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キンモクセイは夏の記憶とともに  作者: 広崎之斗
変わりゆく日常
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変わりゆく日常(7)

 汗をかいている服はなんとか脱ぎ散らかして着替えていた。

 そのままベッドに横になって悠人は身体の力が抜け落ちる感覚に襲われた。

 だが同時に、我慢出来ないほどの欲望を感じる。

 燻る熱は身体の底から脳味噌の隅々まで支配している。


 欲しい欲しい欲しい。


 誰かに触れて欲しかった。

 この飢餓感に似た欲を満たす熱が欲しい。

 誰でも構わないからこの慰めて欲しい。

 そう思った時、思わず小さく呟いた。


「ちが……っ、ぅ」


 朦朧とする意識が強い欲に塗りつぶされていく。

 この身体を満たしてくれるなら誰だって良い。

 そう思うと同時に、そうじゃないと身体の奥から欲するモノがある。

 それでも、ただ一つだけ欲しいものがあると、意識はハッキリとする。

 泣きそうになりながら、悠人はあの香りを欲していた。


 己の身体を抱きしめて、熱をどうすればいいのか考えようとする。

 だが熱は理性を溶かしていくに十分だ。

 冷たいシャワーを浴びて、気分を落ち着かせたかった。

 その間に冬真が言っていた薬が手に入れば、少しは楽になるかもしれない。

 スマートフォンを探すが、どこに置いたのか記憶が曖昧だった。


「あー……くそ」


 ベッドを降りて悠人は浴室へと向かう。

 だが歩くにも一苦労だった。

 服が肌に擦れるだけで気持ち良く感じてしまう。辛うじて洗面所までたどり着くと、服を脱ぎ捨て洗濯機に放り込んだ。

 何もかも気にする暇がない。

 そのまま浴室に入ると、水を出して身体を濡らした。


 これほど身体が狂うヒートは初めてなのだった。

 まるで、今まで薬で抑えていたものが、一気に押し寄せているようで苦しさが募る。

 濡れて震える唇で、悠人は呼吸を整えようとしていた。

 シャワーの音と、自らの呼吸の音にまみれながら、目を閉じた。


 暫くしてシャワーを止めると浴室を出た。

 まだ身体は火照っている。簡単に収まるわけがない。

 それでもまだなんとか動けている。

 思考が明瞭でなくとも、溶けそうな理性が僅かに残っているのは、いつもの薬のおかげだろう。


 シャツを取り出そうとしたとき、目に付いたのはこの前、純一に借りたシャツだった。

 ああ、と声を漏らして手を伸す。

 掴んで抱き寄せると、大きく深呼吸をした。


 匂いがした。


 それはすでに薄くなっている。自宅で洗濯して、その内返すつもりだったから。

 柔軟剤の匂いがする。だがその奥に、消せない匂いが染みついてる。

 それを吸い込みながら、その微かな香りにさえ敏感になる嗅覚に悠人は目を細めて、口角を上げた。

 そのままぺたりと床に座り込み、微かな香りを吸い込む。

 甘い匂い。

 季節はずれの甘い匂い。

 あの日からずっと忘れられない香りは、今一番自分が欲しいモノだと自覚する。

「むつ……」

 あの時のように、甘ったるい声で名を口にする。

 昔と今の彼を思い出し、集まる熱にどうすればいいのか分からなくて泣きそうになった。

 その時、インターホンが鳴る。


 晴樹が薬を持って来てくれたのだろうか。

 重い身体を動かし、とりあえずシャツを着た。

 汚してしまうかもしれないと思ったが、今は深く考えられない。

 再びインターホンが鳴る。

 ズボンを穿くほど余裕はなく、とりあえずトランクスを一枚引っ張り出して、震える足を入れて穿いた。


 こんな顔は見せたくない。

 そう思って、濡れた髪ごとタオルでぐるりと顔を軽く隠すように巻いた。

 怪しいが仕方がない。そのぐらい許してくれるだろう。

 そう思いながらドアの前に行く。


「晴樹?」


 ドアスコープで外を見て、名前を口にした。

 だがそこに居たのは冬真だった。

『俺が来たよ。開けて』

 そう言って冬真は薬の入っている袋をスコープ越しに見せた。

「えっと……その、ですね」

『どういう状況なのかは、大体分かってるから、大丈夫』

 そう言って冬真はチラリとドアの横を見た。


「わかり、ました」

 解錠し、ドアを開ける。

 タオルで目元だけ見せるようにぐるぐる巻きにしていた悠人は、少しだけその人影の顔を見るのに時間が掛った。

「はい、薬」

 そう言って冬真はドアを掴んで薬の袋を、隣りに居る男に渡した。


「あとはよろしく」

「え?」


 顔を上げた。

 開けたドアの先に居たのは、眉間に皺を寄せ、口元を真一文字にした純一だった。

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