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執着/愛着(5)

 薬を口の中に放り込むと、水で飲み込んでふぅっと息をつく。

 すでにヒートの現象は治まっていた。薬のおかげもあってか、二日目にはいろいろなものが正常にもどった。

 色々、と思いながら悠人は苦々しく口元に笑みを浮かべた。

「飲んだぁ?」

「飲んだ」


 間延びした声がして振り返ると、でかける準備をした純一が立っていた。

 彼は白いシャツに黒いズボン。夏だから、と気分だけ派手にしてみたらしい柄物のシャツを羽織って居た。

 悠人は特にこだわりもないので、Tシャツにジーパン。仕事に行く時と同じような恰好で、半袖の薄いジャケットで姿見を整えていた。

 あれからずっと純一の部屋で過ごしていた。純一が言ったとおり、彼の匂いがある部屋にいることは悠人に取って他にないほどの落ち着ける場所だった。

 最初の時以来、純一は無理には悠人を抱いてはいなかった。もちろん悠人の方はまだ身体がすぐに熱を持つから、キスをしたらそれ以上をしたくなるほどだった。

 しかし無理はさせられないと言う純一の言葉通り、無理はしていない。

 Ωの身体はヒートになれば受け入れる為の身体になる。だから無理もなにもなく、簡単に受け入れることはできる。

 だから身体に無理はかからないといえばかからない。純一の言う無理をさせないというのはおそらく精神的な面についてなのだと、このときになれば悠人も気づいていた。

「じゃあ、行こう」

 そう言って純一は先に部屋のエアコンや電気は消してあるか、と軽くぐるりとその場で回って点検すると、悠人の手を掴んで玄関へと向かう。


「店の目星は付いてるの?」

「一応。調べてみたから大丈夫」

 買い物に行くことになった。その目的は、一昨日、純一が言っていた香水を探すことだった。

 香水とあまり縁がなかった悠人はさっぱりわからないと首を傾げ、仕事で使うらしいタブレット端末で店を探しながら純一は任せろと言った。

 移動には純一の車を使うことにした。

 ソレはさすがに駐車場代がもったいないと声を上げたものの、公共交通機関を使うほうがイヤだと純一に言われてしまう。

 更にそれは悠人も望まないことだろうと言われればぐうの音も出ないで、結局は従うこととなった。

 だが確かに、純一の車で移動となれば何も心配することはない。

 すでにヒートの現象は治まっているが、まだ少し不安だった。どんな匂いがするのかさっぱりわからない。

 考えてみれば、学生時代の友人は殆どβだったし、今でも付き合いがある晴樹もβだ。同じΩという存在にあまりであったことがないのは、自分と同じく皆、Ωであることを必死に隠しているからだろう。

 田舎から都会に出て来たというタイプならば、いくらだって偽装できる。もちろん悠人のそのタイプであり、自分がΩだということを知っているのは学生時代も晴樹だけだった。

 だから知らず知らずのうちに居たのかもしれないが、腹を割って話せるような相手は居なかったし、ヒートでどうなるのかを聞いた事もない。


「どうかした?」

 助手席に乗り込み、シートベルトを手にしたところで固まっていた。

 純一の声にハッと我に返り、なんでもないと言いながらシートベルトを締めたものの、少しして今考えていたことを口にした。

 エンジンをかけ車をだしながら、純一は少し考えて悠人の方を見やった。駐車場から出る手前、一時停止したときに言った。

「じゃあこんど香瑠と話してみたら? アイツなら色々教えてくれんじゃないかなぁ」

「香瑠って……あの、お店やってる?」

「そそ。アイツも色々あったみたいだし」

 そう言いながら純一は車を道へと走らせ、目的地へと向かう為の運転を始めた。


「慎二と出会う前は色々大変だったらしいけど」

「大変って、どんな……」

 事と次第によっては、話すには少し難しい内容の可能性もある。

 顔を顰めて悠人は口にしたが、返ってきたのはあっけらかんとした純一の声だった。

「クズとばっか付き合ってたって、本人曰く」

 少し肩の力が抜けて悠人は助手席に深く沈んだ。

「まぁ、色々あって、逃げようとして、逃げられなくって、それでもなんとか逃げた先で慎二と出会った……らしいけど」

「だから、色々大変なんだ」

「そゆこと。ま、その色々大変の中には、もちろんΩだからっていう理由もあるから」

 それはそうだろうと悠人は思う。

 Ωであるということが知れれば、不利益なことしかない。利益など一切ない。むしろそれまで自分と親しくしていた人でさえも、一気に自分をゴミのように扱う可能性だってあるのだ。

 それらはどれも知識だけだ。そういう体験談をメディアで聞いたり、見ただけだ。

 だからこそ、悠人は必死に自分がΩである事を隠して生きてきた。

 それが自分の過去を知る人のいない、人の多い都会でならば、出来なくはないと思ったから。そして実際にある程度は出来た。


「そういえば、俺、純一に会社勤めしてたときの話、してないよな」

「聞いてない。でも、話したくないなら話さなくていいよ、何も」

 まっすぐ前を向いたまま純一は言った。横目でその姿を見て、悠人は首を振る。

「まぁ、確かに。言う必要はないか」

「言いたいことがあるなら、言っても良いよ。でも、無理して話す必要はないし、どうせ……辛いことでしょ? 悠人が言わないってことは、そういうことでしょ」


 その言葉に口元に笑みを浮かべた。

 何も言わずとも、思っている事を汲み取ることに長けていると思った。だがそれは悠人が相手だからこそ、だろうとは思う。そのぐらい自惚れても、純一にも呆れられはしないだろう。

「ところで、どこに向かうの?」

 気分を変えるように声を少し明るくして聞いてみた。

 純一は口角を上げると、赤信号で止まる為に車を減速させた。


「調香師のいるところ」

「ちょうこうし? 調香師って、香水作る人……だっけ?」

「そういう感じ。だから、お互いに近い匂い作ればいいじゃんって思って」

「お互いに?」

 車を停止させると、純一はハンドルを握っていた左手を悠人の頬に伸した。

 軽くふれ、指が頬を撫でる。少しだけ汗をかいた指先がしっとりと純一の体温を伝える。

「お互いに匂ってるモノに近い匂いってこと」

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