13.恋乙女
あの日から数日間、あたしは何も手につかなかった。
ぼんやりしてはフェイスリート様の微笑みを思い出し、顔が熱くなる。
今度はいつ会えるのだろう?
そんな事を考えながらあたしは日課のように園に向かった。
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園では嬉しい事が起こっていた。
まず、リサ先生が退職する事を止めてくれたのだ。
先生はあたしに「ごめんなさい」って何度も謝ってくれて、この園に戻りたいって言ってくれた。
もちろん大歓迎。そもそもリサ先生が謝る事なんて全くないのだから。
そして、新しい先生も来てくれた。
それはもう子供達は大喜び。
休み時間には新しい先生にべったりで、先生も嬉しそうに笑っていた。
もうこれからは先生達が不自然に辞めていく事はないだろう。
これはきっとフェイスリート様のおかげだった。
「「「ビアンカー!!!」」」
やんちゃ三兄弟に呼ばれ振り返ろうとしたら、早速体当たりをかまされる。
普段なら軽く受け止めるところなのだが、今日は派手にコケてしまった。
「なにやってんだ、ビアンカ!」
「あれでこけるか? フツー?」
「ビアンカの黒歴史に新たなページが追加されましたね」
「…………」
あたしは続け様に話す三人の言葉をうっかり聞き流していた。
すると、三人はキョトンとしていたが、次の瞬間には意地の悪い笑みへとその表情を変える。
「ビアンカがぽけーってしてる!」
「お転婆ビアンカが、乙女みたい!」
「大方、自分を助けに来てくれたフェイさんを思い出していたんでしょうね」
三人はしたり顔で声を上げるが、さすがにそこまでは聞き逃したりする訳もなく。
「あんた達……大人をからかうんじゃありません!!」
「「「うわー!! 恋乙女が怒った!!」」」
「ちょっと!! ヘンな名前で呼ばないで!!」
三人がワッと逃げ出したのであたしはいつものように追いかける。
中庭を縦断し、建物の中へと入ってゆく。
すると前方を走っていた三人はピタリと立ち止まっていて。
どうしたのかな?
そう思って近くまで走って行くと、そこからは門が見え――…………
あたしの目には馬から降りるフェイスリート様がしっかりと映り込んでいた。
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――――少し時間をくれますか?
そう訊ねてきたフェイスリート様に即答し、あたしは園から少し離れた庭園へと案内した。
庭園といっても園で管理している大きめの花壇であり、ちょうど見ごろのお花もあったから、この場所を選んだのだけど。
あたしには、肝心なお花を愛でる余裕はなかった。
「ま、またお会いできるなんて……」
「貴女が『またいらして下さい』って言ってくれたのですよ?」
「そ、そうでした……」
すごく緊張する。
縁談の時の方がよっぽど余裕があったと自分でも思う。
あたしはフェイスリート様から視線を外した。
眼鏡のない瞳はまんまるで可愛らしくて。
髭も無くてツルツルで。
髪も整髪料を使っていないから、ふにゃっとしていて触り心地が良さそう……。
ドストライクだった。あたしの好みに。
ただ出会いは悪かったと思う。
なんにしろ間違えて縁談を申し込んだわけだし、しかも、喧嘩もしたし……。
ふとフェイスリート様が足を止めた。
それに気がついたあたしも歩みを止めて、彼を見る。
フェイスリート様はあたしの瞳をじっと見ていて。見た目は可愛らしいのに、その視線に男性らしさを感じて目を逸らしたくなる。
「……ビアンカ嬢、あの日の続きをしませんか?」
あたしは目を瞬いた。
あの日と言われれば、初めて出会った一日しかないけれど。続き……と言われるような中途半端なことはあっただろうか??
きっとあたしはポカンとしていたのだろう。フェイスリート様が苦笑しながら言った。
「好きな食べ物や、音楽の話をしていたでしょう? あの続きです」
何を言われているのか分からず、表情を変える事も出来なくて。
言われた言葉を反芻している間に、彼は続ける。
「ビアンカ嬢。今、対外的に貴女は私を『お慕いして』いて、縁談を持ちかけた事になっています。……と、いう事は私が断らなければ、縁談の話はなくなりませんよね?」
フェイスリート様が一歩あたしに近づく。
そしてスッと手を伸ばし、あたしの手を優しく握った。
「私は縁談を断る気はありません。だから……」
彼は一度言葉を切り、にっこりと微笑む。
「もっと、私の事を知ってください。本当に私を……慕ってください」
あたしは言葉に詰まった。
何がどうなってこうなったのかさっぱり分からず、そして自分もなんて答えたらいいのか全く思い浮かばなかった。
「返事を急かせるつもりはありません。その間に私自身も貴女の事をよく知ろうと思います」
そう言ったフェイスリート様の微笑みが、いたずらっ子のように変わった。
「手始めに……ビクトールから池に落ちた時の話でも聞いてきましょう」
「……って!! それはいらない情報だと!!」
「貴女に関する事でいらない話なんてありません。どうしたら貴女がいつも笑顔でいられるのか。そのヒントになりますからね」
さらりと言われた言葉に息を呑んでいると、フェイスリート様は笑みをたたえたまま続ける。
「僕は追いかけるのは得意です。覚悟して下さいね? ビアンカ」
名前を呼ばれて胸が苦しくなった。
早鐘のように鳴る心臓の音は、耳の傍で聞こえている気がする。しかも、大音量で。
フェイリスート様や子供達の笑顔はギュっと抱きしめたくなるけど、この笑顔は胸を締め付けられるようにドキドキする。
いままで味わった事のない種類の緊張感。でも、それがまた温かく、心を満たしてゆくのを感じ、それがまたドキドキに拍車をかけた。
「おーい! ビー! こっちにいたのか!!」
少し離れた場所から呼ばれ、あたしは我に返る。
振り返れば父様がいて、こちらへと駆けてきた。
「父様! どうしたのー??」
返事をしたあたしに父様は、「いやな、トーマの事なんだが……」と、話し始め、そこであたしが一人じゃない事に気がついた。
「……ビー。こちらの男性は?」
「フェイスリート様よ」
「こんにちは、ダンスール男爵」
フェイスリート様の笑顔を見て、父様はポカンとなり――――……
「…………ビックリ」
「父様!」
ああ、もう! 父様ったら! なんて失礼な事を!
フェイスリート様は「お気になさらず」と、言ってくれたけど!!
「まあまあ、そんな怖い顔しないでビアンカ。僕は、男爵に感謝しているんだ」
「??」
「だって、男爵が間違えてくれたから僕はビアンカに会えた。違うかい?」
フェイスリート様はそう言うと優しく微笑んでくれた。
「おー!! フェイスリート様は寛容だな!! 良かったなビー!」
「そうね……って!! 父様は反省してください!!」
「てへ☆」
「だーかーら!! 四十超えての『てへ☆』じゃ、ごまかされません!!」
反省の色が見えない父様に声を上げると、フェイスリート様がまた笑った。
その笑みにあたしは心がじんわりと温かくなる。
まるで木漏れ日のような微笑みは、あたしの一番大好きな笑顔になる……のは、もう少し先の話。
【突っ走った後には道ができる! おしまい】
最後までお読みいただきまして、本当にありがとうございました!!(*^_^*)




