↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
美醜逆転世界の最弱お世話係 ~世界一醜いと蔑まれる最強美女たちに拾われた僕、なぜか全員から溺愛されています~  作者: 虹の箸


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/19

古傷

リュシアとフォレストウルフの討伐を終えた翌朝、僕はいつものようにセレスティア師匠との剣の稽古に励んでいた。

ルクスの街外れにある訓練場には、朝露を含んだ草の匂いが漂っている。まだ日が昇りきらない涼しい時間帯だというのに、僕の額にはすでに汗が浮かんでいた。

「遅い。剣先ばかり見るな。相手の肩と腰を見ろ」

「はいっ!」

僕は鋼のショートソードを握り直し、師匠との間合いを詰めた。

昨日のフォレストウルフとの戦いでは、リュシアの魔法を援護しながら、なんとか一頭を仕留めることができた。以前の僕なら、三頭もの魔物を前にすれば、恐怖で足がすくんでいただろう。

少しずつだけど、確かに強くなっている。

そう思えることが、今は何より嬉しかった。

「踏み込みが甘い。もっと腰を落とせ」

「はい!」

師匠の白い剣が、僕の右肩を狙って滑り込んでくる。

もちろん、本気の一撃ではない。それでも僕には、目で追うのがやっとの速さだった。

僕は慌ててショートソードを立て、なんとか受け止めようとした。

その瞬間だった。

「……っ!?」

右腕の奥で、何かが弾けたような痛みが走った。

指先から力が抜け、ショートソードが地面に落ちる。

乾いた金属音が訓練場に響いた。

「アレン?」

師匠の声が聞こえた。

返事をしようとしたけれど、うまく声が出ない。

右腕が、動かなかった。

「……あれ?」

おかしい。

昨日までは、普通に動いていたのに。

腕を持ち上げようとしても、肘から先が自分のものではないように重い。指先には、細かな針で刺されているような痺れが広がっていた。

「アレン!」

次の瞬間、師匠が僕のそばに膝をついていた。

「腕を見せろ」

「だ、大丈夫です。ちょっと痺れただけで……」

「いいから見せろ!」

珍しく強い声だった。

僕が黙って右腕を差し出すと、師匠は革鎧の留め具を外し、袖をまくり上げた。

そこには、見覚えのない黒ずんだ痣が浮かんでいた。

肘の内側から肩に向かって、細い蔦のような模様が伸びている。

「……これは」

師匠の青い瞳が、わずかに見開かれた。

「師匠?」

「今日は稽古を終わりにする」

「でも、まだ始めたばかりで……」

「終わりだ」

有無を言わせない口調だった。

師匠は僕のショートソードを拾い上げると、左手で僕を支えながら立ち上がらせた。

その横顔が、いつになく険しかった。

*

「……古傷が、内側で癒着しているようですね」

ルクスの治療院で、白髪の老医師は難しい顔をした。

診察台に腰掛けた僕の右腕には、薄い青色の治療魔法の光が当てられている。

「癒着、ですか?」

「ええ。以前、大きな怪我をしたでしょう。それも、普通なら命を落としていてもおかしくないほどの」

僕は思わず師匠を見た。

師匠は腕を組み、黙って医師の言葉を聞いている。

始まりの迷宮で、あの骸骨剣士と戦ったときの傷だ。

あのとき、僕は全身に深い傷を負い、意識を失った。

けれど、目覚めてからは【再生Lv1】のおかげもあって、順調に回復していると思っていた。

「表面の傷は治っています。ですが、深い部分の組織が不自然な形でつながっている。神経の通り道にも負担がかかっているようです」

「治療魔法では治らないんですか?」

「軽い炎症なら抑えられます。しかし、無理につながった部分を元に戻すとなると、話は別です。少なくとも、この治療院では難しい」

医師は治療魔法を止め、僕の腕をそっと下ろした。

「日常生活に大きな支障が出るとは限りません。ただ、剣を振るうような激しい動作は避けたほうがいいでしょう」

「……どれくらい、ですか?」

「当面は安静です。専門の治癒術師に診てもらう必要がありますが、以前のように戦える保証はありません」

胸の奥が、すうっと冷たくなった。

「それって……」

言葉が続かなかった。

医師は少しだけ目を伏せた。

「残念ですが、冒険者として前衛を続けることは、勧められません」

窓の外から、鳥の鳴き声が聞こえた。

どこか遠くの出来事のようだった。

僕は膝の上に置いた右手を見つめた。

つい昨日まで、この手で剣を握っていた。

師匠に教わったことを一つずつ身につけて、いつか隣で戦えるようになりたいと思っていた。

ようやく、少しだけ前に進めた気がしていたのに。

「……そう、ですか」

不思議と涙は出なかった。

ただ、何を考えればいいのかわからなかった。

そんな僕の隣で、師匠が静かに口を開いた。

「治療できる者を探す。王都でも、エルフの里でも構わん」

