心を解きほぐす
「飲みなよ」
そう言って、シダリが茶を差し出す。緑茶の色だが、ほんのり梅の香りがする。
「……これは?」
「普通の緑茶だよ。淹れる時に実を入れたけど」
薄く切った実を緑茶葉と一緒に淹れたものだ。実は日頃からストックしてあるものである。いつだかに、おやつ代わりに常につまめるようにしたいと言ったら、じゃぁ、とラカが取り計らってくれた。
そしてこれが淹れる時に使った実、と皿に乗った実のスライスを出してくる。可愛らしく楊枝が刺さっていた。
「昔から、具合が悪くなりそうな時とか心が沈みそうな時はこれ飲んで食べてるの」
楊枝で突き刺した実を食べながらシダリが言う。ちゃんと効果があり、それまで感じていた風邪の気配が消えるそう。
それもそうだ。実は怪我を治し病を取り除く。その実を使っているのだから。
「巫女が作る鹿息も同じ作り方だしね」
「巫女?」
「あ、ごめん。世話人のこと」
ラカも世話人も古い言葉で喋るものだから、ついついつられて古い呼び方をしてしまう。修正しつつシダリが補足する。
鹿息。世話人が出すあの薬湯である。あれも実を潰して煮出したものだ。あの薬湯とこの茶の作り方はまったく同じ。違いは抽出時間くらいだ。何時間も煮詰めるかたった数分やるかだ。
それで、とシダリは話を変える。聞きたいのはこんな茶の話ではないだろう。
問えば、湯呑みを持ったままミズキが重々しく口を開いた。
「……シダ姉は誰がやったと思う?」
「うーん……私は別に、誰がとか関係ないと思う」
だって、どうせいずれぶつかるのだ。誰がやったかなんて些細な問題だ。犯人がクズノだろうがミズキだろうがカエデだろうがニイカだろうが、シダリにとってはあまり違いがない。どうでもいいというよりは、誰がやっても変わらないから考えない。犯人探しは意味がない。誰しもが犯人になりえるのなら、いっそもう誰しもが犯人でないと思って行動する。
重要なのは誰がやったかではなく、その事態を踏まえて自分がどうするかだ。
「つまり?」
「食べ物には注意することだね」
飲食物に気をつけること。毒を仕込むなら食べ物に混ぜ込むのが一番やりやすいのだから。
「でも、巫女……じゃなかった、世話人が出すものは警戒しなくていいよ。それは絶対だから」
これは間違いなく断言できる。世話人が出すものには介入できない。
なぜって、実体験だ。昔、小さい頃に悪戯の一環で厨房に忍び込もうとしたことがある。しかしできなかった。どんなに巧妙に隠れようとも必ず阻止されたし、何なら、忍び込もうと思い至って部屋を出た瞬間に世話人が立っていたこともある。
絶対出し抜いてやると頑張ってみたことはあるが、結果はすべて失敗。無理だった。だから厨房に忍び込むのは無理だし、厨房に忍び込めないなら食事などに毒を混ぜ込むのは不可能。
世話人が出すものは絶対安全。『なんで』『どうして』は差し挟まず、もう『そういうもの』として飲み込んだほうがいい。
だから注意すべきはそれ以外だ。誰かからもらうものに口をつけないこと。
「大丈夫だよ。そんな、小さい子に言い聞かせるみたいな……」
「大丈夫じゃないから言ってるの」
ミズキの苦笑にぴしゃりと言い放つ。
「私がモミジに毒を盛った犯人だったらどうするの。さっき飲んだお茶に毒を混ぜてたら? 今頃、ミズキは死んでたよ」
そうだろう。突き放すようにシダリは言う。
見知った相手でも油断してはならない。エンゲージにおいて、私たちはライバルなのだ。敵である以上、何の油断もしてはいけない。
まるで自分に言い聞かせるような口ぶりで、シダリは再三繰り返した。親しい相手でも気を緩めるな、と。
「……そりゃ、そうだけど……」
確かにそうだけど。でも、とミズキは反駁する。
だが、シダリは大丈夫だと思ったのだ。モミジを殺した犯人かはともかく、この茶に毒は入ってない。そう断言できた。
だってこの茶はラカの実を使ったものだと言っていた。毒を飲ませるための口実だろうと、シダリはその嘘にラカを使えない。その不誠実に耐えることができない。そういう性格だと知っている。シダリが姉役として妹分たちを見ていたように、妹分である自分だってシダリをよく見て理解している。
「だから実を使ったものってのは本当だし、本当だから絶対安全!」
ついでに言うなら、ミズキを殺すつもりだったらわざわざそんな警告しない。よってシダリは怪しくない。
まるで試すような口調で言われたが、そんな突き放しには屈しない。シダリはシロだと言ってみせよう。
と、あれこれ推理してみたが、実のところ、ミズキにとってそんな推理の筋などどうでもいい。信じたいから信じる。それを曲げるつもりはない。論理の飛躍、根拠なしの直感、上等だ。それの何が悪い。
「信じたいの、シダ姉のこと」
「……それで裏切られたらどうするの」
「騙されたら騙されたよ。そうでしょ、シダ姉?」
自信満々にそう返す。そうでしょ、と意趣返しのように聞き返した。
シダリは虚を突かれたように目を瞬かせ、それから、気が抜けたように吹き出した。
「っはは……そう、なるほど。貴女はそういう子だったね」
やりたいようにやるし、信じたいものを信じる。真実だのは二の次だ。『シダ姉を信じたい』と思うから信じるし、シダリが無実だという前提で動く。最後にひっくり返されようが、それで騙されたとか恨んだりしない。自分がやりたいようにやったのだから何の後悔もしない。
自分がそうしたいというのが何よりも大事で、あとのものは全部どうでもいいとばかりに。それがミズキという子だった。
そのことを思い出し、はは、とシダリが笑う。きっとミズキはクズノも犯人でないと思っているだろう。そう信じたいから信じている。
「そうだね。……余計な力を入れすぎてたかも」
ミズキくらいシンプルに考えたほうがいいのかもしれない。無意識に緊張して、張らなくていい肩肘を張ってしまっていたのかも。
そう笑ったシダリに微笑み返す。
「そうそう、シダ姉はたまに考えすぎるのよね」
心のままにやるのが一番。そう言い、梅の香りがする緑茶を啜る。
「……ありがと」
「どういたしまして。あ、でもラカ様は譲らないからね! そこはライバル同士だから!」
「はいはい」
それについては私も負けないよ。シダリがそう言った。




