執着/愛着(4)
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「あ~、多分初めてでしょ? 余計じゃない?」
椅子でぐるぐると回りながら慎二が言った。
純一は封筒に入っていたファイルから紙を取り出してうなる。
もう一つ、大きく薄い段ボールが一つ届いていた。そちらはすでに慎二が開封して、中に入っていた大きな校正紙を机の上に広げている。
いくつかパターンがあり、どれも微妙な色味の違いがある。それに紙を試したいと純一が伝えていたので、いくつかの種類で刷られている。
「そういうもんかぁ?」
「そういうもんらしいよ。あれみたいなもん。巣作り的な。ちょっと違うけど」
ぐるぐると回ったまま慎二は続けた。
「多分、二人の場合は離れてた時間が長いっしょ? それで今まで自分の中で抑えてた気持ちと、ヒートって生理現象とが一緒くたになってばーんと襲ってきてるから、とにかく離れたくない。執着する、みたいな感じになってんじゃないかなぁ?」
と言ったあとで「しらんけど」と付け加える。
「じゃあ、当分そういう感じってこと?」
「たぶん?」
「はー、それはそれでかわいいな」
素直な感想を述べながら、純一は蛍光灯の下でいくつかの紙をじっくりと観察する。
「印刷所行った方が早いんじゃない? それ」
「次行くよ。とりあえず、普通の蛍光灯の下で見た方が実際手に取る人の光だし」
「そういう拘りホント尊敬する」
「そういう拘りある方が仕事しっかりしてる印象あって便利だよ?」
笑いながら純一は数枚手に取り見比べると、一枚を手にして付箋を貼った。
「あとどれだっけ?」
「あー、こっちの」
そう言って差し出されたのは、今度は小さめの封筒だった。その中には紙束が入っていて、中を軽く除いて純一はソレを抱えた。
「来週の打ち合わせどうする? 時間とかアレでいいの?」
「いいよ。来週には落ち着くでしょ」
「落ち着かない場合は……まぁないだろうけど。あれじゃないかな。なんか純一の持ち物あげればいいんじゃない」
「俺の持ち物?」
荷物をまとめながら純一は立ち止まった。
慎二もぐるぐる回っていた椅子を止めると、少し目が回った様子で目を閉じる。
「そう。服……は、でかいか。カバンは、なんか違うか。でもそういうお前がずっと使ってたものとか」
「新しいモノじゃなくて?」
「まぁそれもそれでいいかもしれないけど。おそろいとか? それより、今の場合はお前が愛着持って使ってたものをあげたほうが、多分匂いがついてるから相手にはいいと思う」
匂いかぁ、とぼやいて純一は天井を見上げた。
「別にαとかΩとかに縛られずともさぁ、好きな人の匂いってなんか安心するっていうじゃん。香水とかもそうだし、その人自身の匂いも。合わないと生理的に受け付けないとかはあるあるだし。まぁ、お前らの場合は特に今までお互いの匂い以外はフェロモン的なアレ感じてないわけでしょ? なら、そういうなんかをこぉ、ね?」
言語化することを諦めたように、慎二は言って両手を広げると顔の前でクロスさせた。
「交換する?」
「そういう感じ」
「んー、考えてみるわ。ありがとう」
「どういたしまして。っていうかそうだよ、香水は?」
「俺あんまつけないよ?」
「だから、おそろいにすれば? 今から」
「今から……はぁ、なるほど」
とりあえずそれを候補にしようと思って、純一は礼を言うと事務所をあとにした。
部屋に戻ると、悠人はリビングのソファの上でクッションを抱えて座っていた。
テレビを付けて見ていたらしく、ドアが開く音に気づいてからずっと入り口を見てい様子で、その目に出迎えられる。
「おかえり」
「ただいま。ごめんね、ちょっと話してたら遅くなった」
「いいよ、大丈夫」
悠人の側に近寄ると、ソファの片方に寄って座る場所を作る。
そこに純一は腰掛けた。
「お昼とかどうする?」
「別にそんなにおなか空いてない……かな」
クッションの形を整えながら悠人が言った。それは確かに純一も同じだった。
片手の手持ち無沙汰に純一は悠人の頭をなでた。ほどよく固すぎず柔らかすぎない髪の毛が指に絡む。するりと抜けるのが気持ちよくて、何度も撫でたくなる。
しばらくそうしていると、悠人が少し困ったような、拗ねたような表情で唇をとがらせてちらりと純一を見た。
「どうしたの?」
「いや……なんか俺、犬か猫と間違われてない?」
その言い方に思わず笑って、純一はさりげなく唇をかすめる軽いキスをした。
「明日、今日より落ち着いてそうだったら買い物行かない?」
「いいけど。食料の買い出し? 冷蔵庫あんま入ってなかったけど」
「あぁ、普段は外食かコンビニにしちゃうから、大体。仕事やってると、特にそうなっちゃうんだよねぇ」
そういえばそうだなと思い出して、純一はキッチンの方を見た。
腹が減ったときは何かしらデリバリーを頼むのでいいか、と思う。
だがずっと、空腹は感じていない。今はそれよりも、もう少し悠人を味わいたいと思うのだ。多分それが代わりに満たしている。
「じゃなくって。悠人って、香水とか付けるタイプ?」
「いや……あんまつけないし。仕事中だとやっぱ付けにくいし」
「そりゃそうか。じゃあやっぱだめかな」
「なにが?」
そう言われて純一は、慎二と話したことを説明した。
