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プロローグ:境界線の夜


月は、まるで死んだ魚の眼のように白く濁っていた。

崖の淵。足元には砕け散る波の音が、不気味な咆哮のように響いている。

私の手は、沙羅の華奢な肩を掴んでいた。肌は驚くほど温かい。かつて、私が必死に手に入れようと渇望した、富と愛に満たされたその体温。

「莉子……?」

沙羅が振り返った。その瞳には、恐怖も憎悪もない。ただ、親友を信じ切った、純粋な哀れみだけが揺らめいている。その清廉さが、たまらなく憎かった。

「沙羅、あなたは本当に幸福ね。何もかも持っていて……だからこそ、奪いがいがあるのよ」

私は微笑んだ。唇の端が引きつるほど、激しい愉悦が背筋を駆け上がる。

最期のキスを贈るように、彼女の耳元で囁いた。

「さようなら、私の大好きなレプリカ。あなたが死ねば、あなたのすべてが私のものになるの」

私が突き飛ばした瞬間、沙羅の体は羽のように宙を舞い、闇に飲まれていった。

悲鳴は、波の音にかき消された。

残されたのは、私だけ。そして、私の新しい人生。

私は震える手で自身の頬を叩き、沙羅のような、完璧で無垢な微笑みを鏡を見ることもなく作り上げた。

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