そうして私は真実を知ったのです
――あれから私は調べた。エンゲージの真実も。鹿嫁となったその後のことも。
シダリが遺した手記はそんな一文から始まっていた。
そこに書いてあったのは拒否と絶望だ。優しく丁寧に、『でも、それでも』と信じようとした端から手折っていくように。
真実の断片はひとつひとつ巧妙に配置され、答えを求める者がきちんとたどり着けられるようになっていた。そうして周囲を埋めるように、否定の余地もなくなったところで答えを提示する。そんな手法で真実にたどり着くよう設計されていたことへの吐露に始まり、ありとあらゆる呪詛が書き綴られていた。
それは、信じようとしたのに裏切られた者の絶望だった。勝手に期待して勝手に裏切られているだけにすぎない冷徹な俯瞰視点を書きながらも、泣き叫ぶ主観視点の慟哭を書き綴っていた。
だって、すべては欺瞞だったのだから。
我らが一族はただ鹿神に飼われ、弄ばれるだけの存在だったのだと知ってしまったのだから。
シダリの震える文字は愛した者の欺瞞を知った失望と絶望で染まっていた。
「……そんな……」
欺瞞だった、と綴られた文字を指でなぞる。水滴の跡がにじむ紙面には欺瞞の回答が書き連ねられている。何かの間違いだと縋る心を折るように、反駁を論破するかのように。まるでシダリの思考と検証の過程を追体験するようにして。
――そうして私たちは鹿神の手のひらで弄ばれる。鹿神の好む情動を生産するために。
鹿嫁とは一番美味しいものを生産できた工場につけられる称号で、神に愛される誉れなどどこにもない。
「そして……」
「そして? なによ、黙り込まないで」
読み上げの途中で言葉を失い、黙り込んでしまったミズキを急かすようにカエデが続きを促す。
ごめん、と一言謝って、気を取り直して続きを読む。そこにある最大級の絶望を。
「……そして、嫁となったものは、最も熟したものとして、喰われる。肉体ごと、魂を」
そう、奴の主食は情動ではない。本当の主食は魂そのもの。情動は味付けにしかすぎない。
つまりこのエンゲージという儀式は、より美味い餌を選別し、調理し、捕食するためのものなのだ。
私たちは鹿神に喰われるために生み出され、育てられた餌。その証拠が、私たちの名前だ。シダ、ハナミズキ、モミジ、葛、桜に楓、萩、椎。どれもシカの好む食べ物の名からつけられている。私たちの運命は生まれた時から暗示されていた。私たちは餌だという用途が示唆されていた。
「……私たちは餌だって……?」
『贄』ではなく『餌』。わざわざその表記を用いた言葉選びにシダリの絶望を知る。
しんと沈黙が降りる中、ミズキはページをめくる。
すべて欺瞞だった、とびっしり繰り返し書き綴られている見開きのページをめくり、さらに先へ。
ラカ様は私たちを愛していない。一言そう切り出した文頭の次には、ラカの言葉が欺瞞であるとの証明とばかりに一項目ずつ潰すように論破が繰り返されていた。
――『一緒にいたい』。それは餌を手放したくないから。『大事に思っている』。私たちは餌だから。
実によって眷属にし、永遠の命を与えないのは、下等な生物ごときと長く居たくないから。
古びたものは適当なところで命を終わらせて、次の新しいものを生み出させたほうが都合がいいから。古く固い葉より柔らかい新芽のほうが瑞々しくて食べやすいから。
人としての尊厳を守るなんて大嘘。ありとあらゆる優しさは見せかけで、何もかも欺瞞。
全部、全部嘘だった。ラカ様をきちんと好きでいるために調べ始めたのに、調べれば調べるほど裏切られる。
これ以上探っても裏切られるだけ。絶望するだけ。ならば。
「なら、何も知らず相思相愛であると信じていた頃に殉じる。何もかもを知って悲しみとともに『ただの餌』に成り下がる前に……」
手記はそこで終わっていた。




