3. 掃除と夜会
あれから壊れた棚から消毒液と蝋燭を見つけた。
眠ったままのオスカルにあった擦り傷の手当ても済ませ、気合を入れてから動き辛いドレスからワンピースに着替えれば、少し古めかしい匂いがするが気にしないと、エプロンドレスで作った雑巾とハタキを手に掃除を始める。
他にすることがなく、集中してできたからだろうか。
思っていたより早く終わり、シャワーついでにワンピースを洗って小窓近くに干せば完了だ。
静まり返った部屋で過ごす時間がこんなにも長いとは思わなかったとため息がこぼれた。
この二週間。
いつオスカルが目を覚ますだろうかと眺めていたが、呼吸音は聞こえるものの深い眠りから覚めることはなく、何度か医者に見せてほしいと頼んでみても当然のように取り合ってはもらえなかった。
今日もまた彼を眺めながら時間潰しのためにサイドテーブルの引き出しにあった名門貴族キャンベル家という題名の本を手に取る。
何もかもを褒め称える内容には全く興味はないが、この世界の文字はエジプトのヒエログリフを思わせる作りのため見ているだけでそれなりに楽しい。
しばらくするとドアポストに置かれた食事のトレー。
硬くてパサパサした焦げたパンに、冷めた野菜スープが見え、持っていた本を閉じる。
明らかにメイン料理で残ったヘタや端切れを使ったそれは水の中に入れてそのまま出しているのではないかと疑いたくなるほど酷い作りだ。
正直、全く美味しくはない。
だが、ラヴィニアは体脂肪が少ないため、こんな食事であっても疎かにすれば直ぐ痩せ衰えてしまうだろう。
まさかこの貧相な食事が病死の原因だろうかと考えながら、小さくいただきますとこぼしてから口に含めば不味いと思わず溢れた。
これは空腹を満たすためだけのもの。
美味しさなど関係ないと無理矢理納得して飲み込んでいく。
暫くすると周りが騒がしくなり、珍しいこともあるものだと今し方食べ終えた食器を洗っているといきなり扉が開け放たれた。
「メリッサ、直ぐに支度を。アルフォンスに見合うようにするのよ。」
ギセラに指示されたメイドの女性は無表情のままラヴィニアへと近付いてくる。
「ラヴィニア様、屋敷でお召し替えを。こちらへ。」
促されるまま向かったのは煌びやかな衣装部屋で、入るなり服を脱がされ併設されたバスルームで丁寧に洗われていく。
久しぶりの湯船だったが、満喫する間もなく赤いドレスに着替えさせられセットアップと化粧を施されていった。
準備が済むと玄関先の馬車にアルフォンスと共に乗せられ、すぐに動き出したようだ。
心地よい揺れを感じながら目の前にいる彼を眺める理由もないと視線を窓の外へと向けると同時に声をかけられる。
「今から向かう夜会だが、お前は黙っていればいい。キャンベル家として恥のない立ち振舞いをしろ。わかったな。」
「はい。」
これを最後に夜会の会場まで一言も話すことはなく。
促されるままホールへと入れば、光り輝くシャンデリアが目を引く豪華な作りの内装が見える。
最初はアルフォンスの挨拶に付き合っていたものの、それが済むと用無しだとでも言うようにテラスの端で待っていろと指示を出された。
シャンパンを片手に壁の花に徹しながら、部屋に残したオスカルは大丈夫だろうかと人目のつかないようにカーテンの後ろに隠れ空を見上げる。
内出血していた痣は殆ど消えたが、それでもなお目を覚まさないのはショック的なものなのか。
乾いた喉を潤してながらそんなことを考えていると後ろに感じる気配。
振り返れば、筋骨隆々な長身の男性が笑みを浮かべていた。
特徴的な赤い髪と金色の瞳。
2メートル近い身長とその体躯は笑っているとはいえ威圧感のあるもので少し緊張する。
「美しい女性が独りで何をしているんだい?」
「?」
「僕はセシル・ウィリアムス。君の名前は?」
「私はラヴィニア・キャンベルと申します。」
「へえ。君がキャンベル家の…。こっちに来て。」
セシルと名乗った彼に手を取られ、そのまま別の部屋へと促される。
テーブルに所狭しと並べられた食事。
綺麗に盛り付けられたそれは見ているだけでお腹を刺激してくるが、アルフォンスの妻として出席している夜会で羽目を外すほど世間知らずではない。
それに、メリッサと呼ばれたメイドに太り過ぎだと嗜められたばかりだ。
「冷めないうちにどうぞ。」
「…何故食事を?」
「君、自分で気付いていないの?」
「え?」
「ううん。ほら、僕も食べるから食べようよ。」
何か言いたげな表情をしながらもそれ以上何も言わない彼に促されるまま席につき、牛頬肉の赤ワイン煮を口に含めば、あまりの美味しさに涙が出そうになる。
今まで食べていたものは料理ではなかったと再認識させられながらゆっくりと食事を進めていたが、やはり気になるのはオスカルのことで、私の居ない間に目を覚ましていないだろうか。
2週間も眠っていた上にあの暗い部屋に閉じ込められていたら不安になるかもしれない。
そもそも私だけこんなに美味しい食事をして良い訳がないと持っていたナイフとフォークを置いた。
「どうしたの?食欲ない?」
「いえ、そういうわけでは…。」
「何か気になることがあるんだね。」
「屋敷に残してきた子が気になってしまいまして。」
「君は優しいんだね。」
「優しいわけではありませんよ。私のせいで彼は…。」
暴力を振るわれていた状況を思い出して、逃げる事しかできなかった自分に小さくため息をこぼすのだった。




