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星の進路  作者: 春凪とおる
第3章 王宮は星を疑う

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第29話 消された星

その夜、ミレイは戸と窓を確かめ、人払いを済ませた。

部屋に残ったのはアステル、ミレイ、ガラード、年長神官だけだった。

ガラードは帳簿と星見の塔の公文書を別の箱へ収め、オルフェの小さな別封だけを卓へ置いた。


「これは星見の塔の正式文書ではありません」年長神官が警告した。

「内容が事実であっても、検証を経ない私信です」


アステルはすぐに開けられなかった。

母について知りたいと望んだのは自分なのに、答えが紙の内側にあると思うと指が冷えた。

ミレイが背後へ控え、ガラードは同席者が増えないよう戸口に立った。


封を切ると、公式の紙より薄く、端を手で切られた紙片が現れた。

オルフェ本人の、右へわずかに傾く筆跡だった。


「百代目の星は、王宮内だけを示したのではありません」


声が震えた。

母の星は一度、王都の外へ向かった。


当時の神殿と王宮は国の不安定を恐れた。

正式な記録を、星が王宮内を示した形へ修正した。


かたわれとして公表されたのはマグナス。

星が本当に示した者の名は、オルフェにも確認できない。

紙片はそこで終わっていた。


「嘘だったのですか」

アステルの問いに、誰もすぐには答えなかった。


ミレイは椅子の背へ手を置いた。

先代女王に仕えることを誇りとしてきた彼女には、母の治世を疑うことと、

母が偽りに囲まれていたかもしれない、と認めることのどちらも苦しかった。


「陛下が、お望みになったとは限りません」

「望んだかもしれない」


アステルが言うと、ミレイは目を伏せた。

庇う言葉を探し、見つけられなかった。


「私は、陛下が民を欺かれたとは思いたくございません」

「思いたくないことと、なかったことは違うわ」

「承知しております」


ミレイの声は硬かった。


「それでも、殿下。

 先代陛下が何もお選びになれない方だったようにも、

 国のためなら何でもなさる方だったようにも、

 今夜だけで決めないでください」


その言葉には忠誠だけでなく、長く仕えた人を一枚の紙で別人にされたくないという痛みがあった。

アステルは反論できなかった。


年長の神官は紙片から目を離さなかった。


「これが広まれば、神殿の儀式そのものが疑われます」

「既に疑う理由があるから、隠すの?」

「国の信仰と継承が崩れれば、真実を知るどころではありません」


彼の恐れも自己保身だけではなかった。

星読みの権威が失われれば、対立候補を支持する貴族が別々の真実を掲げ、

継承争いが起きる。

制度は嘘を隠す壁であると同時に、争いを止める壁でもあった。


ガラードが低い声で言った。


「先代女王の時代は、国境紛争の直後でした。

 王宮が揺らぐことを恐れた者は多かったでしょう」

「だから星を曲げた?」


「星を、ではなく記録を」

「同じことです」

言い切ったあと、アステルは紙片を見た。


星そのものは夜空にあり、誰にも曲げられない。

だが国民が知る星は記録の中にしかない。


記録が王宮内を示せば、百代目の星は百年後まで王宮内を示し続ける。

その意味では同じだった。


けれど、真実を公表したことで内乱が起き、

多くの人が死んでいたなら、それでも同じと言えるのか。

怒りの向き先が定まらず、百代続く制度そのものが巨大な空洞に見えた。


ガラードは国境紛争の直後、まだ若い騎士として北へ続く街道の警備に就いていた。

その頃のことを、途切れ途切れに話した。


街道には敗残兵が残り、二つの貴族家が継承へ異議を唱え、

北の砦では給金が三月遅れていた。

新女王のかたわれが王都の外、それも身元の定かでない者だと公表されれば、

王宮が神殿に操られたと騒ぐ者も、偽の候補を立てる者もいただろう。


「だから正しかったと言うの?」

「当時の者が恐れた理由は分かる、と申しております」


「恐れれば、記録を変えていい?」

「いいえ。

 ですが、恐れを知らずに裁けば、私たちは同じ場面で同じ過ちを選びます」


アステルは腹が立った。

理解することが許すことに聞こえたからだ。

だがガラードの顔にも、改変を擁護する安らかさはなかった。


話し合いを終えると、アステルは紙片をミレイへ預け、

ガラードを伴って水路へ向かった。




カイへ話したのは、王宮が過去にも星読みの記録を変えたらしいこと、

今回も同じことが起こるかもしれないこと、自分が怒りのまま公表したくなっていることだけだった。

紙片そのものも、王家の記録の詳細も見せなかった。


「怒っています」

「じゃあ、怒ったまま決めない方がいいです」


カイは泥の残った手を見た。


「前に、下流の人に怒鳴られて、

 腹が立ったまま上流の板を閉じたことがあります。

 下流には水が行ったけど、次の日、上流の人が板を壊しました。

 直すのに三日かかりました」


賢者の教えではない。

自分の失敗を覚えている者の言葉だった。


「待てば正しく決められる?」

「知りません。でも今よりは、壊すものが見えるかもしれない」




部屋へ戻ると、アステルはミレイから紙片を受け取った。


その夜は眠れなかった。

夜が明ける頃、紙片と母の公式記録を並べていた。


マグナスは知っていたのか。

母は記録に納得していたのか。


オルフェはなぜ今知らせたのか。

本当のかたわれは誰だったのか。


今も生きているのか。

なぜ名が完全に消えたのか。


問いには、勝手な顔を与えないようにした。

見知らぬ人物を悲劇の英雄にすることも、

マグナスを嘘の首謀者にすることも、今はできない。


それでも、一つだけ繋がった。


王宮がアステルの星読みを疑うのは、王都の外を示す前例がなかったからではない。

前例があり、その時は王宮の内側へ修正したからだ。


今回も同じように、麦畑を象徴と呼び、

再儀式で別の答えを求めようとしている。


「王宮は、また星を王宮の内側に戻そうとしている」

口に出すと、紙片を持つ手が震えた。


自分は再儀式へ応じると返事をした。

王宮へ帰れば、母の名、国の安定、継承の責任を並べられ、

圧力に負けるかもしれない。

自分自身にも、王冠から逃げたい気持ちがあった。


「今度は、麦畑を象徴という言葉で王宮の内側へ戻させない。

 カイを都合のよい別の候補へ置き換えさせない。

 再儀式で望む答えが出るまでやり直させない。

 私が村で見たことを、なかったことにはさせない」


声にしても、自信は生まれなかった。

紙片一枚を守る方法さえ、まだ決められていなかった。


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