38 休暇明けの教室
いつもと違う豪華な馬車に乗りながら、ソニアはなんとなく聞いていた。
「なるほど。つまり、私の闇魔法で死霊を倒せなかったのは、狙いが大雑把すぎたのが原因と」
「これは才能のあるやつにありがちなんだが、魔法を掛ける際に対象をしぼらずに全身にかけちまう。それでも敵を倒せるからな。だが、魔物を倒すのにそんな大量の魔力は必要ねえ。急所や核を貫くだけで倒せたりする。だから、俺程度の魔術師でもあいつを倒せたって寸法よ」
ジャドウが真剣な顔で話を聞いている。メモを取るベリルはもちろん、ジョアンヴィル家の護衛たちも真剣に耳を欹てている。
「先生! 質問です! あの魔物には四大属性の魔法が全然効かなかったのに、どうして倒せたんですか? それとも先生にも上下2属性の資質があるとか?」
「いや、俺に白と黒の資質はねえよ。あいつに使ったのは赤の属性だな。元来、四大属性の魔法でも死霊は倒せるはずなんだよ。それが効かないってことは相当に魔法防御が高いか、特殊な魔法で守っているかのどちらかさ。つまりは威力不足だ。今回の俺は死霊の特攻魔法を核に直接ぶち当てたことであいつを倒したって寸法よ」
話し合う4人をソニアは緊張しながら聞いていた。
「お嬢様? 大丈夫です? 顔色が優れないみたいですが?」
「い、いや体調とかじゃないよ。こっちはシャルロットがいない環境でよく眠れたし。でも、2日ぶりの学園ってなると、どういう反応を去れるか・・・。昨日のことはジャドゥ様がうまくいってくれたらしいけど」
そっと心配してくれるサーラに、ソニアはカチコチになったまま答えた。
ソニアが登校するのは2日ぶりのことだ。森に入った翌日はお休みを取ってしまった。引っ越しの準備や制服の洗浄などで時間が取られ、ジャドウの勧めに従ったのだった。
当のジャドゥ本人は出かけてしまったがソニアはジョアンヴィルの館でゆっくりと体を休めることができた。
「ああ。昨日は久しぶりにゆっくりできましたね。お嬢様とリースちゃんの着替えや日常品を仕入れたりもありましたが。私らも今日で宿を引き払ってこっちに来る予定です。いやあ、ご飯はおいしいし部屋は広いしお菓子はあるわで、実は屋敷で暮らすのが楽しみなんすよ」
サーラが励ますように楽し気に言ってくれたが、ソニアの緊張はほどけない。体を固くしたまま、ぎこちなくうなずいたのだった。
◆◆◆◆
教室に入ると、声が一瞬で収まった。クラスメイトの誰もがソニアを見つめている気がする。嘲笑に心配、悦楽と、視線に込められた感情は様々で、ソニアは頭を下げたまま席へと向かった。
「おやおや。無断外泊した不良少女のご登校だ。みんな、失礼のないようにしないとなぁ!」
シャルロットがニヤつきながら声を掛けてきた。ソニアを嘲笑うと、クラスメイト達を見渡した。
「こいつさぁ。昨日も寮に帰ってこなかったんだぜ。どこで何をしていたのか、なぁ。はっ! 貧乏貴族が、ずっと帰らないなんて、それはちょっと羽目を外しすぎだよなぁ」
「い、いや! 届けはちゃんと出したはずだし!」
ジャドゥが言っていたことを主張するソニアだったが、シャルロットの嘲笑は止まらない。
「お前の言うことなんて信頼できるかよ。少なくともロベール殿下はそんなの知らないって言ってたぞ。はっ! 貴族令嬢が外泊なんて何考えているんだ。はしたねえ事この上ねえぞ」
「届け出を出したのにはしたないもなにもないでしょ? ふざけるのもたいがいにしろ!」
強い口調で言い返すソニアだがシャルロットは余裕の表情のままだった。いやらしく微笑みながら、周りのクラスメイト達に話しかけた。
「聞いてくれよ。あたしだけじゃない。寮監もこいつが帰ってこなかったのは知っている。ルームメイトとして心苦しいぜ。どうせ夜遊びでも楽しんでたんだろうさ。せっかくの同室の仲間が、こんな奴だったってよ」
「あんた! 何の根拠があって!」
ソニアが思わず怒鳴った時だった。教室の扉が開かれ、担任のマルセルが入室してきた。
「おっ。ロルジュはもう戻ってきたのか。お前、あとで説教な。それじゃあ、出席を取るぞ」
「先生! 待ってください!」
シャルロットはソニアを一瞥していやらしく笑うと、はしゃぐような声で発言してきた。
「実は昨日、ソニアさんは部屋に戻ってこなかったんですよぉ。これって無断外泊ってやつですよね? 寮監も知らなかったみたいですし。ルームメイトとして心配で」
