39 婚約の白紙撤回とアガタ
上位クラスに緊張感が走っていた。第1王子のロベールが、席に座るジャドゥを怒りをにじませながら睨んでいるのだ。
「貴様・・・! 婚約を白紙撤回とはどういうつもりだ!」
「あら? てっきり殿下はそうお望みかと思いましたわ。夜会でのエスコートはなし。月に一度のお茶会はすっぽかす。あげく、私に纏わりつくうわさを気にもしない。これではあの婚約が気に入らないと言っているのと同意ですから」
睨みつけてくるロベールに対し、ジャドゥはどこまでも冷静だった。
「し、しかし! あのくらいのうわさ、対処できないわけがないでしょう。ジョアンヴィル公爵家の力があれば、ロベールがわざわざ手を下さずとも!」
「もちろん、私たちが対処するのは前提ですが、殿下のお言葉があるだけで大きな力になるのは間違いありません。たった一言でもうわさをかき消す十分な力になる。それすらも惜しんだということは、この婚約に思うところがあるに違いないと思ったまで」
アンリの言葉にも一向に揺るぐことはなかった。細い目をわずかに開けて、正面からロベールを睨み返していた。
「ジャドゥ!! 貴様!!」
「もう婚約者ではないのですから、ジョアンヴィル公爵令嬢とお呼びください。何の関係もない人に呼び捨てにされるのは不快ですわ」
憎々し気に睨むロベールに、突き放すように言い放つジャドゥ。すさまじい形相のロベールにもジャドゥは慌てた様子一つない。どちらが余裕があるのかは一目瞭然だった。
「貴様!! この私に、王家に逆らうというのか!!」
「はて? あなたのわがままに付き合わないことがなぜ王家に逆らうことになるのです? 王太子に任命されたわけでもないのに?」
ジャドゥが挑発するように反論した時だった。乱暴に開かれた教室の扉から、シャルロットが顔を出した。
「ロベール! 根暗女のせいで、あんたの婚約が!!」
「ああ! 分かっている!! だから今こいつを!!」
「くっ! 今ならまだ、撤回させることも!!!」
シャルロットとロベールとアンリ。この3人が徒党を組んでジャドゥを攻め立てようとするが――。
「ロベール殿下!! アンリ様もシャルロットも落ち着いてください!!!」
息を切らせて駆け寄ってきたクロードに止められてしまう。
「クロード! 止めるな! この女を!!」
「今は、耐える時です。ここには周りの目がありますから」
言われてロベールはあたりを見回した。そして気づいてしまう。教室内の生徒たちが、冷めた目で自分たちを見ていることに!!
「き、貴様ら!! これは見世物ではいのだぞ!!」
「来賓室を使いましょう。アガサも待機させています。そこでなら善後策を話し合えますから」
クロードの言葉と周りからの白い眼に押され、ロベールは周りを威嚇しながら立ち去っていく。シャルロットとアンリも慌てて彼を追っていった。
「皆様。お騒がせしました。私たちは少し話し合うことがありますから」
クロードは教室内に一礼し、最後にジャドゥの顔を見てから立ち去っていく。クラスメイトがおずおずとジャドゥに話しかけた。
「ジャドゥ様・・・。その、元気を出されてくださいね。その、私たちは分かっていますから」
「ええ。ありがとう。でもこうなるのは分かっていたことだから。あまり落ち込まないようにするわ」
ジャドゥは笑顔で言葉を返した。クラスメイトは安心したように頷くと、静かに席へと戻っていく。その対応に少しだけ安心しながらも、ジャドゥは思い起こしていた。
去り際のクロードの目が、憎悪に濁っていたからだ。
「おとなしく殿下の後をついているだけかと思ったらあんな目もするのね。ロベール殿下がこれ以上のやらかしをしないよう誘導した手腕も見事だった。あの一派で一番気を付けなければならないのは彼かもしれない」
憎々し気なクロードの目を思い起こし、背中に冷たいものが走るのだった。
◆◆◆◆
学園には来客用の部屋がいくつも存在する。その一つを借り受けたクロードによってロベールたちは善後策を話し合うことにしたのだが――。
「くそ!! 糸目女のくせに!!」
案の定、ロベールは荒れていた。ジャドゥの、ジョアンヴィル公爵家のまさかの反撃に思わぬダメージを受けたようだった。
「あいつ、公爵家だからって調子に乗ってんだよ! こっちは王家がいるのに、それでも逆らおうなんて!!」
「まったくばかばかしい。彼らは何もわかっていない。王家に逆らうことの愚かしさにも、ロベールについてこないデメリットにも。あとで後悔しても遅いということをわからせてやる必要がありますね」
シャルロットとアンリが口々に文句を言うが――。
「ねえ。この場にいるのは私たちだけ? なぜユーくんは呼ばないの?」
アガタがそう斬り込んできた。いつもの優しげな顔とは違い、まじめな顔でロベールたちを見つめている。
「あ、あいつは!! 男爵令嬢ごときに後れを取った! これはバツだ! あいつには今、話を聞く権利すらない!」
「そ、そうですよ! 武力だけが取り柄なのに、それすらも役に立たないなんて! もしかしたら彼のせいかもしれません! 男爵令嬢にも負けた彼を見て、ジョアンヴィル公爵家が調子づいたんですよ! きっとそうだ!」
口々に文句を言う2人に、アガタは深々と溜息を吐いた。彼女はおもむろに立ち上がると、入口に向かってすたすたと歩きだす。
「アガタ! てめえ! どこに行くつもりだよ!!」
「帰るの。転生者全員で集まるのにくだらない理由でユーくんを外すなんてね。こんな集まり、なんの意味もない」
振り向かずに答えるアガタに、あっけに取られてしまうロベール。激高したのはシャルロットだった。
「あ!? あいつはやっちゃいけない失敗をしたんだよ! 立場をわからせるのは当然じゃねえか!!」
「戦いなんて水ものでしょう。勝つこともあれば負けることもある。まだ学生なんだから失敗することも多いでしょう。それなのにそれを盾にユーくんを脅すなんて信じられない。そんな子供みたいなマネ、ありえないわ」
ついには入口の扉に手をかけたアガタに、アンリは慌てて声をかけた。
「ま、待ちなさい! あなたまでロベールに逆らうというのですか!! そうなったら、あなたの店がどうなるか、若ているのですか!!」
「それが本気ならこちらも容赦しない。ラヴァル家の総力を挙げてつぶしてあげるわ」
冷めた声でやり返してくるアガタに、アンリは口ごもってしまう。
彼女は最後にロベールを振り返った。
「あなた、王族に転生してひどい考え方をするようになっているわ。転生前は少なくとも今よりましだったはずなのにね。アンリもシャルロットも、クロードだってそう。少しは頭を冷やしなさい」
そう言って一同を見回した。
「ジャドゥ様とは言わない。あなたたちにもプライドがあるだろうから。でも、少なくともユーくんにはきちんと謝りなさい。仲間外れにして悪かったってね。それができるまで私はあなた達の集まりには参加しない」
そう言い残すと、アガタは乱暴に扉を閉めたのだった。




