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キンモクセイは夏の記憶とともに  作者: 広崎之斗
日常で始まった、非日常
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日常で始まった、非日常(7)

「さて、どうしよっか」

 そう言ってジャケットを羽織った純一は、手にしていたトートバッグを肩に掛けながら言った。

 時刻はまだ二一時過ぎ。悠人の店も休日はその時間帯で閉店がちょうどいいほどで、事務所の外は閑散としていた。

「駅の方にいけば、なんでもあるでしょ」

「結構賑やかだと思うけど、いいの?」

「なんで」

「だって、賑やかなのあんまり好きじゃなかったじゃん?」

 小首を傾げて純一が言った言葉に、悠人は軽く頷いた。


 子供の頃から賑やかな場所はあまり得意ではなかった。Ωであると分かってからは更に苦手になった。

 今の店で働いていて心地がいいのは、この賑やかさの塩梅がちょうどいいことだ。

「よく覚えてるな」

「覚えてるよ、なんだって」

 悠人は無言で視線を逸らすと、いくつかの店を上げた。

 どれも飲み屋というより、酒も飲めるカフェといったところだ。静かなのが売りでもあるから、ちょうどいいと思った。

「悠人が食べたいものあるところでいいよ」

「あー……じゃあ、こっち」

 そう言って歩く方向を指差して、悠人が先に歩を進めた。


「ごめん」

 唐突に悠人が一言口にすると、純一は悠人に視線を向ける。

「何が?」

「だから、連絡……忙しかったっていうか。その、なんて、連絡すりゃいいか分かんなくて」

「そりゃそうか」

 純一はそう言って納得すると、視線を前に向けた。

 怒るわけでもなく、どうしてとさらなる追求はない。諦めているというよりも、言葉通り納得したという感じだった。

「じゃあ、今日来て正解だったわけだ」

「まぁ……そうだね」

 満足げに微笑んで純一は「ならいいや」と言った。



 繁華街へ近づくと、店の色合いも変わってくる。行き交う人も増えてきて、一気に賑やかな色と音が混じり合って押し寄せてくる。

 そのまま中心の道を歩くのは嫌いだったので、悠人は一本裏の細い小道を通ろうと純一に言って歩を進めた。

「この辺詳しいんだ?」

「まぁ職場があそこだし」

「家は、どのへん?」

「反対側だよ」

 そう言って数駅先の駅名を告げると納得したように頷いた。

「俺もその辺りに住むか迷ったんだよ、一度」

「そうなの? 今は?」

 純一は悠人の告げた駅と少し近い場所を口にした。

 どちらにしても家賃はそれなりだが、利便性に富んでいる私鉄沿線沿いだ。そして悠人の住んでいる街は基本的に静かなところだった。

「案外近いんだなぁ……色々。っと、着いた」


 雑居ビルの二階が目的のカフェだった。

 階段を上がり中を覗き込む。

「ここ、ランチや週末だと外まで並んだりするんだよ」

 だが今日はちょうどいい具合に空いているようで、店員はすぐに二人を席に案内した。

 壁沿いの席で二人は向かい合わせに座る。すぐに店員がメニューとお冷やの入ったグラスを持って来て、決まり文句を告げて去って行く。

「お前は、何か食べるの?」

「もう少し食いたいかも」


 メニューを広げて、ひとまずドリンクを注文しようと悠人が言うと、純一はクラフトビールを指差した。

 同じくメニューを眺め、悠人は少し悩んでから店員を呼んだ。

 純一が頼んだものとは違うビールを頼み、先にすぐに出るサラダを頼み終えると、再びメニューとにらめっこし始める。

 それを頬杖を突いて眺めていた純一の視線に気がついて視線を上げた。


「なに?」

「いや。なんだか分かんないなぁって思って」

「分かんない?」

「だって、この前あった時は避けようとしたでしょ? あと凄い緊張してるように見えた」

「あー……それは、まぁ。ほら、久しぶり、だった、し……」

 言葉に嘘はない。

「それになんか……今日、店に来た姿見たら、安心したような、ちょっと心配になったような」

「どっちだよ、それ」

 くすくすと笑って純一は言った。

「どっちも教えてよ。どういう意味?」

「何か疲れてる風に見えたから心配になった。安心は……」

 そこまで口にしたとき、悠人の視線がフロアに向かった。


 店員が注文したビールを持って来ていた。テーブルにコースタが置かれ、その上にグラスが乗せられる。

 純一の頼んだグラスの中身は、少し色の濃い琥珀色だった。悠人の方は反対に軽く見た目からにも軽い印象を受ける。

「とりあえず、飲もう」

 話掛けていた言葉を飲み込むように悠人はグラスを手にして言った。

 安心した理由はまだなんとなく言いたくなかった。

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