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見てしまった

「ラカ様が……」


誰も、その手記が偽物であり、内容はでっち上げだということは言わなかった。

その場にいた全員が直感したのだ。これは本物だ、と。嘘偽りなく内容は本物で、これはシダリの遺書であると。


理解してしまったからこそ動けない。シダリと同じく、絶望に包まれるしかない。


「ね、ねぇ……あたしにも読ませて。ミズキが読み落とした部分があるかもしれないしさ」


でも、それでも、とカエデがかすかな希望に縋るように手を伸ばす。

無駄だとわかっている。読み飛ばしたなんてことはない。だがそれでも確かめずにはいられない。どうせ折られるとわかっていても止められない。

カエデの気持ちを慮り、抵抗せず手記を渡す。カエデが奪うようにしてノートを取った。


「……ん?」


ひらり、と一枚のメモが裏表紙の隙間から落ちた。メモが落ちたことはミズキ一人しか気付いていないようで、あとの3人は手記を読む方に集中している。

このことを伝えるべきか、一瞬迷い、とりあえずメモを読んでから決めることにした。そっと知られないように拾い上げる。ページを一枚破って作ったメモには小さな字で一言。『奥の間の裏手に証拠』と。


奥の間とはラカの部屋だ。その裏手に。ということはシダリはそこへ向かったのだ。ニイカが見たという後ろ姿はきっとそこに向かう瞬間だろう。

そこに手記の内容が本物だということを示す証拠がある。この手記は手の込んだイタズラで、自殺は世話人との口裏合わせで、本当は生きててどこかで匿われているとかいう希望を打ち砕くために。本物だということを認められない足掻きを完膚なきまでに叩き潰すために。おそらく、シダリが最期に思い知ったように。


これは皆に告げないほうがいいだろう。『でも、それでも』の余地を全部潰されたからシダリは絶望に押し潰されて自殺を選んだ。反駁できる余地はそれだけ重要だ。たとえ折られるとわかっていても、『でも、それでも』を作っておかないと、シダリのように押し潰されてしまう。

それがわかったからこそ、このメモのことは告げないでおくことにした。この手記は手の込んだイタズラだと、ありもしない希望に縋って強がれたほうが、きっといいから。夢を見られたほうがいいのだ。


――だとしても、私は知りたい。


「……ごめん、私。先に部屋に戻るね」


ショックだったから部屋に戻って休むというていで、そっと座敷を抜ける。皆手記の内容に夢中で、特に止められることはなかった。

座敷から寝室棟に続く渡り廊下へと向かうふりをして、途中、そこから逸れる。皆がいる座敷は本邸を真上から見下ろした図でいうところの左下、そこからコの字を逆順に書くようにして回り込めば、奥の間に続く渡り廊下に出る。


「よいしょ……っと……」


世話人に見つかったらどうしようかと思っていたが、意外にも出会わない。奥の間に続く渡り廊下の前など、見張りとして誰か立っていてもおかしくないのに。隠れながら進むのが馬鹿馬鹿しくなるくらい誰の気配もない。


すべて見透かしたうえで誘導されている気がする。シダリもそんな気持ちでこの渡り廊下を進んだのだろうか。振り返って座敷の方角を見るが、壁や障子が塞いでいるせいで座敷の様子はわからない。声も聞こえないので何の話をしているのかもわからない。仮に聞けたところで、内容などたかが知れているが。


「裏手、よね?」


このまま渡り廊下を渡ってもラカの部屋に着くだけ。目的地はその部屋の裏手なのだから道を逸れないと。ぴょんと欄干を飛び越えて庭に降りる。真っ白な靴下が土に汚れてしまったが仕方ない。寝室棟にちゃんと立ち寄って靴を取ってこればよかった。

今更なのでそのまま進む。渡り廊下と並行して進んで見えてきた小さな離れが奥の間、つまりラカの部屋だ。目的はその裏手。離れに沿ってぐるりと回って、部屋の縁側から眺めるためにあるのだろう小さな庭園へ。そこには。


「…………なにこれ」


鮮やかな、あまりにも鮮やかに何層にも塗り重ねられた、血の跡。

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