「ですが、セレスティア様。治療できると決まったわけでは……」

「可能性があるなら、それで十分だ」

医師を見つめる師匠の眼差しは、剣を構えているときと同じくらい鋭かった。

けれど、僕の右手を包む彼女の指先は、ひどく優しかった。

*

治療院を出たあと、僕たちはしばらく無言で歩いた。

昼前のルクスは、いつもと変わらず賑やかだった。

露店から漂う焼きたてのパンの匂い。行き交う商人たちの声。荷車の車輪が石畳を転がる音。

昨日と何も変わらない街並みが、今日は少しだけ遠く感じられた。

「……師匠」

「なんだ」

「僕、しばらく剣の稽古はできないんですよね」

「ああ」

「依頼も、受けられないですよね」

「今はな」

師匠は即座に答えた。

その「今は」という言葉が、僕にはありがたかった。

「そうなると、借金も返せなくなっちゃいますね」

無理に笑ってみせたけれど、師匠は笑わなかった。

「銀貨十五枚のことなら、気にするな」

「でも、借りたものは返さないと」

「返済期限など決めていない」

「それでも……」

僕は言いかけて、口を閉じた。

師匠には、ずいぶんお世話になっている。

命を助けてもらって、剣を教わって、武器を買うお金まで貸してもらった。

そのうえ、これからも面倒を見てもらうなんて。

「……僕、何か仕事を探します」

師匠の足が止まった。

「仕事?」

「はい。剣が振れなくても、できることはあると思うんです。ギルドの雑用とか、宿屋の手伝いとか」

幸い、左手は問題なく動く。右腕だって、激しく使わなければ日常生活は送れそうだ。

それに、僕は料理や掃除が嫌いじゃない。

むしろ、誰かの役に立てるなら、そういう仕事も楽しそうだと思う。

「だから、師匠。今まで本当にありがとうございました」

そう言って頭を下げた。

師匠の純白の外套が、風に揺れる。

「……待て」

「はい?」

「なぜ、そうなる」

「え?」

「なぜ私のもとを離れる話になるんだ」

顔を上げると、師匠はひどく不機嫌そうな顔をしていた。

「だって、僕はもう剣の稽古もできませんし……」

「それがどうした」

「どうしたって……」

師匠は何かを言いかけ、口を閉じた。

そして、しばらく考え込むように眉を寄せる。

「……ポーターだ」

「はい?」

「私には、ポーターが必要だ」

突然の言葉に、僕は目を瞬いた。

「ポーターって、荷物持ちのことですか?」

「荷物の管理、野営の準備、食事の支度、装備の手入れ。冒険者には戦闘以外にも仕事がある」

「それは、そうですけど……」

「お前は私のポーターになれ」

師匠はまっすぐ僕を見つめた。

「報酬も払う。借金はそこから少しずつ返せばいい」

「でも、師匠は今まで一人で冒険していたじゃないですか」

「……今まではな」

「それに、僕なんかを雇っても……」

「アレン」

師匠の声が、少しだけ低くなった。

「お前は、私の役に立ちたくないのか?」

「そんなことありません!」

思わず大きな声が出た。

「僕、師匠の役に立てるなら、何だってしたいです」

言ってから、少し恥ずかしくなった。

でも、本心だった。

師匠は僕に、たくさんのものをくれた。

だから、今度は僕が何かを返したかった。

「……なら、決まりだ」

師匠はそう言って、僕に背を向けた。

けれど、その耳がほんのり赤くなっていることに、僕は気づいてしまった。

「師匠?」

「なんだ」

「ありがとうございます」

「……礼などいらん」

そう答えた師匠の歩幅は、いつもより少しだけ小さかった。

*

その日の夕方、僕は師匠の部屋で夕食を作っていた。

宿の主人に頼んで厨房の一角を借り、右腕に負担をかけないよう、ゆっくりと野菜を刻んでいく。

今日は鶏肉と根菜の煮込み、それから焼きたてのパンだ。

本当はもう少し凝った料理を作りたかったけれど、今は無理をしないほうがいい。

鍋から立ち上る湯気に、香草のいい匂いが混じる。

「……何をしている」

振り返ると、師匠が戸口に立っていた。

「夕食の準備です」

「見ればわかる。腕はどうした」

「大丈夫です。重いものは宿の人に運んでもらいましたし、痛みが出ないように気をつけています」

師匠は僕の右腕をじっと見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。

「……無茶はするな」

「はい」

出来上がった料理をテーブルに並べると、師匠は少し不思議そうな顔をした。

「これは?」

「鶏肉の香草煮込みです。師匠、いつも干し肉とか硬いパンばかり食べているでしょう? たまには温かいものもいいかなって」

「……別に、食事に不満はない」

「そうですか。でも、せっかくなので食べてみてください」

師匠は渋々といった様子で椅子に座り、スプーンを手に取った。

一口。

そして、もう一口。

「……どうですか?」

「…………」

「師匠?」

「……悪くない」

その言葉とは裏腹に、師匠のスプーンは止まらなかった。