心配と言いつつも楽しそうなシャルロットに、ソニアは唇を引き結んだ。
「何が、言いたい」
「いやね。ルームメイトとして心配なんですよ。ソニアさんが非行に走ったんじゃないかって。うふふ。それに、クラスにうまくなじめていないようだし」
マルセルは厳しい目でシャルロットをにらんだ。
「それはお前が心配することではない。ロルジュが欠席したことはこちらでちゃんと把握している。何のために休んだのかもな」
「でも! 第1王子殿下も心配していらしたんですよ? 次期王位を継ぐ者として自分たちと同じ学年に退学者が出るのはいかがかとね。先生からも、一度言っておいたほうがいいんじゃないですか? お気に入りの生徒がさぼるようになるなんて、先生も嫌でしょう?」
しつこく言い募るシャルロットを、マルセルは冷めた目で見つめていた。
「ロルジュの奴がお気に入りかどうかは知らんが、少なくとも教師陣にそいつが非行に走ると思っている奴はいないな。出された休暇届は正式なもので王家の承認すら降りている」
「なっ! 何で王家が!? ロベールはそんなこと言っていなかったのに」
最後のほうは小声だったが、マルセルにはばっちり聞こえたみたいだった。皮肉気な顔をして腕を組んでいる。
「ああ。それからルームメイトとしてロルジュを心配しているそうだが、もうそんなことをする必要はない。なんたってそいつは、これからジョアンヴィルの屋敷で暮らすことになったらしいからな」
「なっ! あの根暗女のところに!?」
思わずと言った具合に叫び返すシャルロットに、マルセルの目は厳しくなる。
「ジョアンヴィル家は公爵家だぞ。アルトワ家のお前が堂々と悪口を言っていい相手ではない。学園では身分は考慮しないとは言われているが、それでも限界がある」
「で、でも! あたしは!!! 第1王子は!!」
マルセルはふと気の抜けたような顔になった。
「しかしお前の言うとおり、第1王子の献身っぷりは確かに見事なものだ。あいつの頭の良さには見るものがあると、私ら教師にも感心する奴がいるんだよ」
「そ、そうよ! ロベールはたくさんの魔道具を開発している! 知識があるのよ! だから!」
我が事のように胸を張るシャルロット。しかしマルセルは冷めた目をしたままだった。
「魔道具? ありゃ第1王子の趣味みたいなもんだろう? ジョアンヴィル家が売り出しているもののほうが安価で高性能だ。私たちが感心しているのはジョアンヴィル家への対応のことさ」
「な、なにを・・・」
言われていることを理解できないシャルロットに、マルセルは無情な説明を続けていく。
「何をって、自分が王位を継がないってことを態度で示してるんだろ? 母が子爵で後ろ盾のない第1王子が王位を継ぐには相当な後ろ盾が必要だ。それを補うためのジョアンヴィル家との婚姻だったろうに、それを自分から壊しちまうんだからな」
目を見開くシャルロットを、あきれたように見下すマルセル。ソニアを含むクラスメイト達は、固唾を飲んで2人のやり取りを見守っていた。
「貴族たちは見てんだよ。第1王子のロベールが、公爵家のジャドゥをどう扱うのかをな。反発するのはまだ理解できる。でも立場を気にせずないがしろにするってのは、自分が王位に興味ないとアピールするようなもんだ」
「くっ! そんな!? 」
シャルロットは慌てたように駆け出していった。「おーい。授業が始まるぞ」と棒読みで言ったマルセルは、クラスメイト達の顔を一人一人そっと見つめてきた。
「これはもう決定事項だから言っておく。数か月前からずっと申請されていたことだからな。昨日付で、第1王子のロベールとジャドゥ・ジョアンヴィルの婚約が正式に白紙撤回された。これによる各家の影響は、それぞれの家が考えるといい。それからロルジュ!」
「は、はいいいい!!」
急に名前を呼ばれ、ソニアは思わず姿勢を正した。
「お前には、あとで言いたいことがある。一昨日、私を振り切って帰っちまったことをな。まったく、子供が大人の事情を必要以上に考えることはねえんだ。好意をちゃんと受けることが、その立場を守ることにもつながるんだからな。そのことを、理解するまできっちりと教えてやるよ」
サディスティックに笑うマルセルに、ソニアは顔を引きつらせるのだった。




