46.イレーネはもう我慢できません
シルヴィアが後ずさった分、イレーネは更に一歩踏み出す。
「わたくし、いつまで敬称付きで呼ばれるのかしら?慣れるまでは仕方がないと思っていましたが、もう我慢できません!」
イレーネは両手を腰に当て、頬を膨らませて怒っている。なにそれ可愛い。
「え?」
イレーネの可愛さに胸を打ち抜かれつつも、思っても見なかったことを指摘されてシルヴィアはゆっくりと首を傾ける。
「確かに。ヴィアだけ皆んなに敬称つけて呼ぶよね。」
「長ったらしいから、とっととやめろ。」
オズワルドだ。優しい瞳でシルヴィアを見つめながらのこの言葉使い。やばい、クセになる。
「イレーネはいいとして、ヴィアがみんなを敬称なして呼ぶのちょっと嫌かも……。距離が近すぎない?」
アーノルドは不満を隠さない。
「僕はいいよ。」
「だよね。」
「ノエルで。」
ノエルはふわりと微笑んで頷く。
「え……。そのままでいいよ、じゃなく?」
「うん。」
アーノルドの問いかけに対して、ノエルはもう一度頷く。
「では、私もエミリオでお願いしようかな。いつまでも距離があるのはチームとしても良くないからね。」
エミリオもにこりと微笑み、シルヴィアに視線を送る。
確かに、騎士団などでは階級が違ってもお互いに呼び捨てや愛称で呼び合うらしい。戦闘中に敬称をつけていては指示や連携に時間がかかる。
「じゃあ決まりだな。俺ももちろんランドルフで!」
ランドルフはニッと笑ってシルヴィアの肩にとんっと手をかける。
「わ、分かりました!エミリオ。イレーネ。オズワルド。ノエル、アーノルド。ランドルフ。」
それぞれの顔を見ながら一度名前だけで呼んでみる。この場で実行しておかないと、やっぱり次も敬称をつけてしまいそうだと思ったのだ。
「改めまして、よろしくお願いします!」
「ああ、よろしく。」
「ふふ、嬉しいわ。」
「よろしくな。」
「何を今さら。」
「これからも末永くよろしくね。」
「……よろしく。」
ひとりかなり重めの『よろしく』が混ざっていたが、気づいていないふりをして全員に笑顔を返した。
敬称問題も解決して、ようやく宿に戻りゆっくりと休める。しかし、シルヴィアはなかなか寝付く事ができなかった。これまでに起こったことを整理して、ある仮説を立てていた。移動して、魔物を討伐して、ダークホールの浄化を行う。そしてその後に毎回、攻略対象とふたりっきりになるイベントが起こる。
「まるで乙女ゲームのターンシステムのようだわ。まさか、誰とも結ばれなかったノーマルエンドの続編でも配信されているのかしら……。」
布団の中で頭を抱えるシルヴィア。
「はぁ、せっかくシナリオから離脱できたと思っていたのに。……逃げ切りたい、絶対に。」
そうは思うが、これからの事を考えると憂鬱になる。
「次は、アーノルドか。」
既にその他のメンバーとはイベントが終了しているのだ。
残るはアーノルドただ一人。そして、最大の鬼門だ。イベントが終わると同時に婚約が交わされていたらどうしよう。あんなに大好きだった推しに対して、こんな気持ちを抱く日が来るとは夢にも思わなかった。ただ画面越しに見ていたかった。今世でも遠くから眺めているだけで良かったのに。
「一体全体どうしてこうなった。」
『私の事だけ見ててほしいな。』ボートの上でマントの中に閉じ込められた事を思い出し、ボンっと顔を真っ赤にするシルヴィア。
「うわぁーーー!何で今そんな事思い出すのよー。余計眠れな………。スースースースー…。」
シルヴィアは意識を失うように眠りについたのであった。




