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第1話 〝経験したことしか書けない〟

 作家は経験したことしか書けないということが真実なら、死について書かれた本は全て欺瞞であり、その作者はありもしない妄想に取り憑かれた薬物中毒者と言うことになるのだろうか。


 僕はいま中学二年になったばかりだけれど、それが本当なら僕は高校生の青春については書けないということだ。


 よし、なら書いてやろうじゃないか。


 そんな反骨心から書き始めた青春小説だけれど、完全に行き詰まっていた。

 男の子の部屋に初めて訪れた女の子が口にしそうなセリフが思い浮かばないのである。

 やはり経験したことしか書けないというのは正しいのだろうか。


「——きみは馬鹿だね」


 放課後、いつものように文芸部の部室でアイディアが降りてくるのを待ちながらうんうんと唸っていた僕に向かって、僕以外で唯一ここ聖テガサキ学院中等部の文芸部部員であるところの部長は言った。


「あんなものは妄想の乏しさを自覚している人間の嫉妬から来る発言だ。それを間に受けて、あまつさえ否定するために書き始めるだなんて、きみは実に馬鹿だよ」


「でも部長、現に僕は行き詰まっているんですよ。女の子のセリフが思いつかない。やっぱり経験が全てなんじゃないですか?」


 僕の反論に部長は薄く微笑んだ。


「それはただきみがヘタレで恋愛弱者なダメダメの駆け出し作家というだけで、きみの言う経験主義者の言葉が正しいことの証明にはならないよ」


「れ、恋愛弱者は関係ないでしょ!?」


 というかそれなら僕が恋愛を経験していないから書けないといってるようなものじゃないか。


「勘違いしないでほしいな。大事なのは駆け出し作家という部分だけだよ」


「……ならどうして余計な言葉を付け足したんですか。枕詞ぜんぶいらなかったでしょ」


「もちろん、きみの反応が見たかったからだよ。きみをからかうことがわたしの唯一にして最大の趣味だからね」


「……最悪の趣味だよ、まったく!」


 僕が入部してからの一年間ずっとこの調子でからかってくる。

 部長にとって僕の反応を見る方が本を読むよりもずっと面白いらしい。

 いったい文芸部をなんだと思ってるんだ。


「きみという人間を観察するためのかんご……もとい動物園かな?」


「ナチュラルに思考を読まないでください! そして思ったよりも最低な答え!? 言い直す必要ありました?!」


 もう嫌だ……どうしてこんな人が文芸部の部長なんだろう。神様は時に理不尽な試練を与えてくるらしいけれど、何もこんな一介の中学生に構わなくてもいいじゃないか。


「仕方ないだろ? 神なんか適当な奴なんだからさ」


「……もう完全に声にすることなく意思疎通できてますね。あれですか? もしかして部長って宇宙人だったりするんですか? 眼鏡じゃないけど文芸部だし? ははっ、まさかね」


「……。…………。さて、そんなことよりも。話を戻そうじゃないか」


「えっ、なんで誤魔化すような感じなんですか?! ホントっぽく聞こえるじゃん!」


 部長は曖昧に微笑むだけで否定してくれなかった。


「ふむ、しかし興味深いね。馬鹿な言葉に影響されたのだとしても、きみは青春小説なんて書くタイプじゃないだろ? きみの夢は芥◯賞を取ることで、書くのはもっぱら純文学だったじゃないか」


「それはまあそうですけどね。でも若いうちは色々なジャンルに触れておくのもいいって思ったんです。書き方の勉強になりますから」


 ミステリーやSF、ホラーにラブコメ。

 世の中には様々なジャンルの小説がある。

 大願を成就させるためにも、見識を広げておくに越したことはない。


「ふむふむ、なるほど」


 部長は得心が言ったという風に頷いた。


「だから最近のきみは部室でも官能小説を読んでるんだね。ふむ、ちょっと表紙を見せてくれよ。なになに、へえ『美◯の不◯』か。確かサディストの語源になった人が書いた作品だったかな? どうだい? 面白いかい?」


「読んでない! なんでさも僕がいま持ってるみたいに言ったんですか?! 下手な小芝居までして?! あと『美◯の◯幸』は官能小説じゃないです!」


「あれ? きみは知らないのかい? これは叙述トリックと言ってね、相手にミスリードを誘発させる高等テクニックなんだよ。覚えておくといい」


「知ってる! けど現実でやっても何も意味ないヤツ!」


 あれは情報が文字しかないから意味があるのであって、現実でやっても頭のおかしい奇行者扱いを受けるだけだ。意味があるとすればこの会話が録音されていた場合で、その場合は情報が声だけしかないから確かに意味はあるけれど……え、録音されてないよね?


「……。…………。さてそんなことよりも話を進めよう」


「だからなんで誤魔化すの?! ホントっぽくなるって言ってるじゃん!」


 部長は曖昧に微笑むだけで否定してくれなかった。


「つまりきみは表現の幅を広げたいわけだ。ふむ、——ならこうしよう。きみは今日からわたしを主題にして何かひとつ小噺を書いてくるんだ。わたしはそれを読んで感想をきみに伝える」


「部長を、テーマにして……?」


「ああ、きみに足りないのは想像力だ。欲望で現実を拡張する力、言わば妄想力が足りない。だからすぐに行き詰まるんだよ」


「う、確かにそうかもしれません」


 僕の実力が足りないところは僕自身も自覚しているところだ。

 トレーニングがてら部長の提案に乗ってみるのも良いかもしれない。


 部長は微笑むと、


「——。かの賢人マルクス・アントニヌス・アウレリアスは言った。『書くことでしか人間は前に進めない』とね。きみも彼を見習って書いて書いて書きまくるんだ。そうすることでしか、きみは成功という名の花火を咲かせられないよ」


「……わかりました。やってみることにします」


 久しぶりに部長が部長らしいことを言った気がする。入学式以来かも。


 けど誰ですかマルクス・アントニヌス・アウレリウスって。僕が知っている賢帝はマルクス・アウレリアス・アントニヌスだし、その人はそんな名言は絶対言っていない。名言の捏造は何らかの罪に問われる可能性がありますよ。知りませんが。


「む、きみはわたしの姉の親の兄弟のお父さんの言葉が信じられないというのかね、心外だなっ」


「それ部長から見てお祖父ちゃん! なんでそんな回りくどい言い方するの?! えっ、ていうかその名前——部長ってクォーターだったんですか?!」


「……。…………。そんなことよりも」


「それはもういいからちゃんと答えてよ!? 気になるじゃん?!」


 部長は曖昧に微笑むだけで答えてくれなかった。

 ……なんだろう。どっと疲れた。


「……僕、今日はもう帰ります。なんだかすごく疲れたので」


「そうか、気をつけてね。明日からきみの力作が読めるのを楽しみにしているよ」


「……あんまり期待しないでくださいよ。僕だって知り合いを登場人物にして書くの初めてなんですから」


 部長は悪戯げに笑った。


「そうそう。きみが書く内容について特に制限は設けないよ。きみが小説内でどんなことをわたしにさせようが、きみの自由だ」


「僕の自由……」


「そう。例えば、×××とか××××とか×××××をさせるとかね」


「な、ななな、なんてこと言ってるんですか!? か、仮にも女の子が言うことじゃないですよ!?」


「ふふ、意味はわかるんだね。むっつりスケベくん」


「っ——!」


 赤くなった僕の頬を見て部長は笑った。


「やはりきみは面白い。観察のしがいがある対象だよ」


 悪魔みたいな人だと僕は思った。

全6〜8話、計12,000字想定です。

でもその先も書くかもしれません。

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