすれば、好きだからと素直に直球に答えられた。

 それ以外の意味はなく、αだからΩだから、という第二性は二の次だと言う。


「もっと早く会いたかった。見つけたかった」

「なんで?」

「そうすれば、別の誰かに触れさせることもなかったのに」

「それは無理だろ」

「わかんないよ? 噛まなくても、匂いに敏感なαは、他のαの匂いがついてるΩは分かるのもいるらしいし」

「動物みたいだな、それ」

「人間も動物っしょ?」


 言いながら純一もコーヒーカップに手を伸ばす。

 一緒に過ごす時間はたっぷりとあった。

 冬真からは晴樹が代わりに働いているから大丈夫と言われ、溜まっていた有給使うのに丁度いいだろうとメッセージが届いていた。

 晴樹からも「お大事に」と届いていて、妙な気恥ずかしさに頭を抱えたくなる。


 純一のほうも仕事はほとんど在宅で出来るように、慎二が文句を言いながら頑張ってくれているらしい。

 もちろん、ずっとと言うわけにはいかない。打ち合わせがアルからと、明日明後日には顔を見せに行かなきゃいけないと、申し訳なさそうに言った。

 それでも今は落ち着いているから、大丈夫と笑って悠人は答えられた。

 ヒートに襲われ、永遠に満たされないのではないかと恐れるほどの飢餓感に襲われていた悠人だったが、今は満たされていた。


 それでも、何度も噛んでいいと言っても純一はそれをしなかった。

「ずっとさ、悠人がどうなってるのか気になって、焦ってたんだよ俺も。でも焦ったら良い結果はでないから、とにかく必死だったけど」

 悠人は視線でその先を促した。

「誰か、別の人を……αを好きになってたらどうしようとかね。あの時みたいに他の誰かに触れてたらどうしようかと」

「どうしようもないだろ、そうなったら」

「でも考えただけで狂いそうだった。でも自信はあったから」

「自信?」

「そ。悠人も俺の事が好きで、俺達は運命なんだっていう自信」


 笑いたくなるぐらいに、その自信は根拠のないものだった。

 だが悠人はその自信によって、昔から秘めていた想いを口に出来たし、こうして今がある。

 どちらが先に好きだったのかは分からないし、それは些細なことだ。

 ただお互いに抱いた想いは初恋で、それは運命でもあった。

 それから逃げようとした悠人に対して、追いかけて、必ず手に入れると努力してきたのが純一である。

 αだから、Ωだから、という第二性よりも、ただ純粋な感情が彼を突き動かし、ここまで辿り着いた。


「お前は凄いよ」

「凄くはないよ。不安にもなったし、それに悠人は簡単には頷いてくれないと思ったし」

 笑いながら純一はコーヒーを飲んだ。

 首を傾げた悠人に対して、純一は続ける。

「だって、頑固なところあるじゃん? 素直でもないし。詰めが甘いと、絶対逃げられる」

 悪戯めいた笑みを浮かべて純一はカップを置いた。

 身を乗り出すようにテーブルに体重を掛けると、昔、よくみた上目使いで悠人を見つめた。


「だから、今そうやって素直になってくれて嬉しい」

「……だったら、やっぱさっさと噛めば、よかったのに」

 悠人は呟いて視線を逸らした。思わず首筋を手で押さえる。

 噛まれてはいなくても、そこには花びらが散らされている。多分、簡単に消えてしまうが、今はそれでいいと純一は言った。

「もうちょっとぐらい、余韻味わってもいいじゃん?」

「余韻ってなんだよ」

 唇を尖らせて悠人が言うと、やはり悪戯が成功した子どものような笑みで純一は言う。

「もう逃げないでしょ?」

 その言葉に素直に答えるのは癪だった。

 目を細め、少しだけ不機嫌を装って悠人は答える。

「逃げたって、どうせまた追ってくるんだろ」

「もちろん、追うよ。隠れるなら探す。絶対に見つける」

「ほらな」

 その言葉に悠人は口元を緩めて笑った。

 

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