↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星の進路  作者: 春凪とおる
第4章 星の進路が曲がる

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
34/42

第34話 印の重さ

翌朝、協議が始まる前に、アステルは王宮の備蓄倉を見た。

地下へ半階降りた場所に、鉄を打った厚い扉が並んでいる。


扉が開くと、穀物の乾いた匂いが流れ出した。

袋と箱が列を作り、その奥には保存食や、

作付けのために残された種麦が収められていた。


麦村の家で見た、底の近い袋とは違う。

王宮には、送ることのできる物がある。

だが、倉を管理する担当者は言った。


「すべてを出すことはできません」

「戦に備える分があるから?」

「それだけではございません。

 次に同じ雨が降る場所が、東方とは限りません」


倉が空でないことと、自由に使えることは同じではなかった。


王宮の一室、朝の間にはマグナス、ユーリス、ガラード、オルフェが集まっていた。

卓上には備蓄の表、東方から届いた報告、橋と迂回路を記した地図が置かれている。


「東方へ送る物を決める。ただし、決定しても運べぬ物は送れぬ」


ガラードが地図の一か所を指した。


「荷車は橋の手前までです。

 そこから先は、人が背負うか、人の引ける小車へ積み替える必要があります」


「迂回路は?」

「遠回りです。修繕材を運ぶなら使える可能性はありますが、

 雨の後の道を確かめなければなりません」


「では、橋の手前まで保存食と種麦を運び、そこから人を出せばいい」

「人は、どこから出す」


マグナスが問うた。


「王都から――」


アステルは答えかけて、止まった。

王都から人を送れば、その者たちが東方へ着くまでにも日数がかかる。


「橋の近くで集められる人を確かめます。

 小車が橋を渡れるかも、あわせて見ます」


ガラードが言った。

送ると決めるだけでは、届かない。


「水門と橋を直すための材も必要です。

 食料だけ届いても、水路と橋が戻らなければ、カイは離れられません」


マグナスの視線が上がった。


「支援は、カイを王都へ呼ぶために行うのか」

「違います。カイが来なくても、村には必要です」

「ならば、その二つを同じ理由で語るな」


昨日、自分で分けたはずの二つを、また同じ理由で語っていた。

村を支えることと、カイを認めさせることは関係している。

だが、村を助けることをカイへの条件にしてはならない。


「保存食、種麦、水門と橋の修繕材を送ることを求めます。

 カイの返事にかかわらず、東方が持ちこたえるために必要です」

「倉にあることと、出せることは同じではない」

「分かっています」


そう答えたものの、何をどこまで残すべきか、

アステルには判断できなかった。

保存食の状態を確かめる。

種麦として使える物を分ける。


修繕に必要な材を現地へ照会する。

橋の手前まで荷車が入れるか調べる。

そこから先を運ぶ人手を確保する。


アステルの前へ、確認を待つ紙が重ねられていった。

泥のついたカイの手紙が浮かんだ。


 水路は半分戻しました。


残りを戻すために必要な物は王宮にある。

それでも紙の上では、まだ何も動いていない。


「現地で必要な材の確認が」

「迂回路の確認も必要です」

「種麦の状態を確認してからでなければ」


「確認、確認、確認」

アステルは思わず口にした。


紙をめくる音が止まった。

倉の担当者は顔を上げ、ガラードも地図から手を離した。

マグナスは声を荒らげなかった。


「今の言葉を聞いた者は、次から確認を省きます」

「そんなつもりでは」

「殿下のつもりを、全員が尋ね返せると思うか」

「確認を省けば、早くなるでしょう。

 その代わり、傷んだ食料を送り、

 通れない道へ荷車を出し、使えない材を届けるかもしれぬ」


確認という言葉の中には、決断を先送りするためのものもある。

だが、人と荷を守るために必要なものもある。

苛立った声で、その違いまで消してしまった。


「……ごめんなさい」


担当者が困ったように姿勢を正した。

アステルは息を整えた。


「今の言葉は取り消します。

 必要な確認を省いてほしいのではありません。

 何を確かめれば動けるのかを、分けてください。

 今分かることは今日決める。

 現地でなければ分からないことは、荷と一緒に確かめに行く。

 それではいけませんか」


ユーリスが紙束から一枚を抜いた。

「その前に、見ていただく資料があります」


東方の水門と橋について、修繕を求めた申請の写しだった。

「申請は、大雨より前に王宮へ届いていました。

 その後、確認を求めたまま審査が止まっています」


申請にも確かめるべき点があり、王宮側からの返答にも時間がかかっていた。

双方の慎重さが重なり、修繕に取りかかれないまま雨の時期を迎えた。


「王宮の遅れが、水門を壊したと言えるのですか」

「言い切ることはできません。

 修繕が済んでいれば増水に耐えられたかは分かりません。

 ただ、対応の遅れが被害を拡大させた可能性はあります」


責任を一人へ渡せないことは、責任がないことではない。


「全部を東方へ送れとは言いません。

 けれど、王宮の遅れが被害を広げた可能性があるなら、

 分からないことだけを理由に何も送らないのも、正しい確認ではありません」


マグナスは備蓄の表を読み、ガラードへ迂回路を問い、

担当者へ保存食と種麦の状態を確認した。

オルフェには、現地の神殿が荷の受け取りと人手の確保に協力できるかを尋ねた。

一つずつ答えが揃っていった。


「倉を一部開ける」


マグナスが言った。


「東方へ保存食と種麦を送る。

 水門と橋の修繕材も、現地で使える物から出す。

 荷車は橋の手前までとし、その先を運ぶ人手と小車を確保する」


アステルは息を吐いた。

ようやく、カイの手紙へ返せるものができた。


「決まったと思われますか」

「いま、決まったのではないのですか」

「印は荷車を走らせません」

「倉の封を解き、荷を分け、道を確かめ、受け取る者へ知らせる。

 届くまでに止まる場所はいくらでもある。

 殿下も、届くまでを見届けなさい」


それは許可ではなく、責任を分け渡す言葉だった。


「はい」


印が蝋へ押された。

担当者は必要な紙を抱え、会議室を出ていった。

ガラードも輸送路の確認へ向かう。


オルフェは、現地の神殿へ荷の受け取りと

人手の協力を求める書状を用意すると告げた。

決裁は王宮が行い、神殿は現地での受け取りを助ける。

それぞれの仕事が動き始めた。




その夜、アステルはカイへ手紙を書いた。

 

 倉を開けます。


その一文だけは、迷わず書けた。

物資を送ると約束しても、まだ一つも届いていない。

安心してほしいとも書けなかった。


アステルは最初の紙へ戻った。

 

 倉を開けます。遅くなりました。


その下へ、再儀式については命じないこと、

応じるかはカイの返事を待つことだけを短く書いた。


物資を送ると決めたことと、カイの人生を決めることは同じではない。

蝋を落としながら、アステルは翌朝に確認する荷の一覧を、

ミレイへ用意するよう頼んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。