疑惑と狂信と御阿礼
会合が終わり、霊夢は買い出しがてら魔理沙と妖夢を連れて人里に来ていた。
紅魔館襲撃の知らせは既に一般に知られており霊夢たちを見つけた人里の者たちは不安にかられすぐに駆け寄ってきた。三人が完全に包囲されるまで一分とかからなかった。
先頭を駆けてきた酒屋の主人が霊夢の手をとった。妖夢は眉をひそめたが霊夢は気にしていないようだ。
「博麗さんよう、今回の敵はさすがにまずいんじゃないかい」
「そうみたいね」
馴れ馴れしい髭面にもクールに対応するあたり有名人としての自覚があるのだろうか。
「そんな他人事みたいに……いつ人里も襲われるかって気が気じゃねぇんだ。いつもみたいにパパっと退治しちゃってくれや」
「もちろんそうするわ。主に魔理沙がね」
「私かよ!?」
突然擦り付けられた魔理沙は声が裏返ってしまった。彼女もまた人々から広く認知されている。
「おお、霧雨の嬢ちゃんもいてくれるなら安心だ。敵は相当なバケモンなんだろうがよろしく頼むぜ。館のメイドさんの仇を討ってくれよ」
「お、おう……」
人里に隠れファンを多く持つ咲夜のことを託された魔理沙はどう対応したものか途方に暮れてしまう。
「それじゃ、私たちは買い物があるから。これからは人通りがない時間帯には出歩かないほうがいいわよ」
この後も人里の者たちはまだまだ彼女たちを解放してくれそうになかったが、気を取り直した霊夢がうまく切り上げて三人は買い物に戻った。
「ちょっと、あの人たちは何なの?」
人混みから解放されるや否やプリプリと怒りを露にする妖夢。対して二人はポカンとしている。
「おっどうした。カルシウムが切れたか?」
近頃の若者はキレやすくていかんねと魔理沙は混ぜっ返した。妖夢は余計顔を真っ赤に。
「あの態度! 私たちを異変解決の機械か何かだと思ってるんじゃない!?」
霊夢たちに比べて人里での認知度が低い妖夢は特に何も言われなかったが人々の態度が目に余ったらしい。
「あの人たちはいつもあんなんよ。ねぇ?」
「まあそうだな。気にしてもしょうがないぜ」
二人は割り切っているようだが真面目すぎる妖夢はそれでも納得がいかない。
「だからって……」
人里の人間は良くも悪くも異変に慣れている。今回もレミリアらがやられたとはいえ彼らの危機感はそこまでは高まってはいない。巻き込まれたら怖いくらいにしか思っていないだろう。
いつものように霊夢と魔理沙でなんとかできるものだと信じこんでいる。事の重大さを理解している妖夢にはそれが許せないのだろう。
霊夢の反応はやはり素っ気ない。
「はいはい。そういうのいいから。とりあえずこのまま紅魔館に行くわよ。何か分かるかもしれないし」
「ちょっと待て。買ったもんはどうするんだ?」
「それなら大丈夫よ。ほらっ」
買い物袋を宙に放るとスキマが開いて袋を飲み込んだ。無駄を極めた連係プレーである。
「妖怪の賢者をポスト代わりか」
「切手もいらないし捨てたもんじゃないわよ」
置いていかれそうになった妖夢は慌てて二人を追いかけた。
***
霊夢から送られてきた買い物袋を脇において、紫は再び侵入者について考えていた。
(私の能力でも捉えられないとなるとそもそも境界に干渉されない部類の……?)
まだ協力を得られていない勢力に対して藍を使いに出したが、すぐに結果を求めることはできない以上とにかく敵について知ることが急務であった。
妖怪を率いて臨んだ二度の月面戦争、博麗結界の完成によって勃発した大結界騒動などとこれまで幻想郷を揺るがす事態に何度も関わった紫だったが外敵に相対するのは吸血鬼異変以来のことになる。
「さて、と」
天狗から掠め取ったカメラで撮影した被害者たちの写真を卓の上に広げた。発見時には永遠亭に運び込むためにじっくり観察する暇がなかったのだ。
まずは塀にめり込んでいた美鈴。力と力のぶつかり合いの結果押し負けたものと見られる。妖怪であるうえに武術に通じた彼女の実力は相当なものだ。その彼女をいなした敵の強さが推し量れる。
続いて咲夜。動き回りスペルを使用した形跡があることから美鈴よりは粘ったようだが、最後は敵の膂力の前に屈したと思われる。また、彼女の場合考慮すべきことがある。
(間違いなく戦闘のなかで時を止める能力を使用していたはず。敵にはそれを破る策があったということね)
咲夜たちの能力を知ったうえで挑んだということなのだろう。そうなると厄介だ。
レミリアについては語るまでもなかった。強い光と水流という吸血鬼にとっての二重苦で徹底的に攻められていた。
紫は外の世界の人間が吸血鬼についての知識を持ち合わせている場合があることを知っていたが、レミリアもスペルを使用した形跡があることからただ弱点を突かれただけではないことを感じ取った。
(だとすると情報源は――)
紫は移動のためにスキマを開いた。
彼女の能力は姿を消すまで秒すら必要としない。駆けるよりも飛ぶよりも速いこの移動方法によって紫は神出鬼没の名をほしいままにしている。
「わっ、紫さん。急に出てくるのやめてくださいよ」
自室に紫が現れたのを見て驚いた少女は黄色い羽織に紫の髪と外の世界の基準ではなかなかに奇抜なルックスをしている。
「そんなことはいいの。あなた、最近お客さんに本を見せたりしてないかしら?」
紫が少女を名前で呼ばないので補足すると、彼女は稗田阿求。何を隠そうあの稗田阿礼その人である。彼女もまた複雑な事情を抱えているのだがここでは割愛させていただく。
「本? あぁ、見せましたよ。鈴奈庵にも行ったらしいんですけどやっぱり著者本人に話を聞きたいとかで」
得意気な阿求。
鈴奈庵とは人里にある貸本屋で阿求の友人の家でもある。
逸る心を鎮めながら阿求を問い詰める。
「何を話したの?」
「あぁ、求聞史紀と求聞口授の記述について質問されたんでお答えしました。幻想郷のみなさんは人間離れしてますからね。そりゃあ興味もわくでしょう。魔理沙さんが纏めたスペルカードの本についても盛り上がっちゃいましたよ」
紫は痛む頭を押さえた。阿求が取材を通して完成させたそれらの書籍は言わば幻想郷の攻略本で、外敵にとっては格好の作戦材料になってしまう。しかも魔理沙のスペルカード研究についてまで話を聞いたとなると事態はかなり深刻だ。
「その人のことって覚えてない?」
紅魔館の者たちは皆何かしらの力で記憶を封じられていた。阿求がそれに抵抗できたとは思えない。
ところが反応は予想と違った。
「覚えてますよ」
「えっ!?」
「だいぶ若い男の人でした。そういえば見ない顔だったなあ」
(これはうっかりしてたわね)
紫としたことが大切なことを忘れていた。阿求は『一度見たものを忘れない程度』の能力を持っている。視覚情報が否応なしに記憶に刷り込まれるのだ。
「その人について詳しく教えてくれるかしら?」