おそろいの香水を付ける、というのはなかなかに良いアイディアだと思った。
その匂いを覚えてしまえば、互いに離れていても近くに感じられるかもしれない。全部仮定の話だけどね、と付け加えて純一はまた髪に指を絡める。
「別に俺は付けなくても……その、匂いがわかれば、大丈夫な、気が、する、けど……」
口ごもるように悠人は呟いた。
最後の方は恥ずかしくて消えていくのか、視線を逸らしてクッションを抱きしめる。
昔から悠人を知っている。
それでもこんな姿は見たことがない。おそらくは今の悠人はΩという性が強く出ているのだろう。
だからこうして素直に近くに居てくれる。
子どもの頃は自分よりも多くのことを知っている良い兄のような存在だった。
悠人より幼く、物事を知らなくても、それを馬鹿にすることはなくて、常に一緒に居てくれる兄。
一緒に居たいとずっと思っていたから、小学校に入った頃には年の差が恨めしくなった。
それを埋めるには自分が学ぶことにしがみつけばいいと思ったのは、宿題を一緒にやったときだった。
考えてみればあの頃から自分は一緒に居たいが為に努力をしていた。
悠人の手を煩わせない程度に。それでも教えてもらえる程度に勉強をした。
遊んで、宿題をする。
それが二人の日課になったものの、年上の悠人の方が早くにクラブ活動や部活などの授業外のものに取り込まれていった。
それでも悠人は一緒に居る時間を取ってくれた。
隙間の時間だったけれど、学校外でも会えるのはうれしかった。
「純一?」
「え?」
「なんか考え事?」
不安そうに悠人がいうので、純一は微笑み首を横に振った。
「いや、なんか昔思い出して」
「昔ぃ?」
「そう。悠人が中学の頃とか、よく俺にかまってくれたなって思って」
「あー……」
悠人は思い出したように小さく笑う。
「でもなんでそんな頃のこと、思い出してんの。いま」
「さぁ。なんでだろ」
そう呟いててから、純一は少しだけ頭の中を整理して口を開いた。
「でも多分……あの頃から悠人が離れちゃいそうで、焦ってたんだろうな」
「焦る?」
「中学生と高校生って、なんかもう別次元になるじゃん、あの頃って。高校生と大学生もそう。小学校まで一緒だったのに、突然別次元になるっていうか。大人に思えるっていうか。だから、悠人兄ちゃんは先に大人になっちゃったから、俺はこのままじゃ置いて行かれるやばいって思ったんだな、あの頃。あの頃……俺はもう、ずっと好きだったから」
「……うそ」
「ホントだよ。だから、学校で一緒に居られないし、追いつくことも出来ない。学校でどんな奴と一緒にいるのかわかんないし、どういう風に接してるかもわかんないし。それでも放課後時間が合えば一緒に宿題してくれたりしたから、置いて行かれないって思ったけど。まぁ、高校出たら本当居なくなってびっくりしたけど」
悠人は首を小さく横に振って純一の服を掴んだ。
突然近くなった顔に驚きながらも、純一は首をかしげた。
「どうしたの?」
「じゃ……じゃあ、あの時、も……俺のこと好きだったの?」
「あれ、言わなかったっけ。言ったけど覚えてない? まぁ、どっちでもいいや」
純一は服を掴む手を掴むと手の甲に唇を寄せた。
「そうだよ。だから、あの時悠人がヒートっぽいのをみて、悠人がΩだって分かって。じゃあ俺がαだったら、悠人とずっと一緒にいられるんじゃね? って思って。まだあの時、俺は分かって無かったし。とにかく、俺をほしいって思ってるのは、夢が叶ったみたいに嬉しいなって思ったけど。最終的にぶっ飛ばされて、以下略。みたいな」
少し笑うと悠人は小さく謝った。
「ごめん」
「でも少しは俺のこと好きでいてくれたんでしょ、あの時も」
その質問に悠人は小さくうなずいた。
「でもたぶん、まだ……弟的な、愛着みたいなのだったんだと、思うけど。でも……」
「でも?」
「あの時お前が現われた時に、ちょっとだけαだってなんか分かったから、匂いで。同じことは考えた……んだと、思う」
「俺と同じこと?」
「そう。純一が本当にαだったら、ずっと一緒に居られるって、ちょっとだけ思ったのは……確かだけど。でも、俺はとにかくαがほしいって思った、だけだし……あの時」
「でもちょっとでもそう思ってくれてたなら、そっちが優位だったて考えといた方が良くない? だけど未成年が未成年に手を出すなんてだめだ! と、思ったという大人の理性的な対応ということにしとかない?」
「なにそれ」
思わず笑った悠人に純一も笑う。
「もう今は、別にイイじゃん。あの頃から、お互いに好きだったって事実があれば、俺は別に」
異論は無い。
抱きしめあうと、強い香りがした。だがその香りはお互いにしか認識できない。
あの夏から、互いを縛り続けた香りは苦しいほどに心地が良い。
離れたくないし、他の誰にも晒したくない。誰にもこの匂いを認識してほしくなかった。
まるで他の音も、空間も、何もかもが失われるように。今、この世界に自分達しかいない気分になる。
それぐらい、ただ目の前にいる相手だけに集中していく。
「疲れてない?」
純一が小さく問うと、悠人は同じように小さな声で大丈夫と答えた。
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