僕は思わず笑ってしまった。

「よかった。おかわりもありますよ」

「……そうか」

師匠は何事もなかったように答えたけれど、空になった皿を僕のほうへそっと差し出した。

なんだか、少し可愛らしい。

そんなことを思いながら、僕は二杯目をよそった。

「そういえば師匠、明日からポーターの仕事を教えてもらえますか?」

「……明日は休め」

「でも」

「まず腕を治せ。仕事はそれからだ」

「はい。じゃあ、今のうちに勉強しておきます」

「……好きにしろ」

そう言いながら、師匠は煮込みを口に運んだ。

窓の外では、夕日がルクスの街並みを茜色に染めていた。

こうして誰かと食卓を囲むのは、いつ以来だろう。

ふと、そんなことを考えた。

母さんが生きていた頃は、よく一緒にご飯を食べた。

旅の途中、焚き火を囲んで、母さんが作ってくれた温かいスープを飲んだ記憶がある。

あの頃のことは、なぜかところどころ曖昧だけれど。

『アレン。あなたは、人間として生きなさい』

不意に、懐かしい声が胸の奥によみがえった。

母さん。

僕は今、ちゃんと人間として生きているのかな。

剣士になる夢は、少し遠くなってしまった。

でも、こうして誰かの役に立てるなら、それも悪くないと思う。

「……アレン?」

「はい?」

「どうした。急に黙り込んで」

「いえ。なんでもありません」

僕は笑って、師匠の皿に残っていた煮込みを少しだけ足した。

「たくさん食べてくださいね。明日も元気でいてもらわないと」

「……お前は、私の母親か」

「ふふっ。そうかもしれませんね」

師匠は呆れたように息を吐いた。

けれど、その表情はどこか穏やかだった。

食事を終えたあと、セレスティアは窓辺に立ち、夜の街を眺めていた。

アレンは厨房で後片付けをしている。

いつもなら、食事を済ませればすぐに剣の手入れを始める時間だった。

それなのに、今夜は不思議とそんな気になれなかった。

部屋の中には、まだ香草煮込みの温かな匂いが残っている。

テーブルには二人分の食器が並び、椅子にはアレンが脱いだ上着が掛けられていた。

たったそれだけのことなのに、長年使ってきた宿の一室が、まるで別の場所になったように感じられる。

「……妙なものだな」

セレスティアは小さく呟いた。

今日、アレンが仕事を探すと言い出したとき。

胸の奥が、ひどく冷たくなった。

あのまま彼が頭を下げ、別れを告げていたら。

そう考えただけで、なぜか落ち着かなかった。

だから、ポーターとして雇うことにした。

もちろん、合理的な判断だ。

冒険には荷物の管理が必要だし、野営の準備も誰かに任せられれば効率が上がる。

それに、怪我をした弟子を放り出すわけにもいかない。

そうだ。

それだけのことだ。

「師匠、お茶を淹れましたよ」

振り返ると、アレンが湯気の立つカップを二つ持って立っていた。

「……ああ」

差し出されたカップを受け取り、セレスティアは椅子に腰掛けた。

アレンも向かいに座り、嬉しそうにお茶を飲んでいる。

その顔を見ていると、なぜか胸の奥が温かくなった。

「……アレン」

「はい?」

「お前は……」

そこまで言って、言葉が止まった。

何を聞こうとしたのだろう。

なぜ、私のそばにいたいのか。

なぜ、私のためにそこまでするのか。

それとも。

「……いや、なんでもない」

「そうですか?」

アレンは不思議そうに首を傾げたが、それ以上は聞かなかった。

その何気ない優しさが、今はありがたかった。

セレスティアはカップに視線を落とす。

紅茶の表面に、ぼんやりと自分の顔が映っていた。

細い顎。華奢な輪郭。大きすぎると言われ続けてきた青い瞳。

醜い。

幼い頃から、何度もそう言われてきた。

だから、自分の顔など見たくもなかった。

けれど。

今夜は、なぜだろう。

水面に映るその顔が、いつもほど嫌ではなかった。

「……?」

セレスティアは小さく眉を寄せた。

何かが違う。

けれど、何が違うのかはわからない。

「師匠?」

アレンの声に顔を上げる。

「お茶、熱すぎましたか?」

「……いや」

セレスティアは静かにカップを持ち直した。

「ちょうどいい」

そう答えると、アレンは嬉しそうに笑った。

その笑顔を見た瞬間、セレスティアの胸に、またあの奇妙な温かさが広がった。

今まで感じたことのない、不思議な感覚だった。

そして彼女は、まだ知らなかった。

この日、何気なく口にした「ポーターが必要だ」という一言が、自分の人生を大きく変えていくことを。

お読みいただきありがとうございました。

もし「面白かった!」「続きが読みたい!」と思っていただけましたら、ページ下部にある【ブックマークに追加】や、【☆☆☆☆☆】の評価を押して応援していただけると、今後の執筆の何よりの励みになります!

次回もどうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。