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星の進路  作者: 春凪とおる
第3章 王宮は星を疑う

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第27話 かたわれの条件

市場町から戻って十数日が過ぎた。

霜の朝が続く間、一行は星盤の正式確認、帳簿の提出範囲、

橋と水路と市場価格の報告を整えていた。


ガラードは宿駅と護衛経路を調整し、アステルは先に王都へ送った返書への回答を待っていた。

その回答が、朝の祈りが終わる前にようやく届いた。


それは、王都での審議と封印を経て届いた、星見の塔名義の公文書だった。

年長の神官は戸口で受け取ると、星見の塔の封蝋、紐、使者の受領札を照合した。

ミレイは人払いを確かめ、ガラードは使者と同行者を確認した。

記録官は到着時刻と使者名を書き留めた。


公文書には、再儀式の手続き、先にアステルが送った返書を受領したこと、

正式な『かたわれの条件』が記されていた。

さらに、『正式確認後、殿下お一人のご判断で』と記されたオルフェ個人の小さな別封が同封されていた。ミレイは、人払いのできる時まで自分が預かると申し出た。


「第一に、女王候補の星石が反応すること。

 第二に、女王候補自身が星図の像を視認すること。

 第三に、星図と実在の場所または人物が一致すること。

 第四に、示された人物との対面後、その人物が星盤へ触れ、

 女王候補が誓詞を唱えた時、星盤と星石が規定の形で再反応すること」


読み上げるたび、若い神官が小さく頷いた。

最後の条件で、彼らの視線は卓上の旅の星盤へ集まった。


黒い円盤には、銀の点が夜空の配置どおり刻まれている。

村へ来てから、水路や麦畑では銀線全体がぼんやり滲み、

東へ向いた点だけが淡くなることがあった。


年長神官によれば、それは方角や場所に対する弱い反応であり、

人物の確認にはならない。

示された人物が触れ、アステルが誓詞を唱えた時、

定められた星点が順に光り、アステルの星石も同じ色で応じて

初めて確認反応になる。

若い神官は儀式布を広げ始めた。


「カイ殿に星盤へ触れていただき、殿下に誓詞を唱えていただきます」

「ここで?」

「はい。正式確認の簡易式です」


いつの間にか呼ばれていたカイは、戸口から動かなかった。

作業着の袖は水に濡れ、手には泥がついていた。

銀の点が刻まれた円盤と自分の手を見比べる。


「触ったら王都に連れて行かれますか」

「そういう意味では」

「ありますよね」


神官は言葉を切った。

触れたという事実は記録される。

条件が満たされれば、王宮はカイを正式なかたわれ候補として扱う。

王都への同行を求める正式な根拠になる。


「確認は必要です」と神官は言った。

「確認を先延ばしにすれば、継承そのものへの疑いが深まります」


それも事実だった。

星読みが疑われ、対立候補がいて、王宮では既に噂が広がっている。

儀式を拒むことは自由の表明であると同時に、国の制度を止める行為にもなる。


カイの指から泥水が一滴落ちた。

彼が恐れているのは王都の建物でも、立派な衣服でもない。

この円盤に触れることで、水路番のカイより先に「かたわれ」が記録されることだった。

父親の咳も、水路の修繕も、村で任された仕事も、

王宮の紙には同行を断る事情として小さく書かれるだけだ。


「カイ。嫌なら触らなくていい」

アステルが言うと、神官が息をのんだ。


「殿下」

「星が示したかを確かめるために、本人の意思を踏むなら、

 それは導きではなく拘束です」


ガラードは神官とカイの双方を見渡せる位置へ立った。

「本人が拒否した場合、拘束も連行も行わない。

 その点を先に記録へ加えてください。

 ですが、確認を拒み続ければ、王宮はさらに人を送るでしょう。

 村がそのたびに受け入れることになります」


ミレイも言った。

「殿下のお言葉はカイ様を守ります。

 ただ、その責任を殿下一人で負えるかは別でございます」


アステルの胸が詰まった。

善意で「触らなくてよい」

と言っても、使者を追い返す力も、制度を変える力も、今の彼女にはない。


カイは結局、その場では触れなかった。

星盤は布に包み直され、神官たちは不満を隠さず、儀式の延期を記録した。


昼には、触れればカイの手に印が残るという噂まで広がった。

父親は咳の合間に

「行かなくていい」

と言い、少しして

「村へ兵が来るなら話は別だ」

と付け加えた。

残れとも行けとも、家族には決められなかった。


神官たちは儀式の延期をどう記すかでも、意見が割れた。

ガラードは、星盤への接触と王都行きへの同意を、記録上も別項目にするよう求めた。




夜、水路脇には月が出ていた。

昼に直した板の隙間から細い水音がし、冷えた草に露が光った。

カイは石へ座り、靴についた泥を小枝で落としていた。


「かたわれって、何ですか」

アステルは教本の文章を思い出した。


「女王の進路を照らす存在、と教えられました」

「進路って、どこへ行くかですか」


「国をどう導くか、という意味よ」

「ずいぶん広いですね」


「私もそう思う」

アステルは水面へ目を落とした。


「私は最初、かたわれは私を王冠へ導く人だと思っていたわ」

「今は?」


「王冠から引き戻す人かもしれない」

カイは小枝を折った。


「王都の人、分からないことをずいぶん大事にしますね」

「分からないから、大事にするのかもしれない」

「分からないもののために、俺を連れていくんですか」


アステルは答えられなかった。

水は板へ当たり、二本の溝へ分かれていた。

片方を増やせば、もう片方が減る。


「国も、分けることの連続なのかもしれない。水、麦、税、道、責任、痛み」


口にすると、整いすぎて聞こえた。

カイも眉を寄せた。


「水なら、減った方を見に行けます。国は全部見られるんですか」

「見られないわ」

「なら、同じじゃないです」


長い沈黙のあと、カイが言った。

「触ります」


「私が言ったことは気にしなくていいの」

「それだけで決めてません」


拒み続ければ、神官の滞在は延びる。新しい使者も来るだろう。

それに、一度触れれば何が起こるのか、自分の目で確かめられる。


「父上には話した?」

「話しました。行くなと言われました」

「それでも?」

「触ることと行くことは違うって言いました。

 でも、王宮もそう思うかは分かりません」


カイは水へ小枝を投げた。

流れに乗った枝は板へ当たり、しばらく回ってから細い方の溝へ吸い込まれた。


「殿下が止めたせいで儀式ができないって書かれるのも嫌です。

 俺が嫌なら、俺が嫌だと言った記録にしてください」


アステルは、自分の庇い方が彼の拒否さえ奪いかけていたことに気づいた。

守ることと、代わりに決めることは近い。


「触るだけです」

「ええ」

「王都へ行くとは言ってません」

「分かっています」




翌朝、同席者を確認したうえで、儀式布がもう一度広げられた。

カイは水で手を洗ったが、爪の間の泥までは落ちなかった。

ガラードは戸口の村人との間合いを保ち、若い神官が先走って式を進めないよう位置を取った。


アステルが古い誓詞を唱え、カイの手が黒い円盤へ触れた。

最初は何も起きなかった。


やがて一つの星点が淡く光り、記録どおりの順番で隣の点へ移った。

同時に、アステルの胸元の星石が同じ青銀色で応じた。


光は弱かったが、その形は過去の確認記録と一致していた。

場所に対するぼんやりした滲みとは違っていた。

年長の神官が息を詰め、記録官がすぐに筆を走らせた。


ミレイは記録官の記した時刻と同席者を確かめ、

ガラードは『星盤への接触には同意、王都行きには不同意』の一文が加えられたことを確認した。


アステルは光より、円盤から手を離したカイの表情を見た。

カイの手のひらには何の印もなかった。


若い神官が

「確認条件成立」

と読み上げると、戸口の村人から

「では連れていくのか」

と声が上がった。


ガラードは前へ出すぎず、声を上げた者とアステルの間の距離だけを保った。

別の者は、カイが今日も水門へ行けるのかを尋ねた。

奇跡の直後にも、午前の水配りの時刻は近づいていた。


「これで終わりですか」


誰も、はいとは言えなかった。

星盤の条件は満たされた。

だが、カイは王都へ行くとは言っていない。


星に選ばれたという記録が、本人の人生を決める権利になるのかは、

何一つ決まっていなかった。


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