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2. 庭師と大男

翌日。

目を覚ますと太ももにあったはずの温もりは消え、辺りを見渡そうと視線を上げると、黒色の短髪に金色の瞳が印象的な少年の姿があった。

お世辞にも綺麗とは言えない身なりをした彼は困ったような表情をしている


「貴方は?」


「俺、わ、私は庭師のオスカルと申します!本日もご機嫌麗しく…。」


「ふふふ。私に堅苦しい挨拶は要らないよ。庭師ということはこの薔薇は全て貴方が手入れを?」


「はい。まだ未熟なので先代に怒られてばかりですが…。」


「オスカル!」


「ギ、ギセラ様。」


「そのような者と口を聞いてはなりません。早く仕事をなさい。」


「は、はい。申し訳ございません。」


開けられた窓から聞こえてきた声は初老の女性のもので、鋭い視線でこちらを睨み付けていた。

彼の呼んだ名と姿には大いに見覚えがある。

ギセラとはアルフォンスの母であり、ラヴィニアの義母にあたる人物だ。

無視するわけにも行かないと丁寧にお辞儀をすると、あからさまに嫌悪感を示した表情ですぐにその場から立ち去っていった。

それを見届けてからオスカルへと振り返るといそいそと剪定を始めた彼の姿が見える。

私のせいでオスカルがギセラの機嫌を損ねてしまったが、後でお仕置きなどされはしないだろうか。

何だか心配になってきた。


「私のせいでごめんなさい。」


「ラヴィニア様のせいではありませんよ!ギセラ様から怒られるのはいつものことですから。」


「いつもの事って…それは本当に大丈夫って言えるの?」


「…っ問題ないですって!ラヴィニア様にご心配いただくようなことは何もありませんよ!」


オスカルから見えた無理に作った笑み。

屋敷の庭師でありながら、あの身なりということは待遇が良くないのは明白だ。

ギセラは私だけでなく、誰に対しても厳しく接する。

それは行き過ぎた行為ばかりで、文字で読んでいただけで嫌いになれるほどの典型的な性悪女。

王家の次に強い権力を持ち、次期当主であるアルフォンスも逆らえないほど。

何とか助ける方法はないかと思いながらも、彼の邪魔をすればまたギセラに何を言われるかわからないととりあえず少し離れながら様子を窺ってみる。

先程は気付かなかったが、たまに見える腕や足には赤黒い痣が見え、虐待を受けている子供にある症状の典型だった。


「オスカル!」


「は、はい。」


「お前はまたギセラ様の機嫌を損ねたな!こっちへ来い!」


いきなり現れた大男は彼の細い腕を掴み寂れた小屋に連れて行ってしまう。

止めなくてはと足を動かしたつもりだったが、その場から一歩も動けなかった。

何が起きていると視線を足元に向ければ、薔薇の蔦がうねうねと絡みついている。

気持ち悪っ!っと思わず声を漏らしながらオスカルが落としていった剪定鋏で切ってから急いで小屋へと向かった。

聞こえてくる鈍い音に扉を開け放てば、床に蹲ったオスカルと歪な笑みを浮かべたまま蹴ろうとする大男の姿が目に映る。

咄嗟の事だった。

思いっきり背中にタックルをすると、バランスを崩しその場でひっくり返ったようで、今のうちだとオスカルを必死で抱き上げ小屋を出る。

どこに逃げようと視線を彷徨わせてみるが、裏庭の先は断崖絶壁に繋がるだけで屋敷の中を通って表から出る以外の方法はないようだ。

意識のないオスカルをこのまま抱え続けるのは無理がある。

どうしようと悩んでいると視界の端に映った人影。

こちらに手招きをしているようで藁にもすがるような想いで向えば、少し大きな木造の建物が見えた。

早く入れとでも言うように促され、半信半疑で中へと踏み入れると背中を押される感覚。

その場に倒れ込むと扉が閉まる音が聞こえてくる。

閉じ込められたのだと瞬時に悟った。

味方など居るわけもないのに何故と自分を責めたが、起きてしまったことを後悔して仕方がないとオスカルを抱き上げる。


「馬鹿な女。貴女はこれから一生ここに住むの。その役立たずの庭師と一緒にね。」


「…そうですか。わかりました。」


「っ。」


泣き叫ぶことも声を荒げることもなく簡単に了承したことに面食らったのか。

それ以上何も言わずに去っていったようで足音が遠ざかっていく。

ここに閉じ込められたということは大男が襲ってくるということはないだろう。

それならば早くオスカルの手当てをしたい。

まずはこの部屋の作りを把握しておこうとゆっくり立ち上がった。

小窓から入る少ない明かりを頼りに見てみれば、埃で汚れたベッドとサイドテーブル。

小さな暖炉はあるものの薪や火打ち石もないため、使うことはできないだろう。

シャワールームと手洗いは備え付けられているため、生きるのには不自由しなさそうだ。

その横にある小型のクローゼットにはボロボロになったエプロンドレスや、色褪せたワンピースが入っており、シンデレラを思い描かせるが今はそれどころではない。

ベッドの埃を取り、オスカルを寝かせてからエプロンドレスを破り、古びた桶に水を汲んでそれを浸していく。

まずは汚れた身体を拭く必要があるだろうと彼の顔や身体についた泥を落としていき、赤黒くなった痣に冷たくなった布を乗せる。

この部屋でできる手当てはこれが限度だ。

骨や内臓に異常が無ければいいが、医者ではないため判断できない。

子供であるオスカルにも簡単に手を出した彼らは同じ人間なのかと疑いたくなると毒突きながら、何か他にないかと探し始めるのだった。

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