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11.弱き人、強き人

 





「来るのが遅くなってしまって、すみません。ビアンカ嬢」

「い、いえ!!」



 到着が遅れた事を詫びるフェイスリート様にあたしはぶんぶんと首を振る。

 まさか来て下さるなんて思ってもみなかったのに、彼があたしに詫びる理由など全くなくて。


「……でも、どうやってこちらに?」


 園には大人用の馬は一頭しかいない。

 その馬はあたしが乗ってきた一頭だから、実質あたしを追いかけてくる事など出来ないハズなのに。


 フェイスリート様の回答は至ってシンプルで。「子供達用の一番大きな馬を使った」との事。

 そう淡々と話される事柄に、ああ。なるほど。と、一人感心し。そして、ハッとした。



「ウォルト! ウォルトは!!」

「心配ない、先に馬に乗せて返した」



 聞けば、近くに居るより安全だろうと判断し、自分の使った馬に乗せたようだ。

 スザンヌ先生も馬を借り追いかけてくれる手筈になっていて、合流させれば問題ないと。


 あたしはへなへなと草の上に座り込んだ。

 極度の緊張状態から解き放たれた身体には力が入らず、糸の切れた人形のように頭を垂れる。

 そして深く息を吐き、目を閉じた。



「よ、よかった……」



 もうそれしか言えなくて、また安堵(あんど)のため息をつく。

 ウォルトが無事ならそれでいい。



 あたしはそのまま座り込んで、安堵の余韻(よいん)に浸っていた。

 しばらくすると草を踏む音がして。顔を上げれば、フェイスリート様がこちらを見下ろしていて――――少し寂しげに瞳を揺らした。



「……どうして、一人で行ってしまったのですか?」

「え……?」

「なぜ、私に声をかけなかったのですか?」

「……それ、は……」



 あんな口論した後で、顔を見られなかった。

 だって、頼んだって……。


 そこまで考えてあたしは首を振った。

 もしあの時、助けを求めたらフェイスリート様はきっと助けてくれたハズだ。

 なのに、あたしは……



「ごめんなさい……」



 あたしはバカだ。

 後先考えずに飛び出して、ウォルトを助ける事も出来ず、勝手に身を危険にさらした。

 フェイスリート様が呆れるのは無理もない――。


 あたしは俯(うつむ)いて彼の視線から逃れる。

 本当に情けない。園の為に、子供達の為に、そう思っているのに、結局あたしは何の役にも立っていなかった。

 そんなあたしの態度を見てフェイスリート様は言う。



「……いや、言い方が悪かった。すまない」と。



 彼が謝る必要などどこにもない。

 そう思って顔を上げれば、「言い難い状況を作ったのは私だ。だから、貴女が悪い訳じゃない」と、慰めてくれる。


 何処まで優しいのだこの方は。

 どう考えたってフェイスリート様は巻き込まれただけなのに、その巻き込んだ張本人にまで気遣ってくれるなんて。


 あたしはフェイスリート様を見つめる。

 すると彼は困ったように笑って、顔を逸らした。そして一呼吸置いて、また、こちらを見る。



「貴女には私の考え方のせいで、危険な選択をさせてしまった。だから……」



 話をさせてほしい。どうして私が子供を嫌いだったかを。

 そう続いた言葉に、あたしは目を瞬いて。もちろん頷いた。



                   ・

                   ・

                   ・



「私は……心の弱い人間です。事が起これば、何かのせいにして、自分を守ろうとする……本当に弱い人間なのです」


 フェイスリート様は少しずつ言葉を変えて話してくれた。


 何も知らなかった自分が招いた事で家族が傷ついた事。

 自分には知らされず、いろいろな事件が起こってしまった事。

 そして、それらは子供だった時に起こったという事。


 何故、どうして。と、考えるうちに、子供だからいけないのだという事に行き着いた。



「自分のことながら滅茶苦茶なこぎつけだと思います。……でも、そう考えれば『知らされなかったのも仕方がない。だって子供だからいけないんだ』って。それが私の答えでした」



 そう考えたら、あの時の事も全部子供が悪いのだ。

 だから子供は嫌いだ。……と、答えを出してしまったと言った。



「頭のどこかでは分かっていて、でも、それをはっきりと認識するのが怖かった。嫌いなのは知ろうとしなかった自分で、まだ何も知らない子供たちではないって事を」



 あたしはフェイスリート様の話を黙って聞いた。

 彼は自身の事をすでに良く分かっていて。それをあたしに話す事で、自分に落とし込もうとしているのだ。


 これは本当に弱い方なら出来ない事。

 自分の弱さを知り、向き合い、認める事などそう簡単に出来る事ではない。



「……もしあの頃の私が貴女に出会っていたら。知らされなかった事を嘆くばかりじゃなくて、知ろうとする努力はできたかもしれません」



 そんな大げさな。

 あたしがそんなきっかけになるかもなんて、高く評価しすぎだ。

 今回は、あたしが勝手に子供を好きになって欲しくてした事。

 幼いフェイスリート様に会ったとしても、そんな諭(さと)すような事言えるとは思えない。大方、一緒に遊んで終わりだ。



 先程まで遠くを見ながら話していたフェイスリート様が動く。

 あたしの正面に立ち、そして、片膝をついた。



「……教えてください、ビアンカ嬢。貴女は……貴女は、本当に私を慕ってくれて縁談を申し入れたのですか?」



 どうして知らない相手が、いきなり自分に縁談をもちかけて来たのか。

 その本当の理由を訊ねられている――――


 ……でも、あたしが言わなければ、フェイスリート様は嫌な思いをしなくてもすむ。


 その考えが一瞬頭に過(よぎ)り、心の中で首を振る。


 フェイスリート様は真実を求めている。

 気使い、同情、慰め、そういったものはいらない。と。

 たとえ求めた答えが、自分を傷つけるものだとしても。


 あたしは息を吸いフェイスリート様の瞳をしっかり見つめた。そして一言「違います」と、伝えた。


 フェイスリート様の瞳が揺れた。

 視線は目を伏せるように外され、唇もキュッと引き結ばれる。



「………………本当に望んだ相手はフェイリスート殿?」

「…………はい」



 どこでわかってしまったのだろう?

 そんな疑問が沸き上がってきたが、今はそれを確認する状況ではない。



「わかった……。教えてくれて、ありがとう」



 フェイスリート様は目を伏せたままあたしに背を向けた。

 話はもう終わり。そういう合図だと直感的に理解して――――



「あ、あの!!」



 気付けばあたしは声を上げていた。







お読みいただきましてありがとうございます!(*^_^*)

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