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実とは

はは、と冗談めかした笑いが響く。こんな無邪気に笑ったのは久しぶりな気がする。


「おかわり淹れるね」


ちょうど湯呑みが空になったので。シダリが立ち上がり、手早く急須に茶葉を用意する。ジャムの瓶を開け、中から薄く切った実のスライスを取り出す。

てきぱきと用意し、ミズキに差し出す。毒はないよ、なんて軽口を挟みながら。


「それにしても……実ってなんだろうね?」


差し出された茶と実のスライスをいただきながら、ぽつりとミズキが呟く。


傷病を治し、しかも鹿神との親和性があれば異能の力も発現する。

さらにはこうして不安さえ取り除く。シダリの部屋を訪れるまで、何もかも疑わしく見えるくらい疑心暗鬼だったのに、今ではこうして心穏やかに話している。真っ直ぐに、信じたいものを信じるという信念を貫こう、それでいいんだと晴れやかな気持ちだ。


いったいこれは何なんだろう。こうして何気なく食べているが、その本質を何も知らない。

当たり前すぎて今まで疑問に思わなかったが、ふと疑問に思ってしまった。


「実は実だものね」


我らが一族はこれを『実』と呼んでいる。『実』とは鹿神から与えられるこれのことで、一般的な果実を指す意味で用いられることはあまりない。果実を指す意味で実という単語を用いる時は、栗の実とか南天の実とか呼ぶ。

だがこれは『実』としか呼ばれていない。たとえば『ラカの実』とか『鹿神の実』とか呼ばない。


「大人たちに聞いても、実は実だろ、って言うしね」


手はなんで手っていうの、手だから手だよ。そんな調子だ。あまりにも当たり前の語彙すぎて、『なんでそうなのか』をまったく疑問に思わない。それくらいこの実というものは我らが一族に馴染みすぎている。


呟くミズキにシダリが頷く。


巫女(世話人)に聞いてもそうだよ」


小さい頃、同じ疑問を持ったことがある。ありとあらゆることになんでなんでと聞きたがる年頃の時だ。実はなんで実っていうのと聞いてみた。

大人たちは『実は実だ』と言う。だが世話人たちはラカに近いぶん知っているのでは。そう期待したのだが、残念ながら世話人の答えも同じだった。本邸に仕える世話人は何十人もいるのだが、誰に聞いてもそうだった。『そういうもの』だから『そう』なのだ、と、有無を言わせない当然さで。


その時はそうなのかで飲み込んだが、成長するにつれ知的好奇心が再び疑問を思い出した。

どうせ聞いたところで答えは幼少期に与えられたものと同じだ。ならば自分で調べてみようと、本邸の蔵に入って資料や記録を探してみたことがある。


「……どうなったの?」

「何もなかったの」


古びた本を読み解いても、実は実として書かれていなかった。鹿神の恩寵とか、鹿神の慈悲だとか、そんな言い換えやたとえはたくさん用いられていたが、実は終始『実』だった。隠された事実があるとかでもなく、『そういうもの』だから『そう』だと言いたげに。


「ひとつわかったのは、これがラカ様の力の片鱗だってこと」


魔力だとか霊力だとか、なんだかそんな神秘的な概念のエネルギーを固めたものなのだと。

要するにこれは鹿神の力を割譲したものだ。ひとつあたりの量としては、ほんの毛の先程度もないわずかなものだそうだが。

そして割譲することで損なわれた力は食事で補われる。つまり、我らが一族の情動だ。人間たちの喜怒哀楽を受け取り、それを活力にしている。

そうして補われるので実質的に無限生産できるそう。これは、書を読んだ後に本当かどうかラカ本人に聞いて確かめたので間違いない。


「梅の木に水をやって、梅の実を取って食べるみたいに……だから何も力は損なわれていないんだって」


果実を収穫したところで、果樹は枯れ果てたりしないだろう。また水をやって季節になれば果実をつける。

それと同じことだ、と。


「とはいえ、それ以上は知らないんだよね……」


ぽつりとシダリが呟く。

こうして実を常食しているのに、その本質を何も知らない。この実が我らが一族のためにあるのか、それとも回り回って鹿神のためにあるのか、それすらも。

それはよくないように思う。だって、好きな人のことを何も知らないなんて失礼じゃないか。ラカのことが好きなら、好きな人のことをきちんと知っておくべきだ。


実を食べながら思考を巡らせるほどにその想いが強くなる。このままではだめだ。好きな人のことは隅々まで知るべきだ、と。

うん、そうしよう。今まで当たり前だと思っていたものを改めて見つめ直してみるべきだ。疑問に対する答えを『そういうものだから』とせず、ちゃんと解明しないと。


「お嫁さんになるのに、旦那さんのこと何も知らないなんて笑いものだものね」

「ちょっと! それは譲らないってば!」

「あはは。ま、そのことは喧嘩になるから言いっこなしで……」


くすくすと笑いあう。また無邪気な笑いが部屋を満たした。